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ポンダ  作者: 後藤章倫
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⑤ 苦虫のハラワタ

 それから俺は鬼束梵次と名乗り、店で働いた。

「ボンちゃん、こっち生ふたつ」

常連のお客さんにも名前を覚えてもらい始めていた。北村が一人で飲みに来たのは、そんな頃だった。

「はいよ、中生おまちどう」

俺がビールを差し出すと、北村が唐突に言った。

「来週の土曜、ライブに行かね?」

埼玉育ちの北村のイントネーションは、こっちのそれだ。地方出身の俺には、そういう事が敏感に分かる。土曜日は当たり前だけど、平日よりも店は混む。

「何のライブ?」

何気なしに聞き返すと、それはちょっとした事件のように感じた。

「苦虫やるんだよ。ノックアウトで」

「え?」


 苦虫のハラワタというバンドを俺は知っていた。知っていたどころではなく、俺の中では別格だった。

 今から十年程前、中学生になったばかりの俺は背伸びばかりしていた。読みもしないのに小説の単行本を買い、それを持ち歩いた。書店がやってくれるブックカバーのかかった単行本がイケていると思って疑わなかった。同級生たちが週間の漫画雑誌に夢中になっている横で、これ見よがしに単行本を開いていた。漫画なんかでワイワイして餓鬼やのう、と言わんばかりに。そんな調子だったから、音楽も訳も分からず洋楽を聞き漁った。チャラチャラしたものからどんどんとコアな世界へ。ハードロックからヘヴィメタルへ、そしてパンクの存在を知った時は、世紀の大発見だった。そうやって次々と自分の世界を広げ、構築している時期に、偶々点いていた居間のテレビではワイドショーをやっていた。政治家のスキャンダルや猟奇的な殺人事件、芸能人の熱愛報道ではなく、ライブハウス内が混沌としている映像が映っていて、〈パンクバンド苦虫のハラワタ暴走!〉というテロップと共に、現場に居る若い女性リポーターが悲鳴を上げていた。普段はワイドショーなんか見向きもしない俺は、テレビの画面にがぶりついた。なんでパンクバンドのライブ会場にテレビの取材が入っているのか、この時は理解出来なかった。カメラがステージ上を映すと、金髪をツインテールにしたヴォーカルらしい可愛い女の子がカメラ目線でウィンクをした。そこで映像が途絶えた。テレビスタジオにいるコメンテーター達も呆然といていて、司会の男性アナウンサーが、なし崩し的に一旦コマーシャルへと促した。

 そこから俺は、そのバンドについて調べ始めた。テレビの、それも全国ネットのワイドショーに何故あのバンドが取り上げられていたのか、いやそんな事よりも、俺は既に苦虫のハラワタに夢中になっていた。驚いた事にバンドは結成して一年も経っていないという事、ヴォーカルのカスミは十七歳、ギターのオサムもベースのケンジも十代後半、ドラムのサンヘッドに関しては、暴走族山頭火の元総長、三回目の下北沢ウーバーでのライブは、乱闘騒ぎとなり警察や消防を巻き込む事態となった事、なによりも四人が出す音、苦虫のハラワタの曲が魅力的だった。ちゃんとした音源なんか無くて、どこかのライブをウォークマンで録ったやつをダヴィングした海賊テープを苦労して手に入れて聞きまくった。アイドルとは違うのだけど、小悪魔的なカスミは相当注目されていて、最早バンドのファンとかではない、ヲタク達やカメラ小僧なんかも食い付いてきていた。ケンジの暴力的な危ないベース、オサムのパンキッシュなんだけどポップなメロディのギター、そこにカリスマ総長サンヘッドのドラムが絡む。ルックス、危険な匂い、話題性、いつ暴発してもおかしくないライブパフォーマンス、マスコミが放っておく訳がない。ところが、そのワイドショーで見たライブを最後に苦虫のハラワタは活動を止めてしまう。そのライブがバンドにとって四回目のライブだったらしい。


 「マジで?」

「ノックアウトのYoutube見てみろよ」

北村はそう言って自分の携帯電話を取り出して、その動画を見せてくれた。仕事中にも拘わらず、俺は北村の携帯電話に釘付けとなった。苦虫のハラワタのノックアウトでのライブシーンが、スローモーションな動画でコラージュされている。流れている曲は、ハラワタカッサバキというタイトルの曲で、デスメタル風リフから始まり、それが一旦止まったところに間髪入れずにベースだけの挑発的なパートが五秒ほどあり、すかさず被り気味にカスミが絶叫して、このパンクな曲へと雪崩れ込む。曲の終りはカスミの顔がズームアップされ、キャミソールを纏った金髪のツインテールのカスミが鋭い目で投げキッスをして暗転。そこにショッキングピンクの血文字が現れ、日時と場所が示され、それが崩れ落ちて動画は終わった。

 俺は暫く動けなかった。北村に肩を揺すられ、厨房から呼ばれていると言われても、まだフワフワしていた。

「ボンジィィ」

ジュンさんが放った変なイントネーションの、一際大きな声で、ようやく厨房へと向かった。そっかそっかそっかそっか、やるのかやるのか、そっかそっか、厨房でジュンさんが俺に文句を言っていたみたいだけど、全く耳には入ってこなかった。その夜は終始浮かれて仕事をした。最後の客を見送り、後片付けのあと、俺は店の床に土下座した。

「すんません。本当に申し訳ないのやけど、来週の土曜日休ませてください」


  新宿へは早く着いた。部屋に居ても気が流行るばかりで落ち着かないし、急に何か大変な事が起きてライブへ行けなくなる可能性も拭いきれない。高円寺から新宿まで、ほんの十数分で行けるのに、俺は開演時間の何時間も前に新宿へと向かった。ライブ前、特に行くところも無いし、南口を左へ出て、何となくノックアウトの方へ足が向いた。チェーン店の牛丼屋に差し掛かった時に、店の自動ドアがタイミングよく開いて、一組の親子が出てきた。俺の頭と心臓は事態を上手く掴めなかった。俺の足は止まり、その若いお母さんに釘付けとなった。嘘やろ、嘘やろ、嘘やろ、嘘やろ、と繰り返す。その人は、あれから十年後のカミヤマカスミだった。

「カミヤマカスミ」

つい、声が出てしまって、その人が振り返ったけど、直ぐに前をいく子供へ駆け寄って行った。俺は、そのまま、親子の背中を目で追うのが精一杯だった。

 あのワイドショーの映像は幾度となく見た。それを録画したVHSのテープを手に入れるのには苦労した。音楽雑誌の巻末に載っている、売ります買いますコーナー、お手紙ください文通希望コーナー、ミニコミサークルコーナーなんかを捜しまくり、やっとのことで入手する事が出来たビデオテープだった。ほんの数分の、あのライブのところを繰り返し見た。頭の中にハッキリと刻み込まれた、あのハチャメチャなライブを繰り広げていたバンドのヴォーカルが目の前に居たのだ。

「ボンジ」

駅の方から自分を呼ぶ声がして振り返ると、それは北村だった。

「もうアレな、すっかり鬼束梵次が板についてきたな」

からかっているような、ちょっと嫌味にも聞こえるような、そんな北村の言いぐさを、俺はシカトして歩き出した。

「ボンちゃん待てって、ライブまでまだ早いし、ちょっと一杯いこ」

お通しの塩じょっぱい新香をつまみながら、生ビールで流し込む北村は楽しそうだ。

「やっと見られるな、苦虫」

それは俺も同じ思いだ。さっき、名前の事を弄られて少しムカついていたけど、これから行くライブの事を考えると、そんな事はどうでもよくなった。

  店で北村からライブの事を聞かされた時は本当に驚いた。パンクが好きだと言っても様々で、俺と北村が互いに好んで聞くバンドは殆んど被らなかった。そんな中、苦虫のハラワタだけは二人の共通項だった。ちゃんとした音源も出ていないし、北村だって当時中学生になったばかりだっただろうし、いくら埼玉で暮らしていたとはいえ、苦虫のハラワタのライブを体験したわけでもない。矢張り、俺が見たワイドショーから興味を持って自分なりに調べていたみたいで、九州でそんな事をやっていた俺とは違い、海賊盤のカセットテープも数種類持っていたし、CDやミニコミ誌なんかも見せてくれた。当然、俺が擦りきれる程見ていたVHSも持っていた。

「そんなら、そろそろ」

ジョッキに残ったビールを二人とも飲み干して席を立った。

 ノックアウト前の歩道は、人が歩くのに邪魔な程の客でいっぱいになっていた。最後のライブから十年が経っているにも拘わらず、こんなにも人気があるものかと、それを実感した。それにしても色々な客層がいる事にも驚いた。開場の時間が来てノックアウトの中へ入ると、ハコの中は混沌としていた。所謂ところのパンクスが居て、あきらかにアイドルヲタクみたいなのが居たり、マスコミ関係者なのか立派なカメラを携えた数名、そこに女子高生も居て、暴走族風の奴らや、狭いライブハウスの中で三脚を立てようとして、スタッフから注意を受けるカメラ小僧のような人種。十年前に見たワイドショーの画面が目の前に繰り広げられていた。


 フランクシナトラのマイウェイがどんどん回転数を落とし、変な呻き声みたいになったところで、ドラムがハイハットでカウントを刻む。会場がどよめく。ギターとベースがそれに乗ってデスメタルチックなリフへ入る。今まで何度も何度も聞いた〔ハラワタカッサバキ〕だ。曲が止まった一瞬にカスミの絶叫が響く。

「AAAAGGGHHHHHHH」

待ってましたとばかりにパンクスが暴れだす。ヲタクみたいなのにも変なスイッチが入ったみたいで気色の悪い動きを始めた。手足をバタつかせて、周りが見えていない。近くにいた、流石にもう現役ではない暴走族風の何人かが迷惑顔をしている。恐れを知らない女子高生もどんどんいく。早くも北村がステージへと上がり、最初のダイヴをきめた。色々な奴が、色々な思いで、苦虫のハラワタを待っていたんだ。俺も全力で思いをぶつけた。

「ハロー、逢いたかったよ」

カスミは若々しく、当時よりも綺麗になっている。と思ったところで、そういえばあの時カスミは十七だったわけで、今でもまだ二十代だという事に頭が追い付いたけど、次の曲、[毒虫コーリング]が始まると、そんな事はどうでも良くなった。

「鈍黒、藪の向こうで♪」

カスミが歌うと客席が応える。

「毒虫コーリング!」

「蛇壺の底に塗れて♪」

「毒虫コーリング!」

なんでみんな知ってるんだ?と思いつつ俺も大声をあげる。北村のダイヴを起点に次々とステージから飛ぶ奴が続く。

「あっ」

俺は、今飛んだ奴を目で追った。シンゴだった。俺が中学生の時に見たワイドショーは、シンゴんちの居間で点いていたテレビだった。そこから俺とシンゴは、争うように苦虫のハラワタについて調べた。シンゴが飛び込んだ所は、ちょっとした小競り合いが起きていた。ヲタクみたいなのが制御が効かなくなったみたいで、我慢していた元暴走族って感じの奴らがキレていた。シンゴは人の波に揺られ、視界から消えた。上京した年の五月、会社の帰りに乗り継ぐ駅のホームで、一度だけ見かけたのは矢張りシンゴだったのだろう。

 ライブは最高だった。パンクロックの教科書、そんなものがあるとすれば、一頁目に載っているような、そんなカバー曲が始まった時には、収拾がつかないほどの混乱っぷりで、会場全体が狂ったように、そこには理性の欠片も無いみたいな暴れっぷりで、それは俺にとって最高の体験だった。最後の曲[関係 as fuck 最悪]が始まると、更に訳が分からない状態になった。

 曲の中盤、ベースのブレイクのあとにステージ袖から小学生くらいの男の子が走ってきて、カスミの前のモニターから荒れ狂う客席へダイヴした。間違いない、カスミの子どもだ。親が親なら子供も肝が据わっている。その子は笑顔で、人の波をサーフしていた。観客たちもつまらない争いは止めて、その子をステージまで押し上げた。ステージに戻った我が子をカスミが嬉しそうにハグした。すかさず子供は客席へ向かって両手の中指を立ててからステージ袖へと引っ込んだ。観客から盛大に歓声があがる。カスミがもう一度絶叫したところで曲は終わった。

 暗転した会場にマイウェイが流れ始める。ゆっくりと唸り声みたいなマイウェイは、徐々に回転数が上がっていき、通常の曲調まで戻った。それも束の間で、更に回転数は上がっていき、コミカルな早口言葉みたいになったところでバツンと切れ、同時に客電が点いた。


 「さっきまでのは全部嘘でした」

そんな感覚だった。客電が点いたフロアは、なんだか普通だった。ノックアウトの出入口には、早くも外へ出ていく客達があった。俺は大事な事を思い出して店内を見渡した。

「いやぁ、凄かったなぁ」

どこかフニャフニャした口ぶりで、汗まみれの北村が寄ってきた。

「どうする?飲みに行く?」

「ちょっと待ってな、俺、人ば捜しとるけん」

あっちを見ても、こっちを見てもシンゴが見付からない。もしかしたら、もう店の外へ出てしまったのかも知れない。

「人って誰?お前そうやって偶に九州弁になるよね」

出入口は相変わらず混んでいる。早く出ないとシンゴが行ってしまう。

「元気そうやね」

懐かしい声がして、横を向くとシンゴだった。

「シンゴ、おおお、シンゴ」

「ボンちゃん、俺、先に行くわ」

北村は何かを察してノックアウトを出て行った。シンゴは、何か引っ掛かったみたいな顔をしていた。

「シンゴ、今日時間あるん?」

「俺んち、横浜の方やからあんまないけど、ちっとなら」

「そんなら、うちに泊まらん?」

そう話が決まって、俺たちは高円寺に降り立った。まさか自分の店に行く訳にもいかず、敢えて北口の居酒屋へ入った。

「そんなら、かんぱーい」

「いつぶりや?お前が隣町に引っ越して行った時からやろ?」

「そうやろなぁ」

「俺、一回だけ会社の帰りにシンゴば見た事あるぞ」

「どこでや?」

「大和のホームや。手ば振ったけど、ほら、大和って混むやん?そのあと電車も直ぐ入って来て」

「俺、まだ大和に居るのよ。ところでお前、さっに一緒に居った奴にボンちゃんとか呼ばれんかった?」

「ああ、あれな、今住んどるアパートの、なんて言うたらいいか、大家さんっていうのも何か違うんやけど、働いている居酒屋のオーナーみたいな人に」

「ボンちゃん、今日は店は良いのかい?」

話が終わらないうちに、近くの席で飲んでいた顔見知りが話しかけてきた。うちの店の常連の松さんだった。

「いや、俺ちょっと用があって、今日は休み貰ってて」

「まぁな、誰にでもズル休みしたい日はあるわな」

「松さん、本当だって、ちゃんと休み貰ってるから」

松さんは、ハイハイわかったわかったみたいな仕草で俺との会話から引いていき、隣の連れと、また何か話し始めた。

「ほら、またボンちゃんて」

「そうそう、その人のアパートに住んでるんやけど、店での源氏名っちゅうか、そんなんでオニツカボンジって名乗れなんて言われて」

それを聞いたシンゴの表情が変わった。小学生から連るんでいたシンゴが初めて見せる顔だった。なんだか前に、オニツカって苗字を聞いていた気がして、シンゴに言ってみた。

「シンゴの苗字て赤松やんな?」

そう口にしてから、嫌な線が繋がり始めた。シンゴんちの裏庭で、ババァの畑にちょっかいをだしていたあの頃、シンゴんちに偶に来る男の人がいた。その人の顔が、段々と頭の中でクリアになってきた。

「オニツカ」

シンゴが低い声でそう言った時には、シンゴんちに来ていた男の人とコウノさんの顔が一致していた。シンゴが続ける。

「鬼を束ねるって書いて鬼束、梵字の梵に次ぐで鬼束梵次やろ?」

「シンゴちょっと待て、どういう事や?」

そう言いながらも、高校の時にリュウベンが言っていた事を思い出した。あの時、リュウベンは確かに、「シンゴって、オニツカシンゴか?」って言っていた。

「お前は、そのオーナーだかに、鬼束梵次って名乗れと言われたんやろ?そん人は何者や?」

何者と言われても、どう説明していいのか分からなかった。

「コウノさんちゅう人で、ジュンさんっていう多分中国人やと思うけど、その女の人と一緒におる。シンゴ、鬼束梵次って誰や?」

俺は、分かっていたけど聞いてみた。

「あん時、母ちゃんと再婚した最低の男や」

シンゴがビールを飲み干して、暫く黙った。俺は何を話していいのか分からない。ちょっと考え事をしていたようなシンゴが再び口を開く。

「そのコウノっちゅう人が、なんで鬼束梵次の名前を知っとるのかいな?偶然にしちゃ漢字もピッタリやし」

「シンゴ、あのな、多分やけど、話ば組み合わせると、いや、違うかもやけど、コウノさんが鬼束梵次やないかと思う」

「あいつ、まだ女ば食い物にしとるのか?」

「いやぁ、俺にはそうは見えんけど」

それから、シンゴは隣町へ引っ越してからの事を話し始めた。

「大変やったな。何も知らんかった。で、おばさんは元気にしとるのやろ?」

「いや、母ちゃんは、俺が高校二年の冬に亡くなったと」

俺は、信じられなかった。あの健康的な働き者のシンゴの母ちゃんが、病床へ横たわる姿を想像出来なかった。

「母ちゃんが、あんなのと再婚なんかせんきゃよかったと」

俺はシンゴの話を聞けば聞くほど、鬼束梵次の片棒を担いでいる気がして申し訳なくなってきた。

「シンゴ、大和で仕事やりよるのか?なにをしとる?」

俺の問いに、シンゴは歯切れの悪い答え方で濁した。

「今ならまだ終電間に合うし帰るわ」

そう言うシンゴを引き留める訳にもいかず、居酒屋をあとにした。本当にコウノさんが鬼束梵次なら、シンゴをうちに泊めるわけにもいかない。何で俺に鬼束梵次を名乗らせているのかも分からない。

「おおおボンちゃん、ジュンちゃんたち忙しそうだったぞぉぉぉ」

高円寺駅に着くと、いい感じに出来上がっている常連のタキさんにも遭遇してしまった。俺は、軽く手を挙げただけで相手にしなかった。

「なんや、みんな顔見知りか?」

シンゴに少し笑顔が戻った。

「シンゴ、また今度ゆっくり会おう。な、シンゴ。もうちょっとコウノさんの事とか調べてみるけん。連絡するけん」

「そんなら、また」

そう言って改札の中へ入っていったシンゴの背中を俺は見ていた。到着した電車から人が降りてきて、完全に視界を塞いでも、俺は見ていた。

  午後十時前、中途半端な時間だった。部屋に帰るには早すぎる気がしたし、かといって今更店に行っても大した仕事は無いだろう。

「ウェーイ、ボンキチ君」

酔っぱらい特有の、ちょっと高い声に振り向くと、北村だった。こいつはもう。

「あの連れの奴は?」

「今帰ったとこ」

「北村、まだいける?」

「いいよん、いけるよん。どうしたの急に」

北村の、「どうしたの急に」を聞くと、なんだか安心する。そこから北口の焼き鳥屋へ入ったけど、二杯目のハイボールに口をつけたあたりで、北村の頭はカウンターの上に乗っていた。眠ってしまった北村を眺めながら一人の時間を過ごした。ごちゃごちゃと色々な感情が蠢いたけど、そのひとつずつに今夜は蓋をした。



                  つづく


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