虚無の中で目覚める。
目を開けると、そこは見たこともない白い世界だった。
何もない。ただただ広がる白。床があるのかもわからない。立っている感覚はあるけれど、足元を見ても、何もない。ただ、どこまでも続く白い空間だけが目に入る。
「......ここ、どこだ?」
声を出してみるが、音が消えてしまったように響かない。自分の耳にさえ届かないのが不気味だ。手を伸ばしてみても、何かに触れることもなく、ただ虚空を掴むだけ。
混乱が胸の中を埋め尽くす。たしか、俺は誰かと映画を観に行く途中で......。
その記憶が鮮明に蘇る。鋭い音、叫び声、そしてナイフの冷たい感触。腹に突き刺さった痛みが、今でも残っている気がする。目を閉じて深呼吸をしようとするが、どうにも息が浅い。冷たい感触が胸の奥に居座ったままだ。
「俺......死んだのか?」
そう思った瞬間、体がふっと軽くなる感覚がした。だが、その感覚はすぐに恐怖に変わる。死んだという事実が、じわじわと意識に染み込んでくるのを感じた。冷静でいられるはずがない。必死に自分の胸を叩いてみても、心臓の鼓動を感じることはできなかった。
「違う、そんなはずない!俺は、まだ......」
声にならない叫びが喉の奥で詰まる。だが、ここには誰もいない。誰かに助けを求めようにも、この白い空間には俺一人しかいないのだ。
膝から崩れ落ちるように座り込む。手をついても、そこに触れる感触はない。ただの空虚だ。それでも、頭の中では必死に何かを思い出そうとしている。今起きていることに意味を見つけたくて、過去の断片を手繰り寄せようとする。
最後に見た光景、そして聞こえた声――曖昧な断片が脳裏をよぎる。思い出せば思い出すほど、胸の奥に鈍い痛みが広がった。誰かが自分を呼んでいたような気がする。だが、その声が誰だったのか、もはや確信が持てない。
「......俺は、本当に死んだのか?」
答えはない。この静寂の中では、誰も答えてくれない。ただ、自分自身の記憶だけが頼りだ。でも、その記憶も曖昧になっていく。血の匂い、痛み、そして暗闇――そこから先は、何も思い出せない。
「誰か......頼むから、誰か教えてくれ!」
再び叫んだが、やはり音は消えるだけ。自分の声さえも奪われたこの空間にいる限り、何をしても無意味だと気づく。
静かすぎる。恐ろしいほど静かだ。自分の呼吸音も、心臓の鼓動も感じられない。ただ、白が広がるだけ。時間の感覚さえも失われそうだ。
ただこの空虚の中で、焦燥感だけが膨らんでいく。何か、見つけなければならない気がする。この状況に意味を見出せなければ、精神が崩れてしまいそうだ。
そんな思考がぐるぐると頭の中を巡る中、不意に、どこからか声が聞こえた。
「……未練は、ありますか?」
その声は、静寂を切り裂くようにして現れた。明らかに自分の声ではない。そして、それはどこか優しげで、冷たい響きを持っていた。
驚いて周囲を見回すが、相変わらず何も見えない。ただ、その声だけが確かに耳に届いた。