第7話 覚醒の勇者
~ヒカリ視点~
ヒカリは図書館で錬金術の本を探して、ウロウロしていた。
だが、基礎の本は読み尽くしたにもかかわらず、次のステップとなる本を見つけられずにいた。この図書館は大きすぎる。電子書籍があれば便利なのにと日本にいた時が恋しくなった。
ヒカリはウィッチに泣きついた。
「ウィッチさん。錬金術の本、『世界を繋ぐ術』のレシピが載っているような深い内容の本はどこにあるんですか?この図書館、これ以上ないってことはないですよね?」
「うちが読んだ限りでは、この学園にある錬金術の本は、ヒカリが読んだ基礎と、あとは難しすぎる論文だけなのだ。錬金術は秘匿性が高いから、レシピは師匠から口伝で伝えられることが多くて、本を書く人は少ないようなのだ。」
「論文なら読みましたけど、どうやって物質が変化するのかしか書いてないじゃないですか。私は元の世界に戻るための道具のレシピがほしいですよ。」
ヒカリは拗ねていた。魔力石をダンジョンから拾ったはいいが、レシピがないと目的の道具が作れない。
「そんなに落ち込むことないのだ。錬金術師は自分達でレシピを考えて作っていたそうなのだ」
「私には無理ですよ。レシピがないと・・・」
ウィッチはこれ以上は暗くなると思い話を変えた。
「ダンジョンにいた魔人なのだが、マスター曰くマズいそうなのだ」
「ダンジョンにいた魔人がなんでマスターさんと関係あるんですか?しかもマズいって」ヒカリはウィッチの話に食いついた。
「戦うのが面倒だったから、酒場に転移してマスターに任せたのだ。マスターなら魔人くらい余裕なのだ」
「魔人ってウィッチさんが倒したのかと思いました。」
「面倒な戦闘はマスターに丸投げなのだ。その時に、あれは人に寄ってるからマズいって怒っていたのだ。」
「?えーっと、人に寄ってるから、強すぎて大変ってことですか?」
「うん?あぁ、違うのだ。味が不味いのだ。魔人は人と魔獣の融合したものだから不味いみたいなのだ」
魔人って本の通り人と魔獣の融合体なのか。・・・え?それって、つまり、マスターさんは人を食べたってこと?好奇心が旺盛とかのレベルを超えてるんじゃ。これ以上考えるのは、やめようと思い話題を変えた。
「そ、そういえば魔人って他に見つかったんですか?」
「それがまだ見つかってないようなのだ。あれから1週間も経つのにダンジョンが封鎖したままで、冒険者も困っているようなのだ。そこで、あの場所にディスカラーを出店したのだ。結構好調なのだ。」
「出店するのはいいですけど、人手足りてますか?」
「ううん。マスターにも怒られたのだ。働かないといけなくなったって。マスターは暇な日が好きなのだ。少しは働くことを覚えた方がいいのだ。」
たわいもない会話をして、時間を潰していると、自分の悩みが少しばかり薄れていく。
~ユウ視点~
俺はこの一週間、自分の能力を向上するために、講義をいくつも受けていた。俺には魔力を感じるというのがわからなかった。この世界で生まれてきていないからなのか。原因は不明だが、魔力は見えても感じるというのはわからなかった。
講義では外に出て、座り、風を感じ、地面を感じる。自然と一体になる感覚。瞑想に近いのかな。そうすると魔力を感じるそうだが、よくわからなかった。
今日は講義室で席に座ったまま、瞑想しているとふいに寝てしまった。
夢の中で俺に声をかける声がした。女性の声、非常に魅力的な声だ。
「ねぇ、力がほしい?」甘い誘惑をしてくる。
「出来ればほしいかな。でも、あんた誰だよ。顔ぐらい見せてほしいな。」首を動かそうにも夢のせいか動かせない。
「私はサキュバスの魔人よ。ねぇ、人間の坊や、ワタシを受け入れてくれる?」
「いいよ。」
(どうせ夢だろう。夢の中ぐらい力を欲してもいいじゃないか)
俺はハッと目を覚ます。周囲を見ると周りは瞑想中だ。一瞬の出来ことだったのか。
なんだか、体の内側から、誰かに見られているような、ぞくりとする感覚がある。
ユウは手のひらを凝視した。いつも通りの、平凡な手のひらだ。だが、内側に確かに存在する違和感。
自分の「魅了」の能力が、サキュバスの魔人から得た力によって、形を変えて目覚めたことを、ユウはまだ理解していなかった。
「ふぁ~…疲れてんのかな。変な夢見るし。サキュバスの魔人とか、まるでラノベじゃねえか」
ユウは小さくため息をつき、立ち上がった。講義は終わりの時間だ。周囲の学生たちは、まだ瞑想から完全に覚めきっていない様子でぼんやりとしている。
彼が席を立ち、列の間を通り抜けようとした瞬間、異変が起こった。
ユウが通り過ぎるたびに、瞑想を続けていた学生たちが、どろりとした視線を向けてくる。 普段の授業では、存在感の薄いユウに誰も興味を示さないはずなのに、男女問わず、誰もがユウの背中に熱を帯びた視線を送ってくる。その視線は、まるで飢えた何かが餌を求めるような、甘く、だらしない目つきだった。
「おい、ユウ。ちょっと待ってくれよ」
近くに座っていた、普段は無愛想で誰とも話さない男子学生が、突然親しげに肩を叩いてきた。
「なんだよ?誰だっけお前」ユウは少し驚いた。
「いや、なんでもねえけどよ。お前、なんか……いい匂いするな。柑橘系っていうか、甘いっていうか。もっと近くにいていいか?なんか落ち着く」
男子学生はユウの首筋に顔を近づけようとする。
「は?何言ってんだお前。気持ち悪い」
ユウは反射的に突き放したが、男子学生はなぜか嬉しそうな顔をして、ユウの後ろをぴったりとついてこようとする。
その光景を見た、前方に座っていた一人の女子学生が、急に立ち上がり、ユウに向かって走ってきた。
「ちょっと!アンタたち、ユウ様を邪魔しないでよ!ねえユウ様、今日一緒に帰ろ?私、今日の講義、アンタの隣で座ってたの。知ってるでしょ?ねえ、あの時ちょっと目があったよね?」
普段はユウと全く接点のない、成績優秀で高嶺の花的な存在の女子学生だ。彼女は頬を真っ赤に染め、瞳を潤ませながら、必死の形相でユウの腕に縋り付こうとした。
「やめろ、離せ!何なんだよ、お前ら!俺、お前の名前すら知らねえぞ!」
ユウは混乱した。これが夢のせいだとしたら、あまりにリアルすぎる。
(なんで急に…俺が何をした?単に疲れて寝てただけだろ!まさか、昨日夢で力を受け入れたせいか?)
ユウは反射的に女子学生を振り払い、足早に講義棟の出口に向かった。
しかし、状況は悪化する一方だった。講義棟の出口付近では、多くの学生がたむろしていたが、ユウが通り過ぎるたびに、彼らは一斉にユウの方を向いて立ち止まる。
「ユウだ…生のユウだ…」
「やだ、素敵すぎ。こんなに綺麗だったっけ?」
「ちょっと、私に譲ってよ!私の方が彼の隣にいる資格がある!」
ユウを中心に、講義棟の廊下が完全にパニック状態に陥った。
後ろでは、取り残された男子学生と女子学生が、ユウを巡って醜い言い争いを始めている。
「おい、私のユウ様に触るなよ!私はユウ様のために、朝から晩まで復習してたんだ!」
「うるせえ!ユウは俺の親友だろが!ずっと一緒だったんだぞ!」
彼らの口から出る言葉は、論理的でなく、感情的で、ただユウへの執着だけを訴えていた。
ユウはもう耐えられず、脇目も振らずに全速力で逃げ出した。学園の広い庭を横切り、誰もいない寮の自室を目指す。
彼の能力である魅了は、サキュバスの魔人の力を取り込んだことで、彼の周囲に無意識下で周囲の人間を惹きつける、強力なオーラを放ち始めていたのだ。それは、魔力が見える者には甘い霞のように見え、見えない者には「いい匂い」や「魅力」として感じられる、異常な現象だった。
だが、ユウ本人は気づかない。ただ、周りの学生たちが急に狂ったかのように自分に興味を持ち始めたという、不可解な事実に恐怖を感じるばかりだった。
(やべえ、やべえよ。俺、この世界に来てから災いしか引き起こしてねえ気がする…。まさか、俺の「魅了」って、こんなに気持ち悪い能力だったのか?)
ユウの異世界での受難は、まだ始まったばかりだった。




