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ポンダ  作者: 後藤章倫
7/7

⑦ビー玉

 いきなり無職になってしまったけど、ルーティンをようやく思い出して、俺は一週間ぶりにヤグチへ来ていた。

  いつもは混んでいない時間の筈なのに、今日は客がゴタゴタしていて、マスターと奥さんがワナワナと大変そうだった。ディープな東京を特集した雑誌にヤグチが掲載されたらしくて、マスターの目が三角になっていた。店内を見渡しても、厨房の中にも北村の姿は無かった。

「今日、北村は休みっすか?」

俺の問いかけに奥さんの表情が強張った。

「辞めたのよ」

「え?」

「一昨日、急に、やりたいことが出来たからって」

やりたいことって、バンドでもはじめたのか?だからといってヤグチを辞める必要もない筈。プロになったわけでもないやろし。

 俺は何か変な予感がして、ヤグチを出たあとに北村のアパートへ行ってみた。入り口をノックしても何の反応も無い。ちょっと雰囲気が変な気がしたけど、ドアノブを回すとあっさり中へ入れた。そこは、物が何も無い空間となっていた。間違って隣の部屋に入ってしまったかと一旦外に出てみたけど、北村が居た部屋で間違いなかった。北村に紹介され、俺の部屋を仲介してくれた、あのゆるい不動産屋へ行くと、昨日鍵を返しに来たのだと教えてくれた。


 北村が消えた。俺が大和へ行ってから今日までの一週間ほど、そう言えば北村と会っていなかった。それまで、ほぼ毎日ヤグチでご飯を食べていたし、ヤグチへ行けば北村は居た。それが、この一週間は、店の事や、シンゴやコウノさん、ジュンさんの事で頭がいっぱいで、一日の殆んどを自分の部屋の中で過ごしていた。たまに、全く関係の無いYの事まで思い出してしまう始末だった。

  携帯電話が震えて、着信を知らせた。画面に表示されていた文字は実家だった。

「元気にしとるね?」

「うん、元気ばい」

母ちゃんからだった。いつものそういうやり取りがあってから、変な展開と成った。

「隣の婆ちゃんの事、覚えとるやろ」

「覚えとるよ。どがんかしたと?」

「あんたが小学生やったかいな?餅は喉に詰まらせて亡くなりやったたい。それからたまには息子さんとか娘さんが来よりやったけど、もう空き家になっとったんよ」

「うん」

本当はポンダがビームサーベルで突いたんやけどね。

「この前、河野っちゅう人が来て、隣の家を解体する事になったって挨拶に来らしたとよ」

「え、コウノ?」

「なんかね、あんたの事を知っとるみたいで、世話になったとかで、宜しくって言うとらしたけど、知り合いね?」

河野ってコウノさんの事だろうか、もしコウノさんが鬼束梵次なら、あの頃にシンゴの家で何度か見たことがある。じゃ、初めから俺と分かっていて取り込んだのか?それにしてもコウノさんとババァは関係ない筈、何の権利があって家を解体するのだろう。

「いや、俺の方がちょっと世話になったんよ」

そう言ったあとで、挨拶に来た河野って人の背格好や特徴を聞いてみたけど、コウノさんと一致していた。

「ああ、そうそう、その河野さんと一緒に、本多サイクルの、ええと名前はなんやったかい?あんたの一級下やった子も来たとよ」

「ポンダね?」

「そうそう、そう呼びよったね」

なんで、ポンダがコウノさんと一緒に居るのかさっぱり分からなかった。

 北村から連絡が来たのは、母ちゃんの電話から四日後だった。

「ボンキチ君、元気かい?」

「北村、お前、何やってんの?大丈夫なの?」

「いやぁ、お前に何も言わずに高円寺出たから、一応な連絡したわけよ。ああ着いた着いた。じゃまた」

「ちょい、北村」

呼び止めたけど、もう電話は切れていた。


  Kコーポレーションを知っているかと、シンゴから連絡があった。何となく聞いた事のある社名だったけど、詳しくは知らなかった。シンゴが言うには、手広く不動産関係をやっている会社で、テレビCMも流れているとのこと。

「河野伸二が死んだぞ」唐突にシンゴが言った。

「河野伸二って誰や?」と返したところで、嫌な空気を吸い込んだような気がした。

「お前が言うとったコウノさんって人は、鬼束梵次じゃない。コウノっちゅう人は河野伸二や」

「待て待てシンゴ、なんでコウノさんが死んだって分かるとか?」

「さっきニュースでやっとった。芦北の漁港で亡くなっていたって。Kコーポレーションの社長、河野伸二さん五十六歳って、顔写真も出てて、流石に鬼束梵次に似とるけど、あれは弟。俺、一回だけ見たことあるわ」

 コウノさんが死んだ。噓やろ?不動産会社をやっとったって事か?

 Kコーポレーションの事を調べ始めると、悪い噂がどんどんと出てくる。強引なやり口で土地を取得しているらしく、敵も多いとのこと。上手くいってない現場には、社長自ら乗り込んで話を決めると、あくまでも噂の範疇らしいけど。コウノさんと一緒に暮らしていた頃、そう言えばあまりアパートへ帰って来なかった印象がある。Kコーポレーションの社長がコウノさんだったとして、でもコウノさんはジュンさんを食いものにするような事はやっていなかった。世間がKコーポレーションに抱くイメージを、俺はコウノさんから感じた事は無かった。


 翌日のニュースには、すっかり大人になったポンダの笑顔があった。Kコーポレーション社長、河野伸二さん殺害容疑で逮捕されたのは、Kコーポレーション社員の本多忠典容疑者(二十二歳)とアナウンサーが淡々と述べていた。字幕スーパーの向こうでポンダは、モザイクがかけられている両手の手錠を頭の上まで掲げて、Vサインを出している。その映像は、ワイドショーなんかでも使われて、コメンテーターが非常識だと顔をしかめていた。手や足に複数の切り傷があったものの、死因は喉を棒のようなもので突かれたことによる窒息死だということだ。只、その映像の中のポンダは笑顔だった。小学生の頃の、あの人気者だった時の、誰からも好かれていたポンダの笑顔が其処にはあった。何かから解き放たれたような、そんなポンダの笑顔だった。


 連絡しなきゃと携帯電話を手に取ると、ほぼ同時にシンゴからの着信があった。

「現実感が持てなかったとよ。本当はまだ何処に居って、まだ同じ様な事をやりよるかもって」

「シンゴ、何の話や?ポンダの事じゃないとか?」

「鬼束梵次はな、もうとっくに死んどる」

「なんて?」

「遺体に対面したわけでもないし、葬式なんかがあったのかどうかも知らん。ただ、知らせが来ただけで。それは俺の苗字が鬼束やからで。あの男の事やから、死んだと思わせて、実はまた要らん事を虎視眈々と練っとるかもって、そんな考えが頭から消えんかった。お前と久しぶりに再会した苦虫のライブ、あのあとお前と行った居酒屋で、お前の中から鬼束梵次の亡霊が頭もたげて笑い出した。なんや、やっぱりかと」

シンゴは、義理の父親となった鬼束梵次に相当ヤラレていたみたいで、トラウマとなっていた。

「コウノさんて、鬼束梵次の弟って言うたやん?なんで名前が鬼束やないの?」

「あの人はKコーポレーションに婿に入ったけん河野や」

色々と合点がいったけど、ポンダがコウノさんを殺害した事だけが謎だった。多分ポンダが使った凶器は刃物と、そしてビームサーベルに間違いない。Kコーポレーションがババァの土地を取得する為に、コウノさんは熊本へ行ったのか。地元だからとポンダも同行。そこまでは良いとして、ポンダはなんで。


 そろそろ仕事を探そうかと思っていたところに、北村がひょっこりと現れた。

「よう、ボンキチ君、元気かね」

そう言うと北村はポケットからビー玉を四個取り出して畳の上に置いた。

「ナニコレ?」

「うちの親父の実家の事をちょっと思い出して。そういやあの時、何か埋めたよなぁ?何だったっけ?宝物的な?そう思ったら、居ても立ってもってなって、それで行ってきた」

北村は飄々とそう言った。

「その宝物がこれ。目的はこうして果たしたわけだし、でもホレ、俺、住むとの無いじゃん?アリ?前にこういうシチュエーションあったよな?」

「はい?」

「誰かさんがねぇ、急に訪ねて来てねぇ、暫く泊めて貰ってたよね?」

「はいはいはい、わかりましたよ。ちゅうか、何で親父さんの実家に行くのにアパート解約したり、ヤグチ辞めたりしたのよ?」

「そこはホレ、何があるか分からないから、そこはスパっと、それがパンク道じゃんよ」


 本多忠典は河野社長と懐かしいところに立ち、そこを見渡していた。社長の頭の中では金になる数字が計算されているようだったけど、ポンダにはそんな事どうでも良く、視線はあそこに注がれていた。勿論、ババァを突き刺したあの辺りだ。

「実は、俺の兄貴の事でこの辺を知っとってな。当時、ここに住んでた婆さんが餅を喉に詰まらせて亡くなった。そがん曰く付きの土地を、うちが買い上げる事になるとはな」

ポンダの顔が少し歪む。

「やけどな、本当は餅やないらしか。本当はな、小学生に棒で突き刺されたらしかて兄貴が言うとったわ。本多、お前もこの辺の出身やろが?知っとるか?」

この場所で、あの出来事を、また掘り返されている。一体いつまでコレの繰り返しなんだ?

「いいえ」と言ったものの、ポンダの心は決まった。


 ポンダも高校三年生となり、流石にこのままではいけないという事くらい分かっていた。それまでだって何度もそう思ったけど、あの体験は強烈に心を変なところに連れて行った。一旦こうなってしまうと、どのタイミングで元へ戻れば良いのか分からない。進級する度に試みたけど、なかなか上手くいかなかった。

 就職時期の前には何とか正常に近いところまで自分をもっていく事ができ、不動産関係の会社へ就職が決まった。少しずつ仕事にも慣れてきて、ようやく明るい表情を作れるようになっていた。会社の事も段々と見えて来ていた。先代の社長から今の社長へと代が変わったのは、そんな時だった。婿さんだということは入社当時から聞いていたけど、その専務は何かにつけて力まかせだった。その専務が社長へ就任し、前にも増して傲慢さが気になり始めた。この会社、Kコーポレーションの噂はあんまり良いものではなかった。折角取り戻した自分というものが否定されている。そんな考えが広がっていき、それからは自問自答の日々が続き、退職をも考えるようになった。そんななか決まった熊本行きだった。


 あれから四ヶ月が過ぎ、北村も新たに自分の部屋を借りて、俺のアパートから出て行った。コウノさんは死んでしまって、ジュンさんの事はどうなったのか分からない。ポンダの裁判は、まだ継続中だ。

俺は今、ヤグチで働いている。あんな事をきっかけにしてだったけど、またシンゴとつるむようになった。

「シンゴ、そう言えばな、俺の友達に北村って奴がおって、あ、そうそう苦虫のライブの時のあいつ。そいつがちょっと前に訳わからん事ばして。ただ親父さんの実家に行って宝物だかを取りに行くだけなのに、仕事辞めたり、アパート解約したりして」

ここまで他愛もない事を電話口でシンゴと話していたのに、北村の話を始めると、直後に、自分でも分からない何かがゆっくりと迫ってきていた。

「その北村が、婆ちゃんとの思い出って言うてビー玉ば持って帰ってきて」

俺は、変な汗が出てきている。

「それは、小さい頃に宝箱に入れて、婆ちゃんと一緒に埋めたやつで」

あれ?

「北村が、小さい頃、婆ちゃんと一緒に、ビー玉を宝箱に入れて、埋めた」

あれ?

「シンゴ、あのババァ、鎌ば持って追いかけて来ていたあの、裏に居ったあのババァ。あのババァって、たしか北村やったよな?」

あれ?

「シンゴ、ババァが畑に人を入れたくなかったのは」


俺はシンゴへ話ながら、確信に触れたみたいだった。



                  〈了〉


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