第8話 すれ違いの勇者
~ユウ視点~
俺は困り果てていた。魅了の能力をコントロール出来ずにいるせいで、食堂で食事もまともに取れない。
人が少ない所に座っても人が寄り付いて来る。もう静かにしてほしい。
ユウが食堂の隅で急いで食事をかき込んでいると、たちまち異様な視線と熱気が集まってきた。
席の目の前に立つ女子学生は「ねえ、ユウ様。このアップルパイ、私が朝一番に取っておいた最高のリンゴで作ったの。ユウ様のために、特別に一口、あーんってしてあげてもいいんだよ?食べて、私を褒めて?」
彼女は頬を赤らめ、満面の笑みでフォークを差し出してきた。その必死な様子に、ユウは胃がキリキリと痛んだ。
隣の席に無理やり座り込む女子学生は「ユウさん!私、ユウさんのことが理解できるのは私だけだと思うんです。この水を飲んで、少しでも落ち着いてください!私、ユウさんが能力で苦しんでいるのを見るのは辛いから、私が全部受け止めます!」
彼女は緊張で手が震えながらも、半ば強引にユウの隣に座り込み、水差しを差し出してきた。
食堂の入口付近から遠巻きにユウを見つめるグループは「やだ、ユウ様、今日も素敵すぎるわ。あんなに孤独を纏っているのに、どうしてあんなに魅力的なのかしら…」
「ねえ、私、ユウ様が食べ残したパンの耳でもいいから欲しい…せめて、その空気に触れたい!」
彼女たちはユウの存在に酔いしれているようだったが、ユウのオーラに圧倒されているのか、一定の距離から近づくことができないようだった。
ユウの背後から髪の匂いを嗅ぐように近づいてくる女子学生は「んぅ…やっぱりユウ様の香り、最高。甘い柑橘と、何か焦げたような…この匂い、私を狂わせる…ユウ様、お願い、私の髪も触ってくれないかな?そしたら、私、もう何もいらない…」
彼女はユウの背後の椅子の背もたれにへたり込み、恍惚とした表情でユウの髪に顔を近づけようとした。
ヒカリはいつも通りのんびり食事をしているだが、人が集まって楽しそうに話をしている。
(まるで、ヒカリの周りだけが、普通の学園生活だ。何なんだ、あの光景は。平和そのものじゃないか)
いい気なものだ。人が苦労しているのに。
教授が慌ただしく食堂に入って来る。
俺を見るなり、ものすごい顔をして睨みつける。
「あなた何しているの?学内で堂々と能力をこんな所で使って」
「いや。俺だって止め方がわからなくて・・・。」
「言い訳はいいから来なさい。規則違反で1日懲罰房行きです。」
俺は教授に連れられて、懲罰房に入れられた。
懲罰房越しに教授に怒られたが、解決方法がわからないのにどうしたらいいんだ。
何もない部屋に閉じ込められたが、俺はただ孤独を実感していた。
だが、足音が聞こえてきた。
「ねえユウ大丈夫?」ヒカリの声だった。
~ヒカリ視点~
私はユウが食堂から連れていかれて、心配で面会に来ていた。
きっと寂しいと思ったから、1人はつらいから。
「あのね。ユウは私が助ける」ヒカリは扉越しに声をかけた。
「明日になったら出れるからお前に助けてもらう必要はねえよ」
「そうじゃなくて・・・。能力の制御できないんだってね。私錬金術で作るから、今は何も出来ないけど、絶対に作るから待ってて」ヒカリは少し泣きそうな声で話した。
「わかったよ。頼んだ。早くしてくれよ。このままだと授業も受けれないからな。」
ユウと別れの言葉を告げるとヒカリは錬金術をするために部屋に向かった。
確か本棚にレシピを見たような気がする。
ヒカリは本を読み進める。
記憶を頼りに本を次から次へと読んでいた。
「あった!このレシピだ。素材もこの前のダンジョンで採取した鉱物で基本は出来上がる。」
~ユウ視点~
懲罰房から解放されてから、数日が過ぎた。
能力は一向に治まらない。俺がどこへ行こうと、魅了された女子学生たちが影のようについてくる。最初は恐ろしかったが、もはや恐怖より諦めと疲労が勝っていた。
食堂に行けば大騒ぎになるので、彼女たちは自主的に交代で俺の部屋に食事を運んできた。これがまた、彼女たちの中で激しい主導権争いを引き起こした。
「ユウ様、私の作った鶏肉のソテーを召し上がれ!彼女たちの不器用な料理なんて、食べなくていいんですよ」
「待ってよ、ユウさん!私は昨日、図書館でユウさんの好きな好きそうな本を探してあげたの!今日は私と二人だけで過ごす番でしょう?」
「二人きりなんてずるい!私たちもユウ様のお世話をしたいの!」
俺は自室で、まるで檻の中の珍獣のようだった。彼女たちは俺を丁重に扱い、快適にしようと躍起になっている。部屋はきれいに掃除され、ベッドには新しいシーツが敷かれ、俺が好む本や甘いものが常に用意されていた。
しかし、俺の心は孤独だった。彼女たちが求めているのは、俺という人間ではなく、魅了の能力が作り出した偶像にすぎない。笑いかける彼女たちの顔を見ても、何も感じない。ただ疲れるだけだ。
(ヒカリはまだかな…)
懲罰房でヒカリに頼んだあの日以来、ヒカリは一度も俺の前に姿を見せなかった。ヒカリのことだから、きっと錬金術の部屋にこもり、寝る間も惜しんで薬を作ってくれているのだろう。彼女の優しさを知っているからこそ、俺はここで我慢しなければならない。ヒカリの努力を無駄にはできない。
俺は運ばれてきたアップルパイを一口食べ、目線をそらした。
「…美味しいよ。ありがとう」
俺がそう言うと、彼女たちは感激で顔を紅潮させ、俺を囲む輪はさらに熱を帯びた。
(早く、早くこの状況から解放されたい。ヒカリが来てくれるまで、俺はただのハリボテとして、ここで耐えるしかないんだ)
~ヒカリ視点(錬金術の部屋)~
懲罰房でのユウの切実な声が、私の耳から離れなかった。
「わかったよ。頼んだ。早くしてくれよ」
ユウが私を頼ってくれた。その事実が、私の錬金術の部屋での原動力だった。
錬金術の部屋にこもって、数日が経過していた。食事はウィッチが時々運んでくれる学園のパンで済ませ、睡眠もほとんど取っていない。
「素材もこの前のダンジョンで採取した鉱物で基本は出来上がる」
そう思っていたのは甘かった。レシピは古代のもので、現代の鉱物では純度が足りず、魅了の魔力を中和させるための触媒が安定しないのだ。
(くそっ!なんで出来ないの!ユウが苦しんでいるのに!)
私は、錬金窯の前で何度も失敗を繰り返していた。爆発はしないが、出来上がるのはただの灰か、何の効能もない石ころばかり。
「これは、能力の特殊な波長に合わせた、力を抑え込めるって本には書いてあるのに形にならない」
私は、苛立ちながら次に入れる素材に触れた。その瞬間、頭の中に鮮明なビジョンが焼き付いた。
(割れて失敗する…!)
そのビジョンは一瞬で消えたが、私は確信した。この素材を使うと、また失敗する。
(これは…錬金術の能力じゃない。私の念視系の能力…?あの時、ユウと一緒に召喚された時以来の…)
フィオナから念視系の能力について教わった時、まさか自分にもその片鱗があったとは思いもしなかった。
そして、ヒカリはふと素材に触れた時、ビジョンが見えた。これは割れて失敗する。素材の将来。なんで今まで見えなかったのにこれが能力の覚醒。これなら素材に触れて失敗しない物を探せる。
そのビジョンのおかげで、私は失敗する素材と成功する素材を選別することができた。数時間後、私はついに錬金術を成功させた。
窯から取り出したのは、美しい黒色に輝く、小さなダイヤル式のリングだった。
「これなら…魅了の魔力を中和できる。これさえあれば、ユウは授業にも出れるし、元の生活に戻れる…!」
達成感と疲労で体がふらついたが、一刻も早くユウにこれを届けたかった。私は急いでユウの寮の部屋へと向かった。
ユウが懲罰房から出た後、自分の部屋に引きこもっているのは知っていた。人が集まってくるからだ。私がこのリングで、ユウを孤独という名の檻から解放してあげるんだ。
息を切らし、私はユウの部屋の扉の前にたどり着いた。ノックをしようとした、その時、扉の向こうから漏れる、女子学生たちの熱っぽい笑い声と、甘ったるい嬌声が聞こえてきた。
私はノックするのをやめ、扉に耳を当てた。しかし、状況を理解しようとする前に、好奇心に負けて、扉を開けた。
「ユウ!出来たよ!見て、これがあれば…」
私の言葉は、喉の奥で詰まった。
部屋の中は、まるで楽園のように見えた。
ユウは服を脱ぎ捨て、ベッドに座り、数人の裸の女子学生に囲まれていた。一人の女はユウに跨って動いている、ユウはそれを受け入れている。その周りには、さらに数人の女子学生が、ユウにマッサージを施したり、笑いかけたりしている。皆、ユウに対して献身的で、楽しそうだった。
ユウは、確かに疲れたような表情をしていたが、その光景は、誰から見ても彼がこの状況を受け入れ、楽しんでいるようにしか見えなかった。
「…え?」
私は呆然と立ち尽くした。
(孤独?つらい?早く助けて?…なんで、こんなに楽しそうなの。私が、寝る間も惜しんで、一生懸命作ったリングがいらなった…。)
ユウはハッとして私を見たが、口を開くよりも早く、私の手からリングが床に滑り落ちた。カラン、という小さな音が、賑やかな部屋の中でやけに響いた。
「…最低」
私はそれ以上、一言も発することが出来なかった。ユウが苦しんでいるから、私が何とかしなきゃと思っていたのは、私だけの独りよがりだった。ユウは、私が想像していたよりも、ずっとこの新しい環境に適応していたのだ。
私は、ユウからの助けを求める言葉を、信じてしまった自分が馬鹿らしくなって、そのまま踵を返して、全速力で走り出した。
ユウと私は、同じ場所で生活しながら、全く違う道を進んでいた。
(私はただ、ユウに必要とされたかっただけなのに)
ヒカリの流した涙は、ユウのために作られたリングはむなしく地面に叩きつけられた。




