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月下の雪華  作者: 神楽樹
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第四死:神聖

携帯の電源ボタンを一回押し、響は授業に戻る。

教師は響が視界に入っているにも拘らず授業を続行している。

注意をする気配もなければ嫌な顔1つしない。

響は遥から電話が掛かってきた時は意外だった。

一番自分に頼ることを嫌う人物が自分に頼みを申し込んできた。

その事実に思わずほんの少し誰にも分からない程度頬を緩めた。


(ふふ。あの高野 遥が私を頼る時が来るとは意外でした・・・)


響は授業を聞くのを止めた。

筆記用具諸々を机にしまい、鞄をもって立ち上がる。

勿論今はまだ授業中だ。


「少し所用が出来ました。少し出かけます」

「あ、ああ。それなら仕方ないな。分かった、行きなさい」

「それでは」


教師はそれだけ言ってから授業を再開する。

この授業もその後に控える授業も響は欠席扱いにはならない。

そう、決まっているのだ。

彼女はこの財閥の力が及ぶ地域では絶対的な存在にほかならない。


教室を出た響は携帯を取り出し、メイドを呼ぶ。

一度のコールで反応したらしく、電話の向こうから慌ただしい声が響いた。


「はぁいはぁい!響様。何か御用ですかぁ?」

「霧。春の空間と満開の桜を用意しなさい。至急です」

「はぁい!予算は如何ほど使ってもよろしいでしょうか?」


霧と呼ばれたメイドが理由すら訊くことなく予算を聞いた。

御堂財閥にとってこの真冬に春の空間と満開の桜を用意するのに無理難題という言葉など存在しないのだろう。


「問いません。ただし、時間は急を要します。いいですね?」

「はぁいはぁい!了解しましたぁ♪でわ用意します」


きりは御堂財閥に属するメイドチーフである。

苗字も本名も無い。年齢すら自分にも分からないだろう。

ただ、年の頃は20代前半といったところだろうか。

存在を許されるのは御堂に仕えることによってだけだろう。

戸籍も全て抹消され、ただある肩書きは御堂財閥のメイド。それだけである。

髪はボブカットで顔は一見美人だが、外面だけで内面を図れるものではない。

彼女は御堂財閥にとってプラスになるのであれば殺人すら禁じ手にはならない。

絶対の主人は御堂財閥の一人娘響だけである。

それに仇なす者は何であろうと潰すであろう。完膚なきまでに。


霧は少しだけ唇を舐めて、メイド無線をオンラインに繋ぐ。

御堂財閥に属するメイド組織には二通りある。

世間に公表しても問題ない普通のメイドの務めをするフォーワズ。

世間に公開することのない裏の仕事をこなすアウズ。


霧はフォーワズのトップではあるが、アウズにも命令を下すことが出来る。

それは響が与えた特権でもあった。


霧の部屋にはいつでも両組織に連絡を下せる機材が設置してある。


「フォーワズ。お嬢様の命です。至急、春という空間に満開の桜を用意する手筈を整えなさい。いいですか、予算に限度などありません。温室などというチャチな真似をするわけにはいきません。本物以上の春を用意なさい」


その言葉で財閥の全ての権力が遥の頼みを叶えるために動くのだった。








遥は月夜に連絡もせず、一人林道に入っていた。

月島市は色濃く自然の残る土地でこのような林道が数多く残されている。

そしてこの林道の奥には遥の一番好きであり、嫌いな思い出の場所があった。


華の種類は知らない。冬にしか見ることのない、太陽の光では輝くことない薄青色の小さな華。遥はそれを雪の華と呼んでいた。

それは小さなスペースを囲むように咲いている。

遥はそのスペースに踏み込む。

そう、ここは遥と、もう一人の人間しか踏み込んではならない。

遥にとって神聖な場所なのだ。


感慨に耽る。

苦しくて、それでも未だにドキドキする。

淡く記憶を揺さぶる。



「ねぇハルちゃん。ここはハルちゃんと私の秘密の場所だからね?」

「うん。分かってる。誰にも言わない」


どうしてか、彼女の名前も姿もおぼろげで分からない。

もうすでに数年も前の話だ。

分からなくて当然なのか・・・それとも記憶を失っていっているのか・・・。


「ねぇ、ハルちゃん、ハルちゃんってば・・・」

「ん?なぁに――ちゃん」


今俺は・・・彼女の名を呼んだはずなのに・・・どうして彼女の名が分からないのだろうか?

どうして俺は彼女を忘れていくのだろう・・・。


どうして・・・・。


ワスレテイクノダロウ・・・?


「どうしたの?君。こんなところで寝てたら風邪ひくよ?」


今のは記憶の中の会話じゃなく、現実に遥に話しかけてきた声だ。

遥は煩わしそうに顔を声の方へと向ける。


ショートカットの清潔感溢れる栗色の髪を風に少し靡かせて、人懐っこい幼さを残した顔をした女性が微笑んでいる。

ダウンジャケットを羽織っているものの太股までのタイトスカートを身に着けている。


「寝てはいない」


少しぶっきらぼうに放つ言葉、遥にとってこの場所は神聖な場所、知らない人間に来て欲しくはないのだろう。


「そう。でも目を閉じてたから寝てるのかと思っちゃった」

「・・・」


それで会話は終る。この女性も何処かへ行ってくれるだろう。

遥はそう思ったのだが、意に反して女性は言葉を紡ぐ。


「ねぇねぇ、ここってすごく素敵な場所よね?私昔から大好きなの」

「・・・」


(昔から?・・・くそ、ここは・・・俺とあの子の場所なんだ・・・オマエが昔から・・・だと?フザケルナ、ふざけるなよ)


遥は気性の荒いほうではない、だが、自分の大切なものを侵食する者には容赦は無い。

どす黒い感情が遥の心を覆う。


(落ち着け。そう、この女は知らないだけだ。知らないだけ、罪は無いだろう。ここで何をする積りだ。女を殴り飛ばす?そんなことしても意味は無い。落ち着け、俺はオマエと会話したい気分じゃないんだ。何処かへ行ってくれ)


次々と頭に思考が浮かんでは消える。

女性が口を開く瞬間に遥の携帯が鳴り響いた。

遥は携帯を取り出して受話ボタンを押した。


「高野 遥。準備は整いました。屋敷のほうへ来てください場所は言わなくても分かりますね?」

「ああ、あんな目立つ場所この街に住んでるもので分からない奴いないだろ」

「そうですね。では、屋敷で待っています」


会話はそれで終る。

携帯をしまい、遥はこの場所を後にすることにした。

遥が立ち去る寸前女性は微笑んで言う。


「ねぇ、君、ここ好きなの?」


遥は一瞬振り向いてから言う。


「嫌いだよ」


それは本当。

でも嘘。

どっちでもあるのだ。

大好きで、大嫌いな場所。

イツカラか、そうなってしまった。


「そう。私は大好きだよ、あ、私、燕。花斑はなぶち つばめ。君は?」

「・・・遥。高野 遥」


燕が何か言う前に遥は逃げ去るように走り去った。

走っていく遥を呆然と見ながら燕は薄く笑う。


「・・・ふふ。面白い子」


燕は遥にとって神聖な場所であるその場所へと踏み込む。

そこから空を見上げる。


とても爽やかな青い空が広がっている。


ずっと昔からこの場所は燕にとって大好きで大切な場所なのだ。


燕がさっき遥がそうしてたように少し寝転がって目を閉じる。


少し肌寒い冷たい風が頬を擽っていた。

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