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ポンダ  作者: 後藤章倫
2/4

②シンゴ

 ポンダは、まるで別人みたいになっていた。あの明るく、人気のあるポンダは、教室の中でひとりポツンと自分の席に居て、誰かが寄ってきて話しかけても反応はなかった。俺とシンゴは学年は違っても同じ町内だし、小さい頃からの仲だし心配だった

  ババァが死んだ事は学校の中でも割りと知られていた。そもそもババァんちは学校の近くだし、何よりもあの時に居た下級生の連合軍兵士たちがポンダのアレを、たどたどしい記憶でそれぞれが言いふらしていた。

「ポンダがグサッてやったとよ、グサッて」

「四年生の?ポンダ?」

「そうポンダ。そしたら鎌ば持った婆ちゃんがドテッてなって」

「鎌?鎌ば持っとったと?」

「うん、で、グサッって」

「ポンダがやったと?」

そんな感じで学校の中では、あの事が拡散されていた。言っている本人たちに悪気は無い。たぶん。だけど、それを聞いた者たちには、ポンダがババァを殺したと変なテンションで伝わっていった。そういうことはポンダの学年にも直ぐに広がり、俺らのとこや六年生も知る事となり、学校中が一時的にポンダの話題で染まった。でも、それも一週間ほどでおさまった。普段からババァのことなんか知らない生徒が大多数だし、知らない老婆の死なんか小学生たちには興味のない事だった。そんな事よりも週末に放送された子供たちが夢中になっている番組内で、人気の芸人が良い放ったジェスチャー付きの一発ギャグが爆発的に拡がって、事あるごとに小学生たちはそれをやってゲラゲラ笑っていた。普段ならそれをいち早く取り入れて皆の前で披露するのはポンダの役目なのだけど、ポンダはそのギャグさえ知らない様子で、気配を消しているみたいだ。

 シンゴんちの前で、俺はシンゴと二人でポンダが帰ってくるのを待っていた。本多サイクルの中では、本多のおっちゃんがテーブルに新聞を広げて缶ジュースを啜っていた。そこから三十分くらい経ってもポンダは学校から帰ってこなかった。

「本多のおっちゃんに聞いてみんか?」

シンゴが言う。俺もそう思っていたところだったから、二人して本多サイクルへと足を踏み入れた。本多のおっちゃんが新聞越しにこっちを見た。ゴムとオイルの匂いを同時に感じたけど、嫌な匂いではなかった。

「ポンダはまだ帰って来とらんでしょ?」

俺が言うと、おっちゃんは缶ジュースを一口啜ってから、それをテーブルに置いた。

「もうあれぞ、だいぶ前に帰って来とるぞ。うちへ上がってみ」

おっちゃんがそう言うから、隣接する本多家の玄関扉へ手をかけた。

 木造モルタル二階建ての普通の造りの住宅に、その玄関扉だけが浮いているような威厳があった。焦げ茶色の木製の扉は黒光りしていて、重厚感が伝わってくる。

「こんちは。おーい、ポンダおる?」

俺の声は、廊下の突き当たりまで行ってから、玄関に居る俺らのとこへ帰ってきた。

「ポンダぁぁぁ」

今度は俺の声よりも大きめのヴォリュームでシンゴが叫ぶ。シンゴの声は、廊下の奥にある二階へ続く階段を上がっていった。少しの間があってから、ゆっくりと階段を降りる足音と一緒にポンダが現れた。

「ポンダ、大丈夫か?元気の無いみたいやけん、来てみた」

ポンダは俺の声が聞こえているのかどうなのか、俺たちの前に静かに突っ立ったまま、下駄箱の下で明後日の方を向いている自分の靴を見ているようだった。

「ババァは、餅ば喉に詰まらせて死んだとやけん、気にせんで良かとぞ」

シンゴが慰めの言葉を言ったあとだった。

「振り向いたら、両手に鎌ば持った婆さんがそこまで来とって、あがん怒った顔ばしてから。もう鎌で切らるるて思て必死に手を伸ばしたと。俺あん時、ビームサーベル持っとったけん、婆さんば刺してしもて、で、婆さんが倒れたけんにげた」

「わかっとるて、俺もシンゴも全部見とった。俺たちも偶々ババァの畑に入っただけで鎌ば持って追いかけられたし」

「だけん、ポンダは悪うなかぞ。死因も餅やけん」

俺もシンゴも必死だった。

「鎌ば持った敵のモビルスーツがそこまで迫って来て、俺は持っとったビームサーベルで突き刺したと。そしたら急にモビルスーツが婆さんになって倒れた。変な音と、変な手応えば残して」

ポンダはそこで話すのを止めて、また廊下の奥へ歩いて戻っていった。俺もシンゴもポンダの背中を見る事しか出来なかった。ポンダがゆっくりと階段を上り始める。俺とシンゴは、陽が傾いてきてオレンジに染まったポンダんちの玄関を出た。


  俺たちは六年生となり、学校や近所で偶にポンダを見かけることもあったけど、相変わらずポンダはあんな感じだったから、俺たちは距離を置くようになっていた。一年後には小学校とあまり距離の離れていないところにある中学校へと入学した。同級生の顔ぶれは小学生の時と変わらない。俺とシンゴはまたもや同じクラスとなり、引き続き訳のわからない事をやってはゲラゲラ笑いながら過ごしていた。もうその頃になると、ポンダの事は俺たちの中から消えていた。次にポンダが現れたのは、俺が高校二年の夏だった。

  シンゴは中学三年の秋に、シンゴの母ちゃんの仕事の都合で隣町へ引っ越して行って、高校も俺とは別になった。あんなに毎日一緒だったのに、俺の交遊関係は中学までとは全く違うものになっていた。

 マフラーを交換したり、意味があるのか無いのかも分からないホースを繋いでみたり、ボアップなんて姑息な手段で排気量をあげたりと、毎日馬鹿になっていたのは原付バイクの改造だった。そしてそれを乗り回していた。

「音が煩くなっただけやろ?」「いや、三速からの伸びが全然違う」「セパハン付けようかなぁ」「そのホース、意味あんのん?」「チャンバー換えるか」

俺は、イヅツ、リュウベン、シゲオなんかとつるんでいた。学校が終わると、誰かんちでバイクを弄るか、市営球場で待ち合わせをしてから、直線が続く農免道路まで行ってスピードを試したり、そこからちょっと行ったところから始まるカーブが連続する道を攻めてみたり、そんな事に夢中だった。

 リュウベンとは割と家が近くて、近いって言ってもリュウベンんちは隣町なんだけど、イヅツやシゲオんちと比べればかなり近い。その隣町には疎遠になったシンゴも暮らしている。農免道路の帰りなんかはリュウベンと一緒に帰る事が多かった。

 土曜日の夜、農免道路での走行会のあと、いつものようにリュウベンと家路を走っていた。その橋を越えると俺の地元に入るところで、いつもは真っ暗な河原に灯りがあった。それは祭りの時の屋台のようなそんな感じで、橋へと差し掛かった俺とリュウベンには不自然な灯りだった。俺らの中でも一際正義感が強いというか、喧嘩っ早いリュウベンは橋の中程でバイクを止めてから、欄干に手を添えて下を覗き込んだ。

「なんや喧嘩か?」

仕方なく俺もバイクを止め、リュウベンの隣まで行く。十台くらいのバイクがエンジンをアイドリングしたまま、そのライトで一人を照らしていた。俺らの原付バイクとはまた違うタイプの改造が施されているバイクだった。俺たちが夢中になってやっている改造は、機能の向上というか、走りに特化するというか、そんなやつなのだけど、ここに集まっているのは、派手なカウルが付けられていたり、シートの後ろが背もたれになっていたり、マフラーを無理矢理溶接して竹槍みたいに聳え立たせたり、はっきり言って空気抵抗を思い切り受けるであろう、走るのに効率の悪い改造だった。

「あいつ何したんやろ?」

俺が言い終わらないくらいで、リュウベンはもうバイクへと股がり河原に下って行った。こうなるとリュウベンは止まらない。俺も続くしかない。いきなり現れたバイク音に、河原に居た奴らの視線が集まる。リュウベンは躊躇なくバイクと共に、その輪の中へ滑り込む。少し遅れて、ちょっと間抜けな感じで俺もバイクに照らされた光の中へ。

「何かあったとか?こいつが何かしたとか?」

リュウベンがバイクに股がったまま大声を出すと、取り囲んでいた奴らが少し怯むのが分かった。どうやら一学年下の集まりみたいだった。俺は輪の中で突っ立っている奴を見た。すると直ぐに懐かしい感覚がふわっときて、本多サイクルのゴムとオイルとおっちゃんの煙草の匂いが一緒になって迫ってきた。その輪の中で、十人くらいを相手に威嚇していたのは、ポンダだった。ポンダが手にしていたものは、棒状で三分の二くらいがピンク色に塗られていた。木製のそれは、あの頃よりも進化したビームサーベルだった。

橋の遠くから、音が微かに聞こえた。木々が一定のリズムでオレンジ色になっては消えていた。そういう事に敏感なリュウベンは直ぐに反応した。

「警察が来っぞ」

通行人か何かが河原を見て通報でもしたのだろう。リュウベンの声に、ポンダを取り囲んでいた連中は聞き耳をたて、それを把握するとバイクと共に次々と河原から出て行った。ポンダは何故か動こうとしなかったし、そもそもポンダのバイクは見当たらなかった。

「行くぞ」

リュウベンは俺にそう言うと、そのままバイクで走り去った。俺はポンダを放っておけず、とりあえず自分のバイクのエンジンを切り、背の高い雑草の茂るとこへ寝かせた。そこにポンダと身を縮めた。特有のサイレン音と赤色灯が近付いて来て、橋に差し掛かると直ぐにパトカーは停車した。橋の上から二人の警察官が、頼りない懐中電灯で河原を照らしたけど、その光は河原の闇に飲み込まれた。二人の警察官は二手に別れて暫くそんな事をやっていたけど、パトカーのところで落ち合い、車に乗り込んだ。車内の様子はよく見えなかったけど、どこかへ連絡を入れたのか、そのあとパトカーはゆっくりと走り出した。サイレン音は消されて、赤色灯だけが橋の向こうへと消えていった。

俺とポンダは沈黙の時間を経て、俺のバイクで二ケツして帰った。ポンダはノーヘルだったし、手にはビームサーベルもあった。そもそも原付バイクでの二人乗りで、さっきのパトカーと出くわそうものなら大変な事になる筈なのに、俺たちは、しれっと地元へ辿り着いた。

あの時、茂みに身を寄せて俺とポンダは話をしていた。話し声は川の音にかき消され、橋の上にいる警察官へ届くものじゃなかった。

「あの中に居った奴の弟が見とったみたいで、あの、俺と婆さんのアレを。それを何かの拍子に思い出したんだか、何人かでうちの店まで来てワーワー言い出したから、軽く肩を押したら転んで、ちょっと怪我もしたみたいで、それを聞いた兄貴が仲間ば集めて」

あの事は多分、ポンダが一番触れて欲しくない出来事だろう。


河原での事があった翌週、昼休みにシゲオと馬鹿話をしているところに、リュウベンとイヅツが隣のクラスから合流してきた。

「河原のあいつ、あれからどがんした?」

シゲオもイヅツもリュウベンが何を言っているのか分からない様子だ。

「俺が二ケツで連れて帰ったわ」

「あいつのアレってビームサーベルやろ?」

世代な俺たちは、あのフォルムと配色を見ればそう思う。

「そうやろな」

シゲオとイヅツは益々訳が分からなくなった。

「ビームサーベルって、先がピンクでビーンてなっとる?モビルスーツのアレ?」

シゲオは久々にビームサーベルという言葉を口にしたみたいだった。それから俺は、昼休みの残りの時間を使って、ポンダの事をみんなに説明した。説明上どうしてもシンゴの事も出てきて、話していくうちにリュウベンが何か思い出したのか声をあげた。

「シンゴってオニツカシンゴか?」

「いや、オニツカやなくてアカマツやけど」

俺が返すとリュウベンは納得がいかない感じで言った。

「オニツカシンゴやったら中三の運動会のあとで、お前んとこの中学から引っ越して来たっちゃけどな」

そう言われるとシンゴが隣町へ引っ越して行ったのと同じ時期だった。でも何故か苗字が違う。シンゴはシンゴの母ちゃんと二人暮らしで、ああ、なんか、たまに男の人が来とったよな?あああ、なんやそがん事やったのか?シンゴの母ちゃんは再婚して、そんで隣町に引っ越したとか。

「リュウベン、シンゴば知っとるとか?」

「知っとるちゅうか、俺のクラスに転校してきたんやけど、話は殆んどせんかったな。なんか暗い奴やったぞ」

「え?シンゴが、か?」

あのシンゴが暗いなんて全く想像出来なかった。もしかしてリュウベンの言うシンゴと、俺の思っているシンゴは別人なんやろか?

「うん、あの河原に居ったやつポンダだっけ?あんな感じやったぞ」

そこで昼休みを終えるチャイムが鳴り、掃除の時間へとなった。俺たちは嫌々各々の場所へ移動した。

ポンダの事を説明している時にシンゴの事も話す羽目になり、そこで俺は久しぶりにシンゴという名前を口にしていた。高校生活でシンゴの存在が出てきたのは、この時だけだった。


つづく

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