新たな時間
「意外にお客さん多いね、お兄ちゃん」
「お!来たか。いらっしゃい。うん、ありがたいことに、こんな田舎なのに毎日忙しくさせてもらってる。こんにちは、芽依ちゃん。ここにお座り」
「こんにちは。ありがとう、おじちゃん」
「まあ、イケメンのマスターってのもあるのかな?ふふ」
「何言ってんだ。母さんが築いてくれたベースがあるからだ」
「…そうね」
「母さんが紅茶の淹れ方や焼き菓子やケーキのレシピを、細かく絵つきで残してくれてたから助かったよ」
「……まるでこうなるのが分かってたように…ね」
1年前、母に次の土曜日、芽依を連れてお茶をしに行くと言っていた。
そしてその日、カフェの扉を開けてみれば、窓から美しい自然の景色が見える、母のお気に入りのテーブルにうつ伏せで、寝ているように息を引き取っていた。
そのテーブルには、ティーセットとスコーンを食べただろうお皿があり、全て空だった状況から、母の向かいに誰かが座っていたはずだけれど、もちろん誰もいなくて……
テーブルに一輪の桔梗が飾られていた。
母は各テーブルに一輪花を飾っていたけれど、それは、この山に咲く草花。わざわざ買ってくる花を添えたことはない。
しかも、このテーブルにだけ。
あとキッチンに三輪花瓶に生けていた。
誰かからもらっただろうと推測できる。
それに、わかってるのかどうか…花言葉は“永遠の愛”
母は幸せそうに笑みを浮かべていた。
病気なんかなかった。
昔、体調不良を長年患っていたけれど、最近は、ここに来てからは、あまり気になることはなかった。
そういう歳だと言われれば、そうなんだけど…信じられなかった。
『親だから受け入れられないのだろうね』と主人には言われ慰められた。
出されていたティーカップとお皿は、念のために警察で調べられた。でも母の指紋しか付いていなかった。
それなのに、ティーカップに口紅は付いておらず、拭き取ったような形跡もない。極めつけは、お皿の食べ物はなくなっているけれど、母の胃には入っていなかった。
だから誰かといたはずで……
でも村の防犯カメラなどには、全く怪しい人物は写ってなかったから疑問が残るも、事件性がないことから自然死とされた。
お父さんにもすぐ連絡したら、放心状態で倒れたのではないかと焦ったけれど、病院に駆けつけて来て黙ったまま、母を見つめていた。兄に後で聞いたら、泣いていたらしい。
「体調はどう?順調か?カフェインレスのセイロンだ」「うん、ありがとう。つわりもなくなって食べ過ぎて困るわ。それに、なぜか紅茶が飲みたくなるの」
「はは。まるで母さんが生まれ変わるみたいだな。あの人も紅茶で体が作られてるんじゃないかと思うくらい、紅茶を愛して欲してたもんな」
私のお腹には二人目の子がいた。あと2ヶ月ほどで出産。母が亡くなって、少しして妊娠した。もう少し母が生きてくれてたら……
「時原さんとこ、翔くんだっけ?1歳過ぎたんだよな」
「うん、もう歩き出したって」
お母さんの親友の時原さん。その息子さんの臨月だった奥さんと、母の葬式の日に会ってから、気が合い連絡を取るようになった。趣味や気が合うので3年上だけど友達のように過ごせる。
小さい時は、時原さん達と時々会ってたらしいけど、あまり覚えていなくて。
このカフェにも子供と一緒に来たりする。
時には、時原のおばさんも来て、母のことを思い出すと涙を流して、私たちに慰められてる。
「向こうは男の子で、うちは女の子(予定)だから、大きくなったら遊ばなくなるかなぁ」
「わからないぞ。恋人同士になったりしてな。ははっ」「でもこの前会った時、翔くん、私のお腹しきりに触りたがるのよ。何か運命的なものかもしれないわ」
「……おめでたいな」
「運命に導かれてるのよ、魂が……あっ。蹴った!そうよって」
「大人の都合のいいように言われているな。ほら、早く食べないと、スコーン冷めるぞ」
「あ、うん。ありがとう、いただきます」
でも翔くんがお腹に触れると、この子によく動くんだよね……早く会えるといいね。
心配性だったお母さん。安心して。
私達は、とても元気で幸せだからね。
お母さんには、誰かいたの?昔、浄瑠璃寺から帰って来てから、しばらく上の空になってる時がよくあった……
どうか、向こうで幸せに
ありがとう、お母さん。
たくさん愛してくれて。
見守っていてね。
お腹を撫でながら、つぶやいた。
本編はここまでになります。
ここまでお付き合い頂いてありがとうございました




