第六死:架空
「な、んで・・・」
赤く赤く染まった雪。
止まらない流血。
彼女の歌は聴こえない。
彼女はもう歌うことはない。
どうして彼女が死ななければならないのだろうか?
「なぁ・・・――?・・・どうして、何も言ってくれないんだよ」
雪が舞い落ちる。
ひらひらと。
月夜に薄く光る花びらのように・・・。
僕は・・・彼女の冷たくなっていく身体を抱きしめて泣いた。
カーテン越しに入る光が弱弱しい。
遥はゆっくりと目を覚まし、ベッドから身を起こしカーテンに手をかける。
「雪・・・か」
カーテンを開くとチラチラと舞う雪が目に映った。
遥は雪が嫌いだ。
理由はよく覚えていない。
理由なんてあったのかなかったのかも今では分からない始末だ。
「遥君。起きてる?」
「あ、うん起きてマンセー!」
ガチャっとドアを開けて円は微笑んだ。
「朝から元気ね、遥君って」
「元気が取り得ですからねぇ」
円はふっと寂しげな顔をしたが、すぐに笑顔で言う。
「朝食できてるよ。着替えて朝ごはんにしましょうね」
「あ、うん分かった」
円が部屋を出て行くと共に遥は制服に袖を通した。
ふと部屋の隅に目をやる。
月夜は何をするでもなく只そこに佇んでいる。
「いつまで突っ立ってるんだよ・・・座ればいいだろ?てか布団用意してやったのに使わなかったんだな?寝てないのか?」
『死者に睡眠は不必要です』
「・・・死者って・・・死神だろう?」
『死者から成るもの、それが死神です』
遥はそれ以上の質問をすることは無く、さっさと着替えを済ませ、居間に向った。
円との朝食を終え、少し世間話をして玄関に出る。
「行ってきます」
「行ってきます」
いつも通り二人は逆方向に歩き出す。
半ば儀式的になってきた朝の習慣。
二人を家族という擬似的な気持ちにさせてくれる儀式。
円と別れ、登校する遥の前に同じ学校の制服を着た女性が歩いてくる。
だが、見覚えのある顔に少し違和感を感じて怪訝そうに遥は女性を見た。
「君・・・ああ、遥君だったよね?同じ学校だったんだ?えっと・・・そうすると後輩君なのかな?」
「・・・花斑さん・・・でしたね」
「そう、覚えててくれたんだね。嬉しいな。燕でいいよ」
燕はにこりと微笑んで手を差し出す。
握手をしろということだろうか。
遥は少し沈黙し、ゆっくりと握手を交わした。
「そういえば、じゃあ君は昨日お休みしたにもかかわらず遊んでいたのかしら?」
「そういう先輩はどうなんですか」
「私?私は一応学校のほうの授業はもう終ってるしね。卒業も確定してるし・・・問題あるかしら?」
憮然に応えた遥をあしらうかのように燕はそう応えた。
遥はなんとなくこの女性に警戒心を抱いてしまっていた。
あった場所があの場所だからだろうか?
それとももっとほかの理由があるのだろうか?
それは遥自身にもはっきりとは分からないでいた。
「じゃあ、先輩。俺急ぐから」
「あら?いいじゃないどうせ一緒の道でしょう?まだ時間は余裕よ?一緒に行きましょう」
何が目的なのだろうか?
ただ、先輩が面白い後輩に一緒に登校しようと申し出る。遥はそれだけの筈なのにどこか異質な部分を捨てきれないでいる。
(この人は何かオカシイ)
そう心が警鐘を鳴らしているかのようだった。
頷くこと無く遥は燕の脇をすり抜けるように前にでて歩き始めた。
それに習うように燕も遥の歩調に合わせて歩き始める。
「ねぇ、こんな話知ってる?」
不意に燕は遥に話しかける。
遥は顔を向けることなくただ歩を進める。
「唯一の存在。例えば人間でいうなら人口50億人以上いるよね?その中でたった一人の生存者。それは唯一の存在。Oneよね?そうなったらどんな願いでも叶うとしたら貴方ならどうすると思う?」
「・・・何の話です?」
遥は鬱陶しいとでも言いたげに顰めた顔を向ける。
燕はそれさえも可笑しいとでも言うように笑顔で続ける。
「だから、唯一の存在の話。それに成るためには他の存在は邪魔よね?そうなるでしょう?」
「・・・まぁ、そうですね」
「だったら・・・他の存在をどうすれば消せるかしら?殺す?でもそう簡単に殺させてなどくれないよね?だって向こうだって唯一の存在になれる権利をもっているのだものね」
「・・・朝から物騒な話をするんですね」
うんざりした表情で皮肉を放つものの燕は微笑みを絶やすことなく話を続ける。
「なら、戦うしかないよね。君なら・・・戦い、存在を勝ち取り願いを勝ち取りたい?」
「・・・別に」
「あら、IfよIfの話。深刻に考えることなくそうかなぁって感じで答えればいいのに・・・ふふ、でも君らしいかな。私なら、戦うわ。どんなことしてでも勝ち取ってみせる」
只の空想の話をしているにはあまりにも真剣すぎる表情をしている燕に遥は気味の悪さを感じずにはいられなかった。
「ねぇ、そう思わない?」
「俺は・・・そうは思わない。それなら自分の大切に思う人まで殺めなきゃいけなくなる」
「そう、そうね。でも一番大切なもの、大切な人が存在していなかったら?」
燕の言葉に背筋に空寒いものが走る。
遥は言葉を詰まらせた。
「・・・っ・・・え?」
「大切なもの・・・存在していなかったら?それを取り戻すことだって出来るのよ?何でも望みが叶うのだから」
確かに燕の言うとおりだろう。
大切な物が存在しなければその存在だって取り戻すことが出来る。
それなら・・・それなら?
俺は・・・戦うだろうか?
いつの間にか燕の話にのめりこむ自分がいることに気付いて遥は堰を払う。
燕は校門が見えた辺りで遥に手を振って走り出した。
「Ifの話も結構面白かったでしょ?じゃあね遥君」
遥は登校時間で人が溢れる校門に向ってだるそうに歩き出した。