霊式起動
全8話+エピローグ完結済みです。毎日19時頃に更新予定です。
あらすじや各話のタイトルや文章の精査にAIの力を借りています。
蓮華島
その中央に鎮座する鍾乳洞を切り抜いて作られた秘密ドック
通称「蓮華堂」の湿り気を含んだ空気の中には、常に二つの匂いが混在していた。焼香の煙たい香りと、機械油の焦げた匂い。
真壁上飛曹の前に立つその鉄の巨軀は、零戦を遥かに凌ぐ威圧感を放っていた。
「これが……秘匿兵器、『迦楼羅』一号機だ」
整備班長、源さんが誇らしげに鼻を鳴らす。
「全高五メートル。装甲は無いに等しいが、中身はただの機械じゃねえ。心臓部は『九九式霊素変換発動機』通称、霊式だ」
真壁は、機体の胸部で鈍い輝きを放つ巨大な真鍮製の筒を見上げた。それは、寺院にあるマニ車を巨大化させたような形状をしており、表面にはびっしりと般若心経が刻まれている。
「マニ車を回して、空を飛ぶっていうんですか?」
真壁の問いに、傍らに立つ尼僧、妙蓮が静かに首を振った。
「違います、真壁さん。マニ車を回すことで『理』を紡ぎ、この世の裏側に流れる霊素を抽出するのです。あなたは、その霊力を指先一つ一つまで伝達し、この鉄の塊を『己の肉体』として認識せねばなりません」
妙蓮は、真壁を機体の腹部にある操縦席へと促した。
そこは飛行機のコクピットとは似ても似つかぬ場所だった。計器類は最小限。代わりに、座席は蓮華座を模した円形の台座になっており、操縦桿の代わりに二本の独鈷杵が突き出している。
「座りなさい。そして、目を閉じなさい」
妙蓮の指示に従い、真壁は台座に腰を下ろし、独鈷杵を握った時、まるで主人を見定めているかのように淡い光が宝輪を描き、真壁の両手の甲の周りで揺らぎだす。
「源さん、始動してください」
「あいよ! 外部蓄電池出力切り替え、大マニ車、まわせ!」
地響きのような振動が始まった。
座席の下で、巨大なマニ車が回転を始める。同時に、機体各所を走る銅製の配管――霊素伝達管に刻まれた梵字が、仄青く発光し始めた。
「――っ!?」
真壁の脳内に、濁流のような情報が流れ込んできた。
熱い!痛い!重い!
それは機械の振動ではない。まるで自分の血管に沸騰した鉛を流し込まれたような感覚に内臓が逆流する、手足の痙攣が止まらない、喉が灼ける。
「う、ぐああああっ!」
「真壁さん、抗ってはいけません! 雑念を捨て、霊素の流れに呼吸を合わせるのです!」
妙蓮の鋭い声が飛ぶ。彼女は機体外壁に張り付き、荒れ狂う霊素を鎮めるように数珠を配管に押し当て真言を唱え始めた。
だが、真壁の脳裏には、あのラバウルの夕焼けと、左翼を焼き切った青い雷光がこびりついて離れない。
「墜とされる……死ぬ!」
恐怖が霊素を乱した。機体の右腕がガクガクと
痙攣し、ドックの岩壁を殴りつけた。凄まじい衝撃。火花が飛び散り、源さんの怒声が響く。
「強制停止だ! 蓄電池を外せ!」
マニ車の回転が止まり、青い光が消える。真壁はコクピットから転げ落ちるように床へ倒れ込んだ。全身から滝のような汗が吹き出している。
「……情けないな。ラバウルの荒鷲も、霊素に当てられれば雛鳥も同然か」
冷ややかな声が、ドックの入り口から響いた。
逆光の中に立つ、白い士官服の男。その端正な顔立ちには、隠しきれない傲岸さが漂っていた。
「階堂中尉……」
源さんが苦々しくその名を呼ぶ。
「今義経」こと階堂正臣。大陸戦線で六機撃墜を記録しつつも、逼迫した戦況に、若く優秀な搭乗員を!と山本長官から蓮華部隊へ転属させられ、迦楼羅に最も早く適応した天才だ。
階堂は真壁の横を通り過ぎ、二号機の足元に立つと、軽やかに跳躍してコクピットへと飛び込んだ。
「見ていろ、真壁。これが『迦楼羅』の戦い方だ」
始動の合図もないまま、二号機の梵字が瞬時に薄紅色に輝いた。
巨体が音もなく立ち上がる。重力を無視したような滑らかな動き。階堂の迦楼羅は、ドック内の演習場を跳ね、舞い、一瞬で標的を独鈷杵の石突で貫いた。
その動きは、紛れもなく「義経」の八艘飛びそのものだった。
着地した二号機のハッチが開き、階堂が見下ろす。
「真壁!長官お墨付きと聞いて期待していたが、この『理』には生半可では辿り着けないぞ?せいぜい精進したまえ!」
屈辱に震える真壁。その肩に、妙蓮の柔らかな手が置かれた。
「真壁さん。中尉も初めは、霊素の奔流に鼻血を出しながら耐えておられました。…しかし、あの御方は三日三晩不眠不休で理をねじ伏せ、四日目には空を舞ったのです。
大丈夫、私には分かります。あなたは、もっと深く、強く……「理」そのものと響き合おうとしている」
妙蓮の瞳には、慈愛と、そして一人の女性としての微かな揺らぎがあった。
「明日から、座禅と滝行を始めます。機械を動かす前に、あなたの『魂』を調えましょう」
南方の星空の下、真壁の雪辱を賭けた「修験」が始まった。
後書きという名の言い訳
やっぱり2枚目キャラのライバルは出したかったけど、反目しあうのが長いと、楽しくないので早めに認め合います。




