第12話 絶望と希望の勇者
連日の研究開発による疲労で、ヒカリが深い眠りに落ちようとしたその時だった。凄まじい爆音が部屋を震わせた。
跳ね起きたヒカリが狼狽しながら廊下へ飛び出すと、そこはパニックに陥った生徒たちで溢れかえっていた。
何が起きたのか確かめるべく中庭へと急ぐ。激しい雨が打ちつける中、傘もささずに立ち尽くす人だかりの周囲には、場違いなほど強烈な焦げ臭さが漂っていた。そこにウィッチの姿を見つけ、ヒカリは縋るように声をかけた。
「ウィッチさん! 一体何があったんですか、これ……」
ウィッチは絶望に染まった表情で、絞り出すように答えた。
「フィオナが……殺されたのだ……」
ヒカリは言葉を失った。この世界に迷い込んだ自分を真っ先に受け入れ、親身に面倒を見てくれたフィオナ。自分にとっては、この世界の母とも呼べるかけがえのない存在だった。
「嘘だ……」
意識が遠のく中、ヒカリは人だかりを割ってフィオナのもとへ駆け寄ろうとした。だが、ウィッチがそれを力ずくで引き止める。
「ヒカリ、見ちゃダメなのだ! ……もう、原型がないのだ」
「なんで……誰がこんな……犯人は、犯人は誰なんですか!」
叫ぶヒカリに対し、ウィッチは長い沈黙のあと、ぽつりと呟いた。
「ユウ……なのだ……」
その名を耳にした瞬間、ヒカリの膝から力が抜けた。
どうしてユウが。あんなに一緒にフィオナにお世話になったのに。嘘だと言ってほしい。
その後、ウィッチによって自室へ運ばれたヒカリだったが、どうしても疑念を拭いきれずにいた。
「ユウがやったなんて……証拠はあるんですか!」
ヒカリは、付き添っていたウィッチに詰め寄った。
「目撃者がいるのだ……。何人もの生徒が窓から見ていたのだ。それに……」
ウィッチは震える声で続けた。
「フィオナの遺体の傍らの壁に、ユウの筆跡で書き残されていたのだ。まだ温かい血を使って、『この世界の魔王になる』と……」
「嘘です。ユウは……ユウはそんなことするような人じゃない!」
「すまないのだ、ヒカリ。うちはこれからディスカラーに戻る。ユウが学生を数百人も連れ去ったのだ。すぐに捜索依頼を出す……。……ごめんなのだ。おそらくユウは指名手配され、見つけ次第、殺されることになるのだ」
ヒカリは何も言い返せなかった。どうしてこうなった。何かできなかったのか。今からでも話せば、何かの間違いだと言ってくれないか。思考が濁流のように渦巻いていた。
それから一週間。ヒカリは何も手につかず、ただ部屋に籠り続けていた。
ようやく外へ出ると、学園の空気は一変していた。廊下ですれ違う生徒はまばらで、かつての活気は微塵もない。
中庭へ向かうと、フィオナが命を落とした場所には、雨に打たれた大量の花束が供えられていた。その横には真新しい掲示板が立ち、膨大な「行方不明者リスト」が張り出されている。
(本当に、ユウがやったんだ……)
リストの筆頭にある幼馴染の名を見て、ヒカリは絶望的な現実を突きつけられた。私が助けないと。そう思う心とは裏腹に、自分一人ではどうすることもできない無力さが、冷たく胸に突き刺さった。
ヒカリは、漠然とした希望を抱いて歩き出した。ウィッチに会えば、何か解決の糸口が見つかるかもしれない。
重い足を引きずりながら、彼女の拠点である「ディスカラー」に向かう。
(マスターのクロさんなら、なんとかしてくれるかも。あの人、すごく強いって言っていたし、ユウを助けてくれるかもしれない……)
そう考えると、自然と足が速まった。
扉を開けると、店内の空気は以前よりも殺伐として見えた。
溢れかえった冒険者たちは皆、険しい顔で密談を交わしている。ヒカリはクロの姿を探し、カウンターの奥に彼を見つけた。
その隣には見知らぬ男女が座って話していたが、今のヒカリには関係なかった。ユウを助けてもらわなければならない。
ヒカリはクロに歩み寄り、声を絞り出した。
「あの……っ、ユウを助けたいんです。力を貸してください!」
ヒカリは深く頭を下げ、必死に懇願した。
その瞬間、店内の空気が一瞬にして凍りついた。周囲の冒険者たちの鋭い視線が、一斉にヒカリを突き刺す。
クロはゆっくりと立ち上がり、ヒカリを正面から見据えて言い放った。
「嫌だね」
ヒカリはどん底に突き落とされた気分だった。藁にも縋る気持ちで辿り着いた、最後の頼みの綱。
「お願いします……! 私の大切な人なんです。助けてください……っ」
ヒカリはクロの足にしがみつき、泣きながら訴えた。
だが、クロは容赦なくその腕を足で振りほどいた。その勢いで、ヒカリの体は壁へと激突した。
「あのさあ。ユウってのは数千人近くを誘拐している大犯罪者だ。なんで俺がそんな奴に手を貸さなきゃいけねえんだよ。お前、あいつを殺す覚悟はあんのか?」
クロは逃げ場を塞ぐように、容赦なく詰め寄った。
ヒカリは言葉を失った。自分の考えはあまりにも甘かった。救えるなんて、ただの甘えだったのか。会ってどうすればいいのか、頭の中がさらに混乱していく。
「何も言い返せねえのか」
クロが苛立ち、殴りかかろうとしたその時。
カウンターに座っていた男が、クロの腕を掴んで制止した。
「クロ。そこまでにしてあげなよ」
騎士風の格好をした男が、ヒカリに穏やかに手を差し出した。
「クロの無礼を謝るよ。……僕みたいな力不足でもいいなら、話を聞くよ」
「あなたは……?」
ヒカリが見知らぬ金髪の男に尋ねると、彼は微笑んだ。
「僕はアレス。君の力になりたい。――文句ないだろ、クロ?」
クロは「ちっ、もう知らねえよ」と吐き捨てるように席に座り、飲み物を一気に飲み干した。
「アレスって……あの英雄アレスさんですか?」
「そうだね。周りの人はそう呼んでいるよ」
ヒカリは、微かな安堵に包まれた。もしかしたら、本当になんとかなるのかもしれない。
その時、扉が開いて買い物から帰ったウィッチが姿を現した。彼女はヒカリの姿を見るなり、慌てて駆け寄った。
「どうしたのだ、ヒカリ!」
「ウィッチさん……私、ユウを救いたいんです」
ヒカリの真っ直ぐな瞳を見て、ウィッチの心も動いた。
「わかったのだ! うちも力になるのだ。なんでも任せるのだ!」
「アレスさん、ウィッチさん。……私に、力を貸してください」
ヒカリは二人に改めて深く頭を下げた。
「任せるのだ。そうと決まれば作戦会議なのだ! ヒカリの部屋に行くのだ!」
ウィッチは、沈んでいた空気を吹き飛ばすようなテンションで荷物をクロに押し付けると、店を飛び出していった。
アレスは、カウンターに残った女性――ツムギに申し訳なさそうに声をかけた。
「ごめん、ツムギ。勝手なことして。帰りはクロに送ってもらってくれ」
ツムギは優しく自分のお腹をさすりながら、穏やかに微笑んだ。
「いいのよ。英雄は人を救わなきゃ、でしょ? この子なら心配いらないから、いってらっしゃい」
クロもまた、無言のまま片手でヒラヒラと彼らを見送った。




