第3話 学園生活を送る勇者
ユウとヒカリが魔術都市の魔法学園に入学して、早くも一ヶ月が経とうとしていた。
この魔法学園は、日本の大学のように自分で受けたい授業を選んで履修するシステムだ。幸いにも、文字の読み書きはこの世界の共通文字でも日本語で問題なく、勇者召喚の影響なのか、その点では手間がなかった。
「楽でいい」とユウは思ったが、それは一時的な安堵に過ぎない。
日本ではありえなかったのは、当然ながら魔法と魔術の授業だ。
魔法は、決められた詠唱を唱えて体内の魔力を流すことで発動できる。初心者でも習得しやすい基礎技術だ。
一方、魔術は、複雑な刻印を紙や地面に書いて魔力を流す技術で、その仕組みを完全に理解した上で正確に刻印を描く必要がある。一つ覚えるのに人生の半分を使うと言われるほどの難易度で、まさに学問の極みだった。
俺とヒカリは、比較的習得が容易な魔法を専攻することにした。
魔術都市は、一般のギルドとは違う特殊な方法で冒険者を育てていた。
通常の冒険者は依頼を受けてランクを上げていく。
S:伝説級の偉業を成し遂げ、歴史に名を刻む者。この世でただ一人、先日魔獣を撃退した英雄アレスのみに与えられたランクだ。
A:どんな依頼も優遇され、報奨金の交渉や物資の支給まである一流の存在。
B:大型の魔獣を討伐できるが、実績はまだ少ない者。
C:他国に渡る際の通行税が免除され、国の防衛隊に志願できる程度の実力者。
D:小さな魔獣の討伐依頼を受けられるようになる。
E:植物や鉱物を採取するために、国の外に出ることを許される。
F:国や村の雑務をこなす、下積みの新人冒険者。
魔術都市においては、魔法や魔術のレベル、魔道具作成の成果など、知識と研究成果によってランクが上がる。知識こそが力、という特殊な環境だ。
俺とヒカリも、入学と同時に最下位のFランク冒険者になった。
冒険者には、ドックタグが渡される。これには自分のランクが表示され、Cランクになると身分証明書兼通行証になる。さらに依頼を受けて報酬を受け取る時や、買い物をする時も、このドックタグをかざす。まるで電子決済のような仕組みがそこにはあった。
現金も存在するが、お釣りの計算が面倒だという理由で意外と嫌われるそうだ。ちなみに、銅貨1枚が100円、銀貨1枚1万円、金貨1枚100万円という感覚らしい。
フィオナからもらった銀貨3枚は、学園の食堂が無料で利用できるせいかいまだ使っていなかった。結局、使わないのでギルド支部に行ってドックタグの中にお金を入れてもらった。
今、俺とヒカリは歴史の授業を受けている。中々に眠い。
「西には赤の国、北には青の国、北東に緑の国、東に黒の国と白の国、南には英雄の逆鱗で崩壊しグレーゾーンと化した黄の国があります。」
教授は黒板にキャンバス大陸の形を書いていく。よく見ると、美術で使うようなパレットのような形をしている。
「さらにグレーゾーンはキャンバス大陸の中心にあり、巨大な中央貿易都市が円で囲んでいます。その中に四つの大都市があります。北に魔術都市、東に商業都市、西に武器国家、南に武術国家があり、これを四大都市国家と呼びます。その中心には中央ギルド国家があり、ギルドの本部になっております。ここテスト出ますよ!」
教授はチョークで黒板をトントンと叩き、強調するようにアピールした。
隣を見ると、ヒカリは真面目にノートを取って、熱心に勉強している。彼女は「錬金術」の才能に恵まれたことがわかって以来、古代の文献や、素材の化学的な性質について夢中で調べている。
以前は「デザイナーになりたい」と言っていたが、今では「錬金術を極めて、この世界の素材で最高の道具を作りたい」と目を輝かせている。
授業終わりのチャイムが鳴るころには、俺は完全に寝落ちしていた。
「ユウ!また寝てたでしょ!次の授業に遅れるよ!」
ヒカリに起こされると、重い体を叱咤して次の授業に向かう。
「何で異世界に来てまで勉強しないといけないんだよ」ユウは愚痴る。
「しょうがないでしょ。チート能力で魔王を倒す運命はなくなったんだから。ちゃんとした冒険者になるにも魔法ぐらい覚えないと魔獣に勝てないし、勉強も面白いよ」
(ああ、なんでここでもヒカリは勉強を頑張れるんだ。こういう所で差が出るのか)
俺の能力は、念視系の「魅了」。戦闘に全く使えないうえに、魔力を込めても、対象が少しだけ自分に好意を持つようになる、という程度だ。もし敵と遭遇したら、「魅了」を使って「どうか俺を食べないでください」とお願いするのだろうか。そんな想像をするだけで、また自己嫌悪に陥る。
次の授業は魔法の実技練習だ。的を目掛けて魔法を繰り返し当てるという、身体に魔法の感覚を覚えていく授業だ。
今日は初級風魔法の練習。
「汝 我の 行き手を阻むものを 吹き飛ばし賜え ウィンドル」
詠唱を唱え、手杖から風を集める。風の塊が的に向かって飛んでいく。
退屈でしょうがない。勇者ならではの特殊能力はないのか。俺しか使えないオリジナル魔法とか覚えていたらよかったのに、人生はそんなに甘くない。
結局、俺が持つのは「人を惹きつける力」なんて、戦闘には無意味な能力だけ。せっかくチートな異世界に来たのに、俺の劣等感まで一緒に召喚されたようだ。
余計なことを考えながら、半ば適当に詠唱を唱えていると、途中で舌を噛んでしまった。
「汝 我の 行きでぇ……痛ェッ」
詠唱は途切れ、完全に失敗したはずだった。だが、杖から不意に魔法が出た。
一瞬の風の塊が、詠唱を完了しなかったにも関わらず、的に向かって一直線に飛んで行った。
「え?」
今、詠唱してなかったのに、魔法が出た。これって、無詠唱魔法じゃないか。まさか、これが俺の隠されたチート能力なのか!?
余りの嬉しさと興奮に、隣で真面目に詠唱の練習をしていたヒカリに声をかけた。
「なあ、見たかヒカリ!俺、無詠唱で魔法を唱えられたぞ!」
ユウはウキウキした表情で語りかけた。
「あのね、ユウ。魔法は詠唱を唱えるのがルールなの。詠唱を飛ばしたら、魔力の制御ができないでしょ?」ヒカリは呆れていた。
「じゃあ見てろ。ほら!」
今度は真剣に、無詠唱で風魔法を使おうと意識を集中する。魔力を練り上げ、集中、集中……。
しかし、何も起こらない。
「あれ?さっきはできたのに……なんでだ?」
ヒカリは額に手を当てる。
「まさか、立ちながら寝てたとかないよね?ユウがよくやるやつ」
俺は寝ていたのか。立って眠っていたのか。本当にそんなわけないだろ!俺は勇者。無詠唱ってチート技持っていたっていいじゃないか。
(くそっ、なんで俺は、肝心な時にチート能力すら発動できないんだ!)
「そこ無駄話をしない!」教授が2人を注意する。
2人は注意を受けると、静かに元の場所に戻る。
こうして魔法の授業が終わった。
次は魔法基礎学の授業だ。
俺、この授業嫌いなんだよな。堅苦しい話で面白くない。
「え~。詠唱を唱えるこの行為を行うことで、魔法を生成し、魔力を流すことが出来ます。詠唱はそのための鍵となる行為で必ず必要です。」教授が魔法の原理を説明する。
俺はそれが本当なら無詠唱魔法なんて存在するわけがないと、さっきの出来事が本当に気のせいだったのかという疑念を振り払えないでいた。
突然、教室のドアが勢いよく開き、一人の女性が立ち上がり、大きな声が聞こえた。
「異議ありなのだ!魔法は詠唱がなくても唱えることができるのだ!」
なんだ、あの人。黒髪ロングでかわいらしい顔をした女性だが、その言葉には確固たる自信が満ちていた。
「あなたはウィッチ!なんでこんなところにいるんですか。あなたは講義棟出禁です!ここは講義の場所だ!早く教室から出ていきなさい!」教授は感情的に怒鳴った。
ウィッチという女性は、にやりと笑って教室から出ていった。
俺は、無詠唱魔法のヒントがここにあると思って、衝動的に彼女を追いかけていた。
「ちょっと待って、ユウ!」ヒカリが慌ててユウを追いかけてくる。
ウィッチの後ろ姿を確認すると、ユウは走って近づき、声をかけた。
「すみません!待ってください!」ユウは思わず食い下がった。
ウィッチは立ち止まり、俺たちを振り返った。
「どうしたのだ。お前たちは噂の勇者だな?」
勇者の噂は、この魔術都市の学園をすでに回っていたらしい。
「そうです!俺はユウ。こっちがヒカリ。勇者として召喚されました。あの……無詠唱魔法が使えるんですか?」ユウは確信に迫った。
「出来るのだ」ウィッチはあっさり、誇らしげに答えた。
そうか。やっぱり出来るのか。
(でも何で俺は一回しかできないんだ?ウィッチさんはいつも使えるのか?)
「あの、私たちに……見せてもらえませんか?」ヒカリが好奇心に満ちた瞳で尋ねた。錬金術を研究する彼女にとって、既存のルールを破る事象は最高の研究テーマなのだろう。
「いいのだ!特別に見せてやるのだ!」
ウィッチは、どこからともなく大杖を取り出すと、杖の先端に黄と赤の魔力が同時に集まり始めた。
その瞬間、雷と炎の混合魔法が、庭の観賞用の石像を容赦なく打ち抜いた。石像は爆発し、破片が飛び散る。
すごい。言葉が出ない。魔法を混ぜる?そんなことできるのか。授業では「1つの詠唱で1つの魔法しか使えない」と習ったばかりなのに。
「誰ですか!また像を壊したのは!……あなたはウィッチ!あなた、講義する場所への立ち入りを禁止しているでしょう!待ちなさい!今日という日はお説教です!」
教授は顔を真っ赤にして、急いでこちらへ走って来る。
「まずいのだ。逃げるのだ!」
ウィッチは嵐のように、石像の破片を背に、校舎の裏へと去っていった。
ユウは打ち抜かれた石像の跡を呆然と見つめた。
無詠唱魔法、本当に存在するんだ。そして、魔法を混ぜるなんて芸当まで。
これをものにすれば……俺だって、戦闘でヒカリの隣に並べるかもしれない。
(そうだ。俺のチート能力は無詠唱だ!これさえあれば「魅了」なんてどうでもいい!)
ユウの異世界学園生活は、期待と裏切り、そして不本意なチート能力の謎、そしてウィッチという破天荒な師匠候補の登場に包まれて始まった。
読んで頂きありがとうございます。
本編でも登場していたウィッチの登場です。
これからの物語の基盤になっていきます。




