4話:配管掃除
翌日。俺たちは装備を整え、リズの家を出た。外に出た瞬間、ムッとするような熱気と、鉄錆の混じった湿った風が体にまとわりつく。
機械神の心臓部に位置するこの街は、巨大な放熱フィンや冷却パイプが摩天楼のように聳え立ち、その隙間に人々がへばりつくように暮らしている。 空を見上げても、青空はない。 頭上を覆う無数の歯車と配管の隙間から、赤い溶鉱炉の光が漏れているだけだ。
「うわ、相変わらず暑いですね……」
「排熱区画だからね。でも、この蒸気のおかげで都市のタービンが回ってるんだから、文句言っちゃダメよ」
リズは慣れた足取りで、鉄板で舗装された道を歩いていく。 通りには、俺たちのような労働者や、蒸気を動力にする奇妙な荷車が行き交っていた。
地面からはシューシューと白い蒸気が噴き出し、建物の壁には結露した水滴が黒いオイルと共に垂れている。 不快指数はMAXだが、エンジニアとしては、この巨大な熱エネルギー循環システムには少し興味を惹かれる。 ……まあ、効率は最悪そうだが。
「ほら湊、あそこが見えてきたわよ」
リズが指差した先、スラムの中央に一際大きな建物が鎮座していた。 錆びついた鉄骨と、蒸気を吐き出す太いパイプで構成された無骨な要塞のような場所だ。 入り口には、歯車を模した紋章が掲げられている。
「リズさん、あれは?」
「あれが『機工都市・中央管理局』、昨日言っていたギルドのことよ。この都市のメンテナンス業務をだったり、エーテルの管理だったりいろんなことをやってるのよ。」
リズの説明によると、配管の詰まり、排熱ファンの故障、害獣駆除……ありとあらゆる汚れ仕事があそこに集まり、俺たちのようなフリーランスの職人に斡旋されているらしい。 なるほど、要するに下請け業者の斡旋所か。
中に入ると、さらに濃厚な鉄と汗、そして機械油の匂いが鼻をついた。 広いロビーには、ガラの悪そうな男たちがたむろしている。自分の武器や工具を自慢しあったり、報酬の安さに文句を言ったり、昼間から酒を飲んだりと様々だ。 正直、治安は良くなさそうだ。
「なかなかいい仕事がないわねー。」
リズは仕事が張り付けてあるであろう掲示板を眺めながら文句を言っている。
「ま、これでいいわ。」
掲示板から一枚の依頼書を剥ぎ取り、受付カウンターに叩きつけた。
「D-4区画 冷却パイプの異音調査依頼でよろしいですね?」
受付嬢が以来の確認をリズに尋ねた
「そうよそれでお願い」
「了解しました。この仕事の詳しい説明をいたします。最近D-4区画では謎の音がするという情報があるのでそれの調査をして、異常の原因の報告書を書き提出をお願いします。それが終わったら銀貨10枚をお支払いいたします。」
「もうちょっと報酬は高くならないの?エーテルを使うからそれを経費にするとあんまりもうからないのよ。」
俺はエーテルの置いてある棚を見る。30%刻みのエーテルが置いてあり、30%が4銀貨、60%が7銀貨、100%が14銀貨となっていた。おそらく昨日も30%のエーテルとか言ってたから普段使っているのは30%のエーテルなのだろう。
「それ以上報酬をあげることはできません。これ以上報酬が欲しいなら受けなくても結構です。」
「う...わかったわよ受けるわ。終わったら報告書を書けばいいのよね」
「はい。その通りです」
「はぁー、行くわよ湊」
俺はイライラしながらギルドを出ていく彼女の後を追った。
***
現場である「D-4区画」は、巨大なパイプが内臓のように絡み合う、迷路のような場所だった。 シューッ、という蒸気の漏れる音が至る所で響き、視界も悪い。サウナの中にいるみたいだ。
「ここで異音がするみたいだけどなんでなのかしら。今んとこ蒸気の音しか聞こえないわね」
「奥まで行ってみましょう」
奥へ向かい始めるとだんだんと異常な音が聞こえてきた。今までは機械音しか聞こえなかったが明らかに生物なような鳴き声、チュウチュウとネズミのような音が聞こえる。
「うわ、出た。『サビネズミ』の大群よ」
リズが顔をしかめる。 それは、体長50センチほどの巨大なネズミだった。ただし、皮膚が硬い金属質の甲殻で覆われており、鉄をガリガリと齧っている。その数、およそ20匹。鉄をかじるのに夢中で俺達にはまだ気が付いていない。
「サビネズミには炎プレートが有用なのよね。こいつらを燃えつくしてやる!」
リズはドラゴンの形をした炎のプレートを出し、銃にセットした。
「くらえー!!」
リズがトリガーを引くと銃口から炎がボウっと吹き出し、火炎放射器のようになった。その炎でサビネズミを燃やしていき、1匹のネズミがプギャーと悲鳴を上げて燃えている。仲間の異変に気が付き他のネズミたちが向かってくる。
「そんなの無駄よー!」
リズは大声をあげながら周りに炎をまき散らしサビネズミたちの皮膚を溶かし倒している。
あっけにとられていて、ふと燃料を見るとすごい勢いでエーテルが減っていることが分かった。ネズミはまだ残っている。このままではまずい...
「リズさん!エーテルがなくなりそうです!」
「え、本当じゃない!調子に乗りすぎた...どうしよう!」
生き残ったネズミたちがじりじりと距離を詰めてきている。
「昨日作った水のプレートを使いましょう。」
「あ、そうだったわ。昨日の水のプレートのこと忘れてた!これならいける」
リズは、俺の設計した水のプレートをスロットにセットした。
「行くわよ……!」
リズがネズミの群れに向けてノズルを構え、トリガーを引く。
シュパッ!
次の瞬間。 先頭にいたサビネズミの頭に、針のような穴が空き、崩れ落ちた。
「すごい!普通の水プレートじゃ絶対貫くことなんてできないのに!」
シュパッ、シュパッ、シュパッ! リズが指を動かすたびに、高圧圧縮された水流の針が飛び出し、ネズミたちの急所を正確に撃ち抜いていく。 硬い金属の装甲など、今の水圧の前には豆腐と同じだった。 ものの数十秒で、20匹の群れは全滅した。
「すっご……! もう簡単にできちゃった」
リズが興奮して叫ぶ。 だが、俺が見てほしいのはそこじゃない。
「リズさん、タンクの残量計を見てください。」
リズが恐る恐るゲージを見る。 エーテルの残量はさっきの量とほとんど変わっていなかった
「嘘……これだけ撃って、ほとんど減ってない!?昨日威力がすごいのはわかってたけどまさかこんなにエーテルを使わないなんて!あんたすごすぎない!?」
リズが俺に抱きついてきた。これならいける。 俺はこの世界で、初めて「勝利」を確信した。
ギルドへの帰り道。 俺たちの懐には、駆除報酬の銀貨が入っていた。
「 湊、あんたのおかげで助かったわー!あんたのプレートを使っていけばエーテルも全然使わなくて済みそうだし。よし!今夜は焼肉よ!実質大儲けね」
「大儲けは大げさですよ。でも、これでスタートラインには立てましたね」
リズは上機嫌だが、俺は冷静に周囲を見渡した。 ギルドの中には、まだ非効率な装備で苦労している職人たちが大勢いる。 そして、この受付の奥には、この街の技術を独占しているという「聖刻ギルド」の人間もいるはずだ。
俺たちのプレートは、見た目は地味だから今のところバレていない。だが、この圧倒的な効率はいずれ目をつけられるだろう。 ……ま、今はいいか。 俺はポケットの中の硬貨の重みを感じながら、リズの笑顔につられて少しだけ笑った。 効率化ってのは、やっぱり飯が美味い。




