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月下の雪華  作者: 神楽樹
7/10

第七死:悲魂

『はぁ、はぁ、はぁ』


濃い闇に染まる寂れたビルの屋上。

強い風に髪が弄ばれる。


体中に傷を負い、今にも倒れそうな月夜。

その対面にはせせら笑うように禍々しい鎌を構えた女性。

女性は嘲うかのように口を開く。


『その程度なの?』


と。

月夜は何も応えない。

ただ、杖代わりにしている鎌をゆっくりと振り、構える。


『まだ、やる気なんだ?しぶとさだけはゴキブリ並ね。気持ち悪い子』


足りない。

魂が足りない。

力たる魂の絶対数が足りない。


月夜は焦りを隠せない。


こんなところで朽ち果てるわけにはいかない。


もっと魂を。

私は魂を狩る者。


月夜に振り下ろされる鎌を避けることもせずただ肩に突き刺さる激痛に耐えた。


『!?何を・・・!?』


一瞬驚いた女性の胴を横薙ぎに月夜は思い切り鎌を振りぬき切り裂いた。


『く!!初めから、勝つ気なんてなかったのね!?くっ逃がさない。逃がさない!!』


激痛に崩れ折れそうになる女性の足の健を月夜は切断し、夜の空へと跳躍する。


『・・・ゆる・・・さない・・・お前は絶対に・・・私が・・・』















キーンコーンカーン


終業を告げるチャイムで教室内が少し騒がしくなる。

帰りに遊ぶ約束を取り付けるもの、好きなドラマの展開を予想しあうもの。

様々な会話を取り交わす。


「高野 遥」

「お、え?な、何?」

「何ですかその反応は?一婦女子に対するには失礼ではありませんか?」

「あ、す、すまんです・・・で?何か用かな」


響が少し短い溜息を吐き、遥を見つめる。


「用が無ければ話しかけてはいけませんか?」

「え?」

「・・・冗談です。用件は他でもない、死神との面会をしたいと私の私設研究部門の者達が言い出しまして、貴方に”貸し”を返してもらおうかと思ったのです」


遥は少し戸惑ったが、ここで断れば響の援助は受けられないはおろか、きっと何らかの形で報復を喰らうことになる。

それは遥にとってはデメリットでしかない。


「分かった。でも・・・死に近い人か、俺にしか見えないんだぜ?」


だから遥は了承するしかない。


「構いません、貴方が通訳をすれば何の問題もありません」

「・・・分かった。何時くらいに向えばいい?」

「そうですね。16時30分までに屋敷に来てくれれば問題ありません」


遥は声を出さないで頷いてから鞄を抱えて帰宅することにした。

教室を出てから階段を下る頃、遥の苦手な人物に会うことになった。

その人物は少し気だるそうに遥に微笑む。


「帰り?」

「ええ。一緒に帰るのは断りますよ?」

「あら、自意識過剰じゃない?ふふ、冗談よ。そんな怖い顔しないで、一緒に帰ろうと思ったのは事実よ。残念だわ」


燕はそう言ってから遥の脇をすり抜けるように階段を下りていった。


「誰と話していたんです?」

「おわ」


急に後ろから声を掛けられ普段には無い驚きで振り返ってしまう。

相変わらず無表情で響が無機質に小首を傾げていた。


「いや、上級生と世間話」

「・・・?そうですか」

「えっと、4時半だったよな」

「ええ。そうです。では校門までご一緒しましょうか」


校門ではリムジンが響を待っていた。

うやうやしく頭を下げる運転手に小さく目配せをし、響は遥を振り返った。


「送りましょうか?」

「いんや、近いし。リムジンには乗ってみたいが御堂と隔離された空間で一緒だとドキドキして襲っちゃいそうだからな。やめときます」

「・・・残念です」


どういう意味で残念なんだろうと遥は一瞬考えたが、響は名残惜しそうも無くさっさとリムジンに乗り込んで帰ってしまった。


「ジョークスルーされると涙がでちゃう。男の子だもん!」


誰に言うでもなく空に向って遥は叫んでいた。


遥が言ったとおり、遥の家は月島高校の生徒の中でトップクラスに近い。

通学路を利用しないのであれば、何とカップラーメンが出来上がる頃には家に到着するというインスタントな距離なのであった。


「ただいま。って誰もいねーよね」

『おかえりなさい』

「っておわっ・・・玄関にいたのね・・・どうした?何か具合悪いんか?」

『別に問題ありません』


玄関に蹲るように居た月夜は冷や汗を拭いながら立ち上がった。

それからしばらく何処か虚空を虚ろに見つめていた月夜が不意に遥に視線を戻した。


『仕事です』

「え!?」


遥にとってはこれからの予定が決まっていたので急といえば急な仕事だった。

しかし、死神のパートナーとなった今は仕事は何より優先しなければならないと分かっている。


『遥、何か問題がありますか?』

「あー・・・御堂のお嬢様が月夜と対面したいと言っててね。今日の午後4時半に屋敷に呼ばれていた」

『・・・明日以降に回してください。それならば私も協力します』

「オッケ。じゃあ連絡しとく。で?何処に向えばいい?」


白い大きな建物。

掲げているのは赤十字。

数え切れない魂を見取り、救ってきた因果な場所。


「ぅ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

三咲みさきちゃん!?しっかり。がんばってがんばるのよ!」


鷺島さぎしま 三咲みさき

月島小学校に通う少女。

少し癖毛の黒髪はウェーブがかり、肩口まで伸ばされている。

幼さの色濃く残る丸い顔に大きな瞳がチャームポイントだろう。

いつもは桃色の頬も今は青ざめピンク色の唇も真っ青に変わり果てていた。


『彼女。鷺島 三咲。享年11歳よ。今日死ぬわ』

「・・・どうして・・・」


個室の前で立ち尽くす月夜と遥の耳に三咲の母親の悲痛な叫びが届いていた。


『どうして?それは何が要因で死に至るかを訊いているの?』

「・・・わ、わからねぇよ・・・そんなこと・・・知りたくない」

『そう、さあ、彼女に会いに行きましょう』

「待てよ。月夜は平気だろうけど俺は他の人にも丸見えなんだぞ?」


それに何の不都合があるのか分からないといった表情で小首を傾げた月夜に、遥は溜息を吐きながら説明を簡単にした。


『・・・そうですね。死に至る娘の前に見ず知らずの人間が来るのはいい気持ちではないかもしれません。こちらに来てください』


月夜に言われるままに遥は月夜の後を追った。

男子トイレに何の躊躇もなく入っていき、個室に入る月夜。

しぶしぶ遥も月夜と同じ個室に入った。


『今から、遥の魂だけ抜き取ります』

「はっ!?何言ってんの!?」

『別に何の問題もありません。死にはしないし、戻れないこともありません』

「はぁ・・・ゆ、幽体離脱みたいなもん?」

『そうですね、そういったようなものですね』


あまりいい気分はしないが、こういった状況では仕方ないと覚悟を決めた。

洋式の便座に腰掛けた遥の額にひやりとした月夜の手が触れる。

柔らかくてどこか落ち着くような感触に遥は頭の奥から外に向けて走る快感の波を感じた。


『脱魂・御動だっこん・おんどう


耳元で囁かれる月夜の声。

頭の周りから耳元あたりをジーンと走っていく快感。

ずっとそうして欲しいような気分になるようだった。


『気分はどうです?』

「気分・・・?気持ちよかったじゃなくて・・・っておうわ!」


遥は目の前にだらりとだらしなく身体を便器に預けている自分の姿があった。


「何だ・・こりゃって・・・ゆ、幽体離脱とかなんとかいうてたなぁ・・・」

『ええ、脱魂という呪法。只魂を出す脱魂、そしてその魂を定着から解き自由に動かせる法、御動・・・あなたは今生と死の狭間をたゆたえる存在』

「難しいことは分からんが、これであの子に堂々と?会えるってことだな」

『そうね。それじゃあ行きましょう』


病室のドアをすり抜けていった月夜に一瞬目を見開き、そういえばそうだと納得して自分もそれに習う。

病室の中は母親と苦しそうに呻いている少女の姿があった。

月夜はなんの躊躇もなく、少女に近づき手を額に翳した。


『脱魂・御動』


びくりと彼女の身体が痙攣し、少し薄い透けたような姿の少女がきょとんとした表情で起き上がった。


「ん・・・あれ?ママ・・・ママ、私もう苦しくないの。ねぇもう泣かないでママ」

『無駄です。貴方の声は届きません』

「!?だ、れ・・・?」

『私はし、むぐ』

「お、俺達は天使なんだ天使!そう、えっと君の願いを叶えるためにきたんだぜ」


怪訝そうな表情をしていた彼女、三咲は遥の天使という言葉にぱぁっと顔を綻ばせた。

そして、ベッドからジャンプしてこちらへと近づいた。


「そうなんだ、それで私こんなに元気なんだ!」

「へ!?」

「叶えてくれたんだね!私のお願い」


そう、三咲の願いは、元気に走り跳ねたり飛んだりしたかった。

ただ、それだけの願いだったのだ。

その言葉を聞いた月夜は無表情に三咲に近づいた。


「待て、待ってくれ月夜!」

『・・・なんです』

「どうするつもりだ」

『何を言っているんです?彼女はもう心残りはないのです。ならば』

「・・・っ殺すっていうのか」


月夜は遥が何を言っているのかまるで分からないといった風に首をかしげた。

その月夜の仕草に言いようの無い怒りにも似た感情が遥の胸を満たす。


『彼女も言っているでしょう?願いは叶ったと、何が問題なのか私には分かりませんが?』


正論だ。

でもそれはあまりにも心が無い。

死神は非情でなければならないのだろうか?

遥の心中は混沌してゆく。


「魂を狩れば彼女はどうなる?」

『何も感じることなく何も願うことなく私の力となるでしょう』


息を飲んだ。

遥は月夜が死神だと再認識する。

慈悲や人間味そんなものはくだらない幻想に過ぎない。

月夜は只、己のためにこの少女を狩ると言う。


『このまま魂を放置しようとも別の死神が彼女を狩るでしょう。その死神が必ずしも清き魂を狩るものとは言い切れませんよ?』

「・・・なんの話だ?」


月夜と遥が話している最中三咲は病院内を走り回っていた。

誰にもぶつからない、誰も三咲を止められはしないし、止めようともしない。

三咲は自由そのものだった。


『話していませんでしたね?そもそも死神というものの存在意義事態貴方は全く知らない。・・・知らないというのは必ずしもデメリットだけではありません。メリットでもあります。知りすぎれば巻き込まれなくてもいい災難にも巻き込まれ知りたくも無い事実、真実をも目の当たりにする』


そこで月夜は言葉を止めた。

選択をしろというわけだ。

全ては遥が決めることだと、そう彼女は表していた。


「でも、俺は決めた。お前の、月夜のパートナーになるって・・・決めただろう」

『ええ、そうでしたね』

「だから、俺は知る。俺はあの日に・・・覚悟を決めた」

『それにしては、あまりにも甘いですが?・・・まぁ仕方の無いことでしょう。死神とは、只の呼称に過ぎません。私達は元々深く暗い魂の奔流に流されていた者、つまり報われない魂。死者なのです』


遥は呆然とした。

月夜は言う。自分は元はそう、人間だということを。

ならば何故?

同じ人間の魂を喰らうようなことをしなければならないのだろうか?


『私達死神と呼ばれる存在は、死神となった瞬間に他の死神とは敵対します。つまり出会えばその存在を賭けて死合う。そういうことです』

「なんで・・・戦わなきゃならないんだよ?やっていることは同じだろうに」

『ええ、そうです。やっていることは変らない。何一つ。只、死神になった時に刻まれるある意思を除いては何の違いもありません』

「意思・・・?」

『根底に刻まれた願い。望みといってもいいでしょう。私達死神は唯一の存在Oneになるために新たな生といってもいい存在を得る。Oneになればその望みが叶う。私達はそのためだけに魂を狩り、戦い、殺しあう』


遥はまるでデジャヴを見ているような感覚に陥る。

どこかで聞いた話だった。


「唯一の存在。例えば人間でいうなら人口50億人以上いるよね?その中でたった一人の生存者。それは唯一の存在。Oneよね?そうなったらどんな願いでも叶うとしたら貴方ならどうすると思う?」


「だから、唯一の存在の話。それに成るためには他の存在は邪魔よね?そうなるでしょう?」


「だったら・・・他の存在をどうすれば消せるかしら?殺す?でもそう簡単に殺させてなどくれないよね?だって向こうだって唯一の存在になれる権利をもっているのだものね」


「なら、戦うしかないよね。君なら・・・戦い、存在を勝ち取り願いを勝ち取りたい?」


「あら、IfよIfの話。深刻に考えることなくそうかなぁって感じで答えればいいのに・・・ふふ、でも君らしいかな。私なら、戦うわ。どんなことしてでも勝ち取ってみせるわ」


「ねぇ、そう思わない?」


「そう、そうね。でも一番大切なもの、大切な人が存在していなかったら?」


「大切なもの・・・存在していなかったら?それを取り戻すことだって出来るのよ?何でも望みが叶うのだから」


花斑 燕だ。

彼女は何かがおかしい。

まるで何か別の生命体のようにすら思う。


One。


何故彼女からまるで月夜の話そのままの言葉が出るのだろうか?

偶然?

偶然にしては出来すぎたほどに話が合致する。


彼女は一体・・・?


『・・・これが本当の私。自分の願いのために人の魂を喰らい続けている。失望したでしょう?軽蔑するでしょう?』

「・・・」


遥は何も答えられなかった。

失望や軽蔑をしないと言えば嘘になる。

ただ、自分がそうならばと思う。


あら、IfよIfの話。


もしも・・・俺がそうならば俺は・・・


大切なもの・・・存在していなかったら?それを取り戻すことだって出来るのよ?


だとしたら?

俺は・・・俺は戦うだろう。

全てを犠牲にしても俺はOneになるだろう。


きゃああああああああああああああああああああ


『!?』

「な!?」


月夜は勢いよく駆け出した。遥もそれに習い月夜を追う。

してやられたという苦々しい表情で月夜が呟く。


『少々時間を使いすぎましたね。他の死神が嗅ぎ付けることくらい予想の範囲ではあったのに!!』

「・・・っ」


このまま魂を放置しようとも別の死神が彼女を狩るでしょう。その死神が必ずしも清き魂を狩るものとは言い切れませんよ?


遥を焦燥感が苛む。

何故三咲を出て行かせてしまったのだろうか?

月夜は言ったはずだ。死神は自分だけではないと。

ならばどんな狩り方をされるかも分からないのなら、月夜に・・・月夜に狩らせるべきだったんじゃないのかと。


俺はミスを犯した。

パートナーが聞いて呆れる。


人々をすり抜け病院のロビーへと出た。

そこには周りに助けを求め懇願する哀れな魂があった。


「助けてっ!殺されちゃう!あの人にあの人に殺されちゃう!助けてっ!!」

『ふふ、あはは!誰も貴方を助けてはくれないわ!そう、貴方のママでもね!』


鎌を振りかざし彼女の両足を切断する。

悲鳴があがり苦悶の表情で喘ぐ少女。

鬼のような形相でそれを行う者、それは死神。

そして、遥はその死神の顔を知っていた。


「花斑・・・燕・・・」


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