第5話 武術の勇者
ヒカリの朝は早い。日が昇る前には起床し、寮の庭で正拳突きをし、空手の型を確認するのが日課だった。
一通りの鍛錬が終われば、学園内をランニングしてひと汗流し、シャワーを浴びて食堂へ向かう。
ユウは朝食に誘っても「ギリギリまで寝たい」とごねるので、放っておくのが常だ。昔から早起きが苦手なのは変わらない。
食堂に向かうと、生徒たちが口々に挨拶をしてきた。
「ヒカリさん、おはようございます!」
「ヒカリ、錬金術の実験、昨日成功したんだって?すごーい!」
「おはよー、ヒカリ。今日の食堂は特製パンらしいよ」
「勇者様、おはようございます。今日も鍛錬ですか?」
無詠唱魔法が広まって、みんなに認知され、今ではヒカリは学園の人気者だ。
みんな、最初は「勇者」という肩書きに距離を取っていたらしいが、話すきっかけが出来てからは打ち解けやすくなったそうだ。
席に着くと、さっそく周りの生徒に囲まれた。
「ヒカリちゃんは専門科目決めた?」
「ずるい、私が聞こうと思ったのに!」
「それで、どうするの?」
専攻科目とは、魔法理論以外に、固有能力の向上や、魔術の専門といった自分の得意を伸ばすための応用授業のことだ。
「私、まだ決めかねてて……。錬金術だけでなく、転移魔術なんかも調べているところなんだ」
朝はみんなと会話をしながら食事をするのが、すっかり日常になった。
世界が違っても、こうして友達と話す毎日は、日本にいた時と変わらない。
食堂で朝食を食べたら、授業のある教室に向かう。予習復習をするのが日課だ。
魔法学園の授業はやはり難しい。この世界の常識を全く知らないので、余計に理解に時間がかかる。
最近は放課後、図書館に行ってウィッチさんに勉強を教えてもらっている。
そのおかげで、魔法に関しては上級レベルまで使えるようになってきた。
特に魔術は全てを理解しないと使えないため、ウィッチさんの知識量には感心してばかりだ。
彼女が読む本はどれも難しそうな内容だが、本人はすごく面白そうに読んでいる。
私はそれを見ながら、授業の復習や錬金術の勉強をする。
(1ヵ月前に読んだ本に、錬金術には「世界を超える術」の記録があるかもしれないと書いてあった。錬金術は、私とユウが家に帰るために必要なんだ。)
お礼として、錬金術のレシピ本から作れそうなものを見つけ、実際に錬金術の過程を見せてあげていた。 錬金術は楽しいが、素材が尽きてきたので、いつか採取に行きたいと思っている。 だが、外の世界は今のままではきっと危険だ。もっと強くならないと……。 (今日ウィッチさんに相談してみよう)
今日の授業も終わり、放課後になると、ユウと別れて図書館に向かった。
一応誘ってみたが、ユウはやはり「寝たい」そうだ。仕方ない。無理に行っても来ないだろう。
図書館に着くと、いつもの席にウィッチさんがいた。たくさんの本に囲まれて幸せそうだ。
私を見かけると、ウィッチさんは嬉しそうに話しかけてきた。
「ヒカリなのだ。今日はどんな話をするのだ?」ウィッチさんはこの場を女子会と思っているのかもしれない。
「えーと、実は私、武術を少しばかりやっているのですが、この世界で実際に通じるかわからなくて。武術に詳しい人を知りませんか?」
「知っているのだ!うちの酒場のロウは武術の達人なのだ」ウィッチはあっさりと教えてくれた。
「酒場って『ディスカラー』ですよね。この学園から遠い場所にあるんじゃないですか?」
「魔術都市の町に店を借りて作ったから、行けるのだ。地図を書いてあげるのだ」ウィッチは紙に簡易的な地図を書いてくれた。
「ありがとうございます。明日休みなので行ってみます」
ヒカリは地図を受け取ると、それほど遠くないことを確認し、明日行くことを決めた。
翌日
ヒカリは地図を参考に酒場を探していた。開店時間を聞くのを忘れたが、朝早くから開いているだろうか。
酒場の前まで着くと、黒塗りの木材に書かれた看板が目に入った。そこには「ケンカしない」といった物騒な注意書きがある。
扉を開けると、外見からは想像できないほど広々とした空間が中に広がっていた。内装はきれいで凝った作りだ。
テーブル席ではドワーフが2人、朝から酒を飲んでいる。初めて見るドワーフの姿に、異世界感を強烈に感じた。
カウンター席には、黒いローブを着た男が突っ伏して寝ている。酔いつぶれているのだろうか。
朝早い時間のためか、客は少ない。キッチンには1人の老人がいた。
「ロウ」という人が誰なのか、ウィッチに聞いても「見ればわかる」としか言われなかった。
ヒカリはカウンターへ歩みを進め、老人に質問した。
「あの~、ウィッチさんから伺って来たのですが、ロウさんという方はいらっしゃいますか?」ヒカリは恐る恐る尋ねた。
「お嬢さん。ここは酒場じゃ。まずは注文を聞こう」老人はカウンター席に水を置いてくれた。
そうだ、ここは酒場だった。何か注文しないと……。
席に着き、メニューを見ると、写真はない。「ドラゴンのステーキ」「ゴブリンのスープ」……。
ん?もしかして、魔獣の食材しか扱っていないのだろうか。どうしよう、魔獣なんて食べたことがない。
飲み物を見ると、「リンゴジュース」があった。
「あの~、おすすめを1つと、リンゴジュースを1つお願いします」ヒカリはとりあえずおすすめを頼んでみた。
「はいよ」
老人は手際よく調理を始め、あっという間に料理と飲み物を出してくれた。
「今日のおすすめはオークの生姜焼きとリンゴジュースじゃ。はいよ。代金は銅貨3枚じゃ」
ヒカリはドックタグで支払いを済ませ、料理を食べてみた。すごい!魔獣の肉ってこんなにおいしいのか。まるで力がみなぎるようだ。リンゴジュースも、これまで飲んだことがないほど濃厚でおいしい。気づけばあっという間に完食していた。
「おいしかったです。ごちそうさまでした」ヒカリはご機嫌になった。
「よかったわい。それじゃ、話を聞くかのう」
「あの、ロウさんって?」
「わしじゃ」
武術の達人というから、もっとオーラのある人かと思ったが、ロウはごく普通の老人に見えた。
ヒカリは自己紹介から、この世界で武術が通じるか知りたいという事情を話した。ロウは優しく頷いて聞いてくれた。
「そうじゃな。ヒカリ。ちと場所を変えるか」ロウはゆっくりと歩き出した。
その途中で、ロウはカウンター席で寝ていた黒いローブの男の頭をいきなり殴った。
「小僧!起きんか!」ロウは怒鳴りつけた。
「痛えな!バカじじい、いきなりなんだ」黒いローブの男は頭を押さえて文句を言った。
「わしは席を外すから店番をしておれ。それとも、代わりにこの嬢ちゃんに武術を教えるか?」
「俺は雑魚に興味ないの。勝手にやってくれ」
「そうか。それなら店番しておれ。あと酒は飲むなよ。マスターのくせに、酒全部飲み干しおって」
この男がマスターだったのか。すでに手元に酒の瓶を持っている。注意されなければ飲んでいたに違いない。
「ウィッチがいねえのが悪いんだよ。あいついないから、買い出しの人数が足りねえんだよ」マスターは拗ねていた。
「やかましいわ。小僧が勝手に行けと言ったんじゃろうが」
このマスターは、どこかユウに似ている気がする。親近感が湧いた。
ロウはヒカリが入って来た扉とは別の扉を開けて進んでいった。私もついて行くと、外は岩肌がむき出しの洞窟の中になっていた。ひんやりと空気が重い。
「それじゃあ。見せてもらおうか」ロウは構えた。
ヒカリは空手の型、そして全てをロウにぶつけたが、その攻撃は全てきれいに受け流された。ここまできれいに流されたのは初めてだ。この世界では空手は通じないのだろうか。
「そうじゃな。きれいな武術じゃ。対人であれば今のままでもいい。だが、魔獣ではもう少し前のめりでなければ、懐に飛び込めず捕らえられないじゃろうな。勇者なのだから、必殺技を授けよう。魔撃じゃ」
「魔撃?」
ロウは壁に向かって正拳突きを放つと、岩壁を深くえぐり取った。これが魔撃。
拳の先に魔力の衝撃をぶつける技だ。
「ほれ。やってみい」
ヒカリは拳に魔力を込めると、壁に向かって撃つ。だが、ロウのようにはいかない。
これは難しい。魔力をインパクトと同時に流し込む。これが理想だ。
ヒカリは何度も、何度も練習を繰り返した。ロウはその都度、的確なアドバイスをくれた。
何時間が経過しただろうか。洞窟では時間がわからないが、とにかく無我夢中で魔撃の練習に取り組んだ。そしてついに、成功した。
「ほう。出来たかのう。その感覚を忘れないようにするんじゃよ」ロウから合格が出た。
「ありがとうございます」ヒカリは頭を大きく下げた。
2人が扉を開けて店に戻ると、店内には多くの客が来て盛り上がっていた。
「おい、じじい。早く手伝え。あと、そこの女も働け」マスターは大忙しで働いていた。
ヒカリは店の手伝いをすると、お礼に夜ご飯をごちそうになった。
忙しい時間が終わると、ロウと話をした。
「あの、鉱石とかを採取したいんですが、良い場所はありませんか?」
「そうじゃな。鉱石の名産といえば、赤の国じゃが、あそこはドワーフが働いているしな」ロウは考えていた。
「鉱石欲しけりゃ、黄の国の跡地のダンジョンに行けばいいだろ。最近は初心者用のダンジョンで有名だ」マスターが教えてくれた。
「そうなんですね。ありがとうございます。また何かあったら来ます」ヒカリはお礼を言うと店を出た。
外はすっかり暗くなっていた。
ウィッチさんが酒場で働く理由が少しわかった気がする。まるで家族のような温かみのある店だ。




