3・ 12 の絵柄しか持たない 13 星座のタペストリー
千冬の学校と叔母さんの家の間には、小さな博物館がありました。
昼間の気温が50度に達する日は、学校は朝6時からスタートし、正午に至る前にお終いになります。
千冬は学校なんて嫌いでしたから、それは好都合でしたが……。最近は、すぐに叔母さんの家へ向かわないで、その博物館へ立ち寄るのでした。
初めて博物館へ行ったのは、入学して間もない頃。街で出会った一人の少年がきっかけでした。
この辺りでは「池くん」と呼ばれる男の子で、おそらくは千冬と同じ年くらいなのに、赤ちゃんのような、あどけなさがあります。つばを後ろにして野球帽をかぶり、青ざめ、うつむき加減で、「大変だ! 大変だ!」とつぶやきながら、いつも大急ぎで歩いているのです。
あの日もまた、千冬は道端で池くんとすれ違ったのですが……。くり返しつぶやく言葉が、いつもと違うことに気がついて、足を止めたのでした。
池くんはたしかに、「13番目、13番目、13番目……」と、つぶやいていました。
振り返って、少年の背中に目をやります。
彼はアスファルトの歩道をどんどん歩き、洋風の大きな門をくぐりぬけると、あっという間にその先の茂みへ、姿を消してしまいました。門柱の石盤には「神話と星の博物館」と言う文字が、白く刻まれています。
(こんなところに博物館なんてあったんだ)
千冬はわずかに好奇心をいだいて、門に近づきました。
庭園の、茂みの向こうをチラリとよぎる、池くんの背中。思わず後を追いかけます。
石畳を抜けるとすぐに、レンガ造りの小さな建物が現れました。どうやら開館中のようで、扉は大きく開け放たれています。
誰のためにもうけられたのでしょう? 扉の傍には、ロッキングチェアが置かれています。
池くんはそこまでやって来ると足を止め、当たり前のように、ひょいと、その椅子に腰かけました。そして、ものの数秒もしないうちに眠り始めたのです。
千冬はぽかんと、その様子を眺めていましたが、やがて、抜き足、差し足で、池くんに近づきました。
顔を覗き込みます。
健やかな寝息が、千冬の耳に届きました。
(本当に寝てる)
今度は建物の中に目をやります。
だだっぴろいエントランスが広がり、その奥には有料の展示会場があるようです。何が展示されているのか気になりましたが、少ない小遣いを出すほどでもありません。
開放されたエントランスを、千冬はぶらぶらと歩き始めました。
中央には大理石の太い柱が2本立ち、その間を取るように、壁に大きなタペストリーがかかっています。
よく見ると、異なる12枚の絵柄が合わさって、大きな一枚に仕上がっています。
タイトルに目をやりました。
「黄道13星座のギリシャ神話」と、書かれています。
「13星座……? 」
千冬は首をひねり、またタペストリーを見上げました。
1枚目には、空飛ぶ羊にまたがった少年と、羊の背から海に落ちる、少女の姿が描かれています。2枚目には、白い牛とたわむれる一人の少女と、黒い牛にからみつく一人の女。3枚目には、よく似た面立ちの、二人の少年が背中合わせに立っています。
「牡羊座、牡牛座。そしてこの少年たちは、きっと双子座ね」
星占いでおなじみの、12の星座。いつだったか叔母さんの家で読んだ、12星座の物語です。
12星座の背景には、ギリシャ神話があるのです。その神話のワンシーンがそれぞれ織られ、つなぎ合わさって1枚の、大きなタペストリーを成しているのでした。
千冬は神話が好きでしたから、12星座の物語をすべて知っていました。
けれど……。
もう一度、タイトルに目を落とします。
たしかに「黄道13星座のギリシャ神話」と、書かれています。
「どうして『13星座』なんだろ? 」
以来、千冬はどうにもそのタペストリーが気になって、たびたび、この博物館を訪れるのでした。