恋愛記号の彼女と、404の彼
愛情表現を保留し続けた人間は、別れの通知も保留してしまう(記号 解説付きVer.)
もう本当にイヤになる“23yixpueW”
[記号はまず雰囲気でどうぞ。意味はあとがき参照†]
スマホの画面を睨みつけていた。緑色の背景に、吹き出しが2つ。
「ねえ、私たち、いつまで tYK. のまま?」
『今のままで、そんなに困る?』
「私は困るよ。あなたが困ってないだけ」
『仕事がいちばん大事な時期なんだ。結婚はまだ202』
「またそれ。受け取るだけで、先に進まないやつ」
『拒否してるわけじゃない』
「でも304でもあるよね。ずっと変わらない」
既読がついて、しばらく返事が止まる。
考えているというより、うまく濁す言葉を探している間だった。
『焦りすぎだよ』
「焦るよ。私は、待てば待つほど楽になる側じゃないもの」
「あなたの来月と、私の来月は、同じじゃない」
『重い話にしたいわけ?』
「軽く話してきたから、ここまで来たんでしょ」
「3eqeって言っても仕事」
「埋め合わせするって言っても来ない」
「今のあなた、402だよ。誠意の未払い」
『厳しいな』
「大人だから」
少しして、ぽつんと届く。
『128√e980』
思わず笑いかけて、やめた。
「そういう時だけ、それ使うのずるい」
「200で来ないくせに、記号だけ恋人みたい」
『終わらせたいわけじゃない』
「始める気もないのに?」
『……』
「じゃあ、今日で決めて」
「202じゃなくて、ちゃんと」
返事が来たのは、日付が変わる少し前だった。
『ごめん。今日も無理だった』
『来月なら少し落ち着く』
『その頃ちゃんと話そう』
『gnQ』
彼女は画面を見たまま、ふっと息をついた。
それから、最後の賭けみたいに打つ。
「気づいてほしかったな」
「↔32434」
既読はすぐについた。
『また拗ねてる?』
『落ち着いたら埋め合わせする』
『128√e980』
その夜、彼女は返信をしなかった。
翌朝、届いていた別のメッセージにだけ、
「ぜひ」
と返した。
三日後。
彼は通勤電車の中で、ふいに最後の ↔32434 が気になった。
トーク履歴を遡る。
指が止まったのは、数か月前の画面だった。
彼女の「831」。
以前は、週に何度も届いていた。
それがいつから届かなくなっていたのか、男は思い出せなかった。
画面を進める。↔32434。
32434は、「好きでした」と読む数字だ。
その両側の矢印の意味は、調べなくても分かる気がした。
過去形で、しかも、閉じるための記号だった。
意味を考えるより先に、何でもないふうを装いたくなって、彼女が前に「かわいい」と言っていたマイナーなスタンプをプレゼントしようとした。
表示された文字を、男はしばらく閉じられなかった。
「○○はこのスタンプを持っているためプレゼントできません。」
(202でも304でもない。処理の保留でも、変化なしでもない。繋がらない――404)
ただ持っていただけかもしれない。
ブロックではないかもしれない。
だから彼は、まだ終わりを認めないままでいられた。
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【あとがき】
お読みいただき、ありがとうございました。
この話では、記号を「解くもの」というより、まずは雰囲気で読んでもらえたらと思って書きました。
意味があとがきで分かることで、会話の温度が少し深く見えたなら嬉しいです。
▼ 用語メモ†
【恋愛記号】
831:I Love You(文字数8・単語数3・意味1に由来します)
128√e980:I Love You
23yixpueW:不安にさせないで
tYK.:カップル
3eqe:会いたい
gnQ:君だけ
32434:好きでした
↔32434:本作での造語。「好きでした。だから、ここで終わりにする」
【HTTPステータスコード】
200:成功
202:受け取ったが、すぐには実行されない状態
304:変化がない状態
402:支払いが必要な状態(本作では、誠意や埋め合わせの未払いに重ねました)
404:見つからない状態(本作では、気づいた時にはもう遅い、という意味でも使っています)
▼ 場面ごとの記号の詳細解説
台詞ごとに、「この場面で記号がどんな気持ちを運んでいたか」をまとめました。
考察資料として読み返したい方は、活動報告をご覧ください。
※ネタバレを含みます。本編を読んだあとにどうぞ。
▼ この話について
二人は、通じないわけではありません。
お互いの言葉の意味は、ちゃんと知っています。
ただ、恋愛の母国語が違いました。
彼女の母国語は、恋愛記号です。
気持ちをそのまま言い切る代わりに、少しやわらかく包んで渡す。
遠回しに見えても、そこには感情がまっすぐ入っています。
202も304も402も、彼のいる場所まで降りていって話すために、彼女が借りた言葉でした。
彼の母国語は、HTTPステータスコードです。
気持ちより先に、状態で考える。
今どの段階なのか、何を保留しているのか、何が未処理なのか。
彼にとって関係は、想いを告げるものというより、整理し、先延ばしにし、処理するものでした。
彼も、彼女の言葉を使えます。
けれど、それは母国語ではなく、場をやわらげるための借り言葉でした。
128√e980も gnQ も、気持ちを伝えるためというより、関係を壊さないために使われます。
だから甘いのに、どこかずるい。
▼ 最後の ↔32434 について
彼女が最後に送った ↔32434 は、彼にも意味にたどり着ける言葉でした。
でも彼は、その場では受け取らない。
あとから気になって、あとから確かめて、それでもなお「まだ終わりではないかもしれない」という曖昧さの側に残ろうとする。
彼女は、曖昧なままでも前へ行く。
彼は、曖昧だからこそ、その場にとどまる。
その違いが、この話の結末です。
▼ 彼は、理解できる人だった
いちばん残酷なのは、彼が彼女の気持ちを理解できなかったことではありません。
彼は、理解できる人だったのです。
彼女の言葉も、記号の意味も、彼女が求めていたものも、理解する能力はあった。それでも、彼女がそばにいる間は、理解することを急がなかった。
彼女がいなくなってから、ようやく過去のメッセージを遡る。
彼は彼女を見失ったのではなく、彼女がまだそこにいると思い続けた結果、見失った。――404




