第9話 別々の世界の勇者
~ヒカリ視点~
翌朝食堂にて
ヒカリは昨日のことを思い出して怒っていた。
(何であんな奴のために徹夜で作業していたんだろう。本当に無駄な時間だった。もう今日はサボろうかな)
遠くの席にはユウが女達を引き連れ、食堂の席に座っていた。
(ああ、本当に腹立たしい!私が一晩中、レシピと格闘して、能力の覚醒までさせてまで助けようとしたのに!あの男は、あの"楽園"に浸っているだけじゃない。私の善意を、努力を、完全に踏みにじったんだ!)
聞いているだけでイライラする。
もう部屋に戻ろう。
そう思って席を立とうとした時、フィオナ副学長と教授が入って来た。
「私は教授のガラン。皆に聞きたい。このリングに見覚えのあるものはいるか?」
ガラン教授の声で辺りが静まり返した。
私が昨日ユウの部屋の前に置いていったリングをなんで教授が持っているの?純粋な疑問が出た。
ヒカリはガラン教授の方へ名乗り出た。
「それ私が作りました。何か問題でもありましたか?」
ガラン教授はヒカリの両肩に手を当てると興奮した口調で話した。
「このリングは素晴らしい!このデザインものすごくいい。魔力をこのダイヤルで調整できる。完璧な出来です。」
ヒカリはガラン教授の勢いに圧倒された。
「いや。ただの魔力制御するための道具ですし、大したことないですよ。」
ガラン教授は興奮冷めやらぬ様子で、更に身を乗り出した。
「何を言うんだ。これは世界を救う発明だ。生まれた子供は魔力の使い方を知らずに、暴走して亡くなってしまうことが多いんだ。このリングがあれば子供たちの命を救える。それでこのリングは私達魔法具開発班に作らせてもらえないかな。そして、君もぜひ来てほしい。どうかな?」
ヒカリは、ユウのことで消耗しきっていたところに、突然浴びせられた熱烈な称賛と、予想外の勧誘に、頭が追いつかなかった。
(魔法具開発班?世界を救う?私が作ったものが、そんな大層なものに…?)
頭の中が白くなり、教授の言葉が遠くで響く。彼女の目は、教授が持つ、自分が徹夜で作り上げたダイヤル式リングに釘付けになっていた。つい昨日までは、ユウを救うためだけの、個人的な道具だったはずなのに。
傍にいたフィオナが口を開いた。
「お主の才能を発揮できる場所じゃ。わしも勧める。」
フィオナ副学長の穏やかながらも確信に満ちた言葉に、ヒカリは少し冷静さを取り戻した。
(副学長まで…でも、開発班なんて、学園の中でも選りすぐりのエリートが集まる場所じゃない。私、そんなところに居場所があるのかな。それに、私は勇者として召喚されたんだ。錬金術ばかりやっていていいんだろうか…)
頭の中では疑問と不安がぐるぐると渦巻いていたが、目の前でガラン教授は期待に満ちた目でヒカリの返事を待っている。
ヒカリはいきなりの急展開に着いていけなかった。
魔法具開発は面白そうだけどどうなんだろう。
ヒカリの周りには学生が集まっていた。
「ヒカリさんすごい」
「やっぱりヒカリさんは勇者だね!錬金術でも世界を変えちゃうなんて!」
「魔法具開発班なんてエリート中のエリートじゃないか!マジで尊敬するよ!」
「天才すぎる!ぜひ、そのダイヤルの仕組みを教えてほしいな!」
周りの学生たちが心からの尊敬の念を込めて話しかけてくる。それは、ユウの周りの熱狂とは違い、ヒカリの努力と才能を純粋に認める声だった。
(…いいや。どうせユウは私のことなんか必要としていない。なら、私は私の才能を活かせる場所で、この世界に貢献する。錬金術でも、勇者の力でも、なんでもいい。この世界に私が必要とされるなら…!)
ヒカリは周りの学生の後押しもあって、腹の底から湧き上がった意地と、自分の能力への期待を胸に、開発班に行くことにした。
~ユウ視点~
遠くの席から、ユウはヒカリの周りに集まる学生たちの輪を見ていた。騒がしい女たちの嬌声が耳障りだったが、それ以上にヒカリの周りの眩い光景が、ユウの胸を焼いた。
(何であいつの周りには、いつもこんなにも本物の人間が集まるんだ。)
ガラン教授がヒカリを褒め称え、周りの学生たちがヒカリを称賛する声が、ユウの席まで鮮明に届く。
「世界を救う発明」「天才すぎる」「エリート」――その称賛の言葉の全てが、ユウの心を針で刺すように痛めた。ヒカリが成し遂げたことは、彼女自身の努力と才能の結果であり、誰もが心から認めている。
一方、ユウの周りの熱狂は、彼の能力が作り出した砂上の楼閣だった。
(俺の周りの人間は、俺の能力に魅せられた人形だ。俺自身を見ているわけじゃない。顔を赤らめ、愛を囁いているそいつらの目には、俺という人間ではなく、魅了の魔力が映っているだけだ。)
ヒカリの錬金術は、誰かの助けとなり、感謝と尊敬という確かな絆を生み出している。だが、ユウの能力は、本質的に孤独と虚飾を生むだけだ。
ユウは、隣の席で自分の腕に頬をすり寄せてくる女子学生を、苛立ち混じりに見た。彼女は愛情に満ちた眼差しを向けているが、その目も、その言葉も、全てが偽物だ。
(くそっ!俺だって、俺だって、誰かに本物として認められたいんだ!俺の力でなく、俺自身をだ!ヒカリが持っている全てが憎い!)
ヒカリの成功は、ユウの心に巣食う自己嫌悪と嫉妬を、これまでで最も鋭い刃となって突き刺してきた。
(お前は孤独じゃない。お前は必要とされている。教授に、学園に、世界に!だが、俺はどうだ?俺はただ、能力で偽物の人気を作り、誰にも本質を知られずに、この学園という檻の中で生きていく底辺の勇者だ!)
ユウは立ち上がり、座っていた椅子を乱暴に蹴った。ガタン、という大きな音が食堂に響き渡り、周りの女子学生たちが一斉に不安そうな顔で彼を見上げた。
「ユウ様、どこへ行かれるんですか?どうか、私たちといてください!」
「お願い、行かないで!寂しい、寂しいよ…!」
哀願する彼女たちの声は、ユウの耳には届かなかった。彼らがどれだけ愛を叫ぼうとも、それはユウが作り出した幻想であり、彼はその幻想を激しく憎んでいた。
(お前らといると、吐き気がする)
ユウは一度も振り返らず、その熱狂から逃れるように、独り暗い廊下へと消えていった。彼の心の中には、ヒカリへの激しい嫉妬と、自分自身への絶望だけが渦巻いていた。彼は、ヒカリとは違い、この世界で自分自身を見失い、偽りの栄光の淵で溺れ始めていた。
彼が世界を救う勇者であるはずの現実は、今やただの拷問でしかなかった。
12月19日と26日の更新休みます。年末にアップ出来ればします。




