最終話 祝福と災いの勇者
ユウとの戦いを終え、ウィッチに連れられてディスカラーの酒場へと戻ったヒカリは、深い放心状態の中にいた。
戦場はアレスが引き受け、他の冒険者たちと協力して誘拐された人々の解放に尽力してくれているという。
身体の傷はウィッチの魔法ですぐに癒えた。だが、心の傷は塞がるどころか、血を流し続けていた。
「私のせいで……ユウが死んじゃった。私が、殺したんだ……」
膝を抱え、壊れた人形のように同じ言葉を繰り返すヒカリ。その精神は、崩壊の淵に立っていた。
「うるせえな。お前がやったんだ。今さらガタガタ抜かしてんじゃねえ」
静寂を切り裂いたのは、クロの容赦ない言葉だった。
「マスター!そんな言い方ないのだ。悲しんでいる女の子に、もっと優しくできないのか?」
「知るか。自分でケリをつけておいて、後悔してますなんて筋が通らねえだろうが。勇者が魔王を倒して、誰が文句を言うんだよ」
「言い方があるのだ!デリカシーがないのだ!」
「……やめんか、二人とも」
ロウの静かな声が二人を制した。ロウは温かいミルクをヒカリの前に置くと、彼女がそれを一口啜り、わずかに落ち着くのを待って問いかけた。
「お前さんは、これからどうしたいんじゃ?」
ヒカリは混濁した意識の中で、遠い記憶を手繰り寄せた。
「……帰りたい。元の世界に……日本に、帰りたい……」
絞り出すような声と共に、涙が溢れ出した。
クロは「ちっ、しょうがねえな」と吐き捨てると、奥の部屋へ閉じこもってしまった。
「ウィッチ、お前さんの魔法でなんとかならんのか?」
「無理なのだ。元の座標がわからないと、また別の知らない世界に飛ばすことになってしまうのだ……」
二人が顔を見合わせたその時、部屋から戻ってきたクロが、ヒカリの腕を強引に掴み上げた。
「な、何をするんですか……っ」
「黙ってついてこい。ちょっと借りていくぞ」
クロが酒場の裏口を開けると、そこは魔法学園のある街ではなく、見知らぬ城下町に繋がっていた。驚くヒカリを連れ、彼は路地裏の怪しげな店へと足を踏み入れる。その地下室には、肌を刺すような殺気を放つ者たちがたむろしていた。
「おい、コイコイババアはいるか?」
クロが周囲を威圧するように言い放つ。奥に座っていた老婆が、枯れ木のような手でヒカリを手招きした。
「こいつを元の世界に戻したい。対価は何だ?」
「あの……私、日本に帰りたくて……」
老婆はヒカリの手を握り、慈しむような、それでいて冷徹な声で語りかけた。
「……そうかい。無理に連れて来られたんだねぇ。いいだろう。元の世界へ帰る『転移のレシピ』をあげよう。その代わり、お前さんの『勇者としての記憶』……この世界でのすべてを貰い受けるよ。いいかい?」
ヒカリは一瞬、躊躇した。ロウの優しさ、アレスの正義、ウィッチの明るさ、クロの不器用な優しさ。
けれど、もう耐えられなかった。
「……はい。お願いします」
ヒカリの手の中に、一枚の紙が現れた。
日本語で書かれた、錬金術の最終奥義。
「これを作れば、帰れるんですね?」
「帰れるかどうかはお前さん次第。……さあ、対価はいただくよ」
店を出たヒカリは、クロの背中を見つめた。
(そういえばアレスさんが言ってたっけ。お節介なところがあるって……。なんだ、ただのツンデレじゃない)
不機嫌そうに歩くクロの姿が、今だけは少しだけ可笑しくて、ヒカリは小さくくすりと笑った。
酒場に戻ったヒカリは、ウィッチと共に最後の調合に取り掛かった。
レシピを読めるのはヒカリだけだった。
「必要なのは希少鉱石と、龍の血、そしてこの紋章……。でも、龍の血なんてどこに……」
「裏にドラゴンの死体なら転がってる。それでいいなら勝手に持っていけ」
クロがあっさりと言った。
「えっ……? なんで裏にドラゴンが?」
「俺の嫁がこの間、仕留めてきたんだよ」
(……この店の人たちは、最後まで次元が違いすぎる)
ヒカリは錬金術の部屋に籠もり、最後の作業を終えた。
龍の血で魔法陣を描き、生成した鉱石を中央に置く。あとは、全魔力を流すだけ。
「ウィッチさん。……色々とお世話になりました」
「うちも楽しかったのだ。……お大事に、なのだ!」
光が溢れ、視界が白に染まっていく。
同時に、ウィッチは首を傾げた。
「あれ?……うち、なんでこんなところに立ってるのだ?早く店に戻らないとマスターに怒られるのだ」
こうして、世界から「ヒカリ」と「ユウ」の記憶は消えた。
残されたのは、世界を発展させた数々の発明。そして、かつて事件を起こし姿を消した「名もなき勇者」の不名誉な記録だけ。
誰一人として、彼らの本当の名前を覚えている者は存在しなかった。
光の濁流の中で、ヒカリはユウの姿を見た。
それが本物ではない、思念の残滓であることは直感で分かった。
「ユウ……。私、あなたが好きだった。……遅いよね、こんなこと言っても」
泣きじゃくるヒカリを、ユウは何も言わず、ただ優しく抱きしめてくれた。
気がつくと、ヒカリは自宅の前に立っていた。
見慣れたアスファルト、電柱、湿った空気。
「戻って……きたんだ」
ヒカリはそのまま、ユウの家へと走り出した。
なりふり構わずインターホンを押すと、出てきたのは赤ん坊を抱いたユウの母親だった。
「ヒカリちゃん!?どうしたのその格好……!一年も行方不明で、みんな心配していたのよ!」
「……ユウは、ユウはどこですか!?」
「え?……ユウなら、この子だけど。どうして名前を知ってるの?あなたがいない間に生まれた子だから、まだ教えていないはずなのに……」
「え……?」
ヒカリが視線を落とすと、赤ん坊が小さな手を伸ばしていた。
その無垢な瞳を見た瞬間、あの異世界で刃を交えたユウは、もうどこにもいないのだという現実が、激痛となって胸を貫いた。
「……ごめん。ユウ。ごめんね……」
ヒカリは泣きながら、その小さな、温かい手を握りしめた。
それは祝福でもあり、消えない罪の証でもある、新しい命の手だった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
ユウが最後いないエンドかいるエンドかで悩みましたが、
ユウは転生して生きていたエンドにしました。
賛否別れる最後ですが、個人的には今後のキャラの幸せがあるかなと思いました。
また、キャンパス本編も読んで頂ければ嬉しいです。




