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タイトル未定  作者: 周斗紫奏
第二章 現能を持てる者たち
8/14

名言と呼ばれるものでも例外はある

「だーかーらー!  引き抜きはダメです! 絶対だめ!」

「いやだ!」

「いやだ!?」

「諦めて其方(そち)の部下を我に差し出し給え!」

「お断り! 優秀なんだよあの子!」

「知っとるわ! だからほしいんじゃこの盲録爺さん!」

「俺はまだ30代だ!」

「どーせ後半だろ! 十分ジジイだこの野郎!」

「だぁれがクソジジイだこの若造が!!」

「うるせー! 誰が二酸化炭素生成器だ!!」



 対談開始から30分後、もはや両者敬語が抜け、ただの言い合いになっていた。何故こんな事になったのか、分岐点はおおよそ20分前のことである。



 ◇◆◆◆◆



「――では、公言しないでいただけるということで。見返りはシエルとの接触。でよろしいですね?」

「はい、感謝します」


 対談から約10分。驚異的スピードで意見がまとまりつつあった。というのも、シオンが相手方に「要点だけ話せ」と半脅迫したからである。これでも彼はれっきとした対応者であり応対者。だが人間の最大欲求の一つである眠気という名の誰しもが抗えることのないものにより、時間外れの深夜テンションをかましたためであった。幸運か、相手はそれを嫌悪するような様子もなく、願ってもないことだと言わんばかりに承諾し要点をスラスラと話した。

 対談だけならすぐに終わりそうだな……。あとは書類事項くらいか。と、相手が思っていたときだった。


「ああ、そうだあと一つ」


 シオンが謎めいた笑みを浮かべ、これが本題だと言わんばかりの低めの声で言った。


「そちらに新入社員として入った子。私のところに寄越す気はありませんか?」


 これが、20分にも渡る言い合いの分岐点となる一言である。



 ◇◆◆◆◆



 そして対談から35分。榎本は椅子の背もたれに手をついたり天を仰ぎながら息切れをしていた。そりゃあ20分も言い合いをしていれば疲れるのは当然である。

 だがシオンは息を切らした様子はなく、変わらず目は死んでいるものの疲れているような表情は見せなかった。


「現能者を引き抜きたいと言ってそこまで頑なに拒否したのは君だけだよ……はあ」

「私もこんなに頑固で途中から敬語を抜かしこちらにも敬語を使わせなくなるような人始めてです。……ていうか、なんで貴方全く疲れてないんですか……。私もう疲れましたよ精神的に」

「1日中喋ったり身内議論することあるので、慣れですかねえ。まあ、とりあえず一時休戦といたしましょう」


 私も寝不足で疲れてるので、とシオンが呟くと、榎本が今までの奇行に納得した表情を見せた。


「なにか食べるもの……簡易的な料理でも持ってきます。部下が用意してくれるでしょう。眠気も醒めたので今度はひっくり返したりしません」

「それつまりさっきはひっくり返したと……いやひっくり返しても頭からお湯かぶる普通?」

「薬缶はちゃんと脱ぎました」

「薬缶も被ってたのね……。あと薬缶は脱ぐとは言わないよ、外すというんだよ、多分」


 先程よりは和やかな雰囲気で会話を交わす二人。だが内心ではありとあらゆる考えを巡らせ、どう引き抜くか、はたまたどう諦めてもらうかを考えていた。ある意味立派な執念である。



 そう少ししてシオンが間食を取りに行き戻って来た。特に事故っているような様子もなくお盆に乗せて持ってきたそれを榎本の前においた。


「はい、どうぞ」


 両者の間に流れる沈黙。それは状況的にシオンが持ってきた間食が原因であるのはあからさまであるのだが、榎本だって今やちょっとやそっとのことでは動揺したりしない。それもそうだろう。たったこの数時間で彼の数々の奇行を見てきのでだから。今回だって食品を知らぬうちに全て食べてしまっていた、だとか同僚と話し込んでしまって遅れた、だとか食べるものがなかった、だとかのいわゆるポンコツ行動を、待っている暇時間にいくつも考えていた。だが実際は何事もなく戻ってきた。考えすぎかと思った彼だったが、やはり何事もなく終わらないのがこのシオンという男である。


「えっと……なんですかこれ?」

「ああ、それは――鰹節と青海苔のお好み焼きソース和えです」

「……いや何その独特すぎるチョイス!?」


 一瞬虚無ったのち、榎本は叫んだ。本日めでたく2度目の叫びである。料理は部下が準備する、とのことだったので料理に問題がある可能性は考えていなかった。というより、それ云々を通り越してこれを料理と呼ぶのだろうかと。


「部下がたまたまたこ焼きを焼いていたものでしてね、それをもらったのです。本来ならそれは私が食べるものなのですが『自分がされたいように人にしてあげる』という言葉があると聞いたものでして。そんなわけであげます」

「いらなっ!!」


 榎本の叫びがまるで聞こえてないように続けるシオン。


「これは私の持論ですがね」


 ワンコンマ。


「たこ焼きの一番美味しいのってそこだと思うんですよ」

「完っ全に貴方の持論ですねそれは!! てか今の溜めいる!?」

「まあまは。あふっ」

「そして貴方がたこ焼き食べるんかい!! しかも何もかかってない!!」


 椅子に座りお盆を膝に乗せ、何もかかっていないたこ焼きを食べ始めるシオン。果たしてそれはうまいのだろうか。


「やっぱソース無いとだめだ。存在価値なくなる。あ、マヨネーズ少しかかってる。誰だよかけたやつ」

「マヨネーズのこと悪く言うなよ! マヨネーズのどこがいけないんだどこが!!」

「白くてぶにゅってしてて酸味があるところですかね」

「そこが美味しいんでしょーが!」

「おっさんだなあ……」

「若い子も好きでしょ普通に! 何なんですかあなた! 何なんなんだあんた!?」


 コントのように初対面とは思えないテンポの良さで会話を進めていく二人。

 そこへ誰かやってきたのか、ギィと部屋に音が響いた。だが、その音の発信源はドアではなかった。開いたのはいわゆる掃き出し窓であり、表にはバルコニーのような場があるところである。そしてここは7階層。普通なら独りでに開くことはない。


「……ゑ?」

「お?」


 困惑一色に染まった顔をした榎本と、何かに気づいたような顔をするシオン。

 シオンがバルコニーへと出ると、榎本もそれを追うようにそこへ行った。彼らがそこへと出た瞬間、突然突風が吹いた。そしてその突風と同時に何もなかった空間から巨大なプロペラ音とともにヘリコプターが現れた。


「なっ……」

「おーおー、破壊神様のご帰還だ」


 榎本が驚く中、シオンはこれが日常だと言わんばかりの自然さで空を見上げた。

 ヘリコプターから縄梯子が垂れてき、それを片手で掴み片足を乗せ立っている者が一人。それは少女の見た目をした者であった。身長はおおよそ150前半であり、長い黒髪を髪になびかせていた。

 榎本が危ないと言おうと思う直前、その者は風に流されていた髪をかきあげ、顔が露わになた。それにより彼のその言葉は空気中に出ることなく、代わりに息を呑む音が出た。

 下からヘリコプターを指差し歓声を上げる者が大勢いる。それを見てそれはニッと笑った。


「はーっはっはっは! そうだ! そうだ! 熱狂し褒め称えよ!」


 高らかに宣言するかのようにそう言い放った。

 手をばっと前に出し、言葉を続けた。


「私――シエル様のご帰還だ!」

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