第七階層、応接室にて
「シオンなら、商談中ですよ」
「商談?」
「まあどっちかって言うと打ち合わせなのようなものです。多分今頃始まってるんじゃないですかね」
「なるほど……。……あれ? 商談って……一般企業ですか?」
公には現能者はシエルさん以外いないということになっているのに商談なんてものがあるのだろうか、だそう思って聞いてみれば、一つ頷いて返事が来た。
「ええ。といっても、その企業に最近まで無自覚だった現能者がいましてね。あとそこの社長さんも現能力者だったらしくて取引をしたい、という申し出があったのです。それで社長さんと今後の相談をするんのだとか」
次に聞きたかった「じゃあなんで本人じゃなくて社長さんが」と言う質問にも答えてもらった。ここの人たちは人の心を読む趣味でもあるのか……。
「ていうか……シオンさん随分ヘロヘロでしたけど大丈夫なんです?」
先ほど大広間であったシオンさんを思い出しそう聞けば、夜桜さんはつかれた顔をした。
嫌な予感。
「ああ……いえ、なんか結局寝れなかったらしく『今寝たら明日絶対寝過ごす』とかいってオールしてたのでだめですねあれは」
「えっ」
普通にやばいやつでは……?
ていうか髪色も変わっていたし謎すぎるあの人……。
「まあ相手方さんはそんな性悪に見えなかったので大丈夫だとは思いますが……」
◇◇◆◆◆
第七階層、応接室にて。この部屋は源委亭の内部での数少ない洋室である。そんな部屋で二人の男が緊迫した空気を流しながら向かい合っていた。真面目な顔でお互い何を考えているのか。
(眠い。……眠い。いや眠いなどうしよう。もういっそのこと全人類永眠大会でもするか……?)
(この取引……そう……全てはシエルちゃんと握手をするために……!)
双方割とどうでもいいことを考えていた。
「では商談の方を始めさせていただきたいのですが……」
相手方である榎本堺支がそう言うと、シオンは半分寝ていた頭を叩き起こした。寝かけていたのは相手方にバレてはいないようだ。
「はい。あ、すいません。お茶を用意します」
「ああ、お構いなく」
「そうですか。わかりました」
「……えっ?」
「……?」
今の"お構いなく”は決して"いらない”という意味ではない。もちろんそのことはシオンも知っているが、それを脳内で変換できないほどに彼の脳は今死んでいた。
少しの沈黙。相手方もどうしたらいいかわから無いのか微動だにせず、シオンに至っては半分寝ている。そんな状況が15秒ほど続いたときに、やっとシオンが言葉の意味に気づき席を立った。
「暫しお待ちを」
「あっ、はい」
シオンが部屋を出ていく。
それから数分たったあとで、彼がお盆の上に緑茶と和菓子をのせて帰ってきた。ついでに頭から湯気が出たお湯をかぶっている。
「お待たせいたしました」
「いやなんでだぁぁぁぁああ!!」
榎本は叫んだ。
そりゃ叫びたくもなるだろう。
湯気が出るほどに暑い液体を頭からかぶって尚、シオンは表情を1ミリも変えていないのだから。
「何がですか?」
シオンの心底不思議そうな顔を見て彼は引いた。
それは一般人としての正しい反応であり、ある種の意味で常識ある反応であった。
「いや、いやお湯! 頭からお湯被ってますよね!? それ多分お茶いれる時沸騰した湯ですよね!?」
「……? ……あ、ご指摘ありがとうございます」
「えぇ……?」
相手方の混乱と指摘をなかったかのように頭から湯気を物理的に出したまま席に座りお茶を差し出すシオン。髪からお湯が垂れ彼のスーツを濡らしつつあるが、本人はあまりの眠気にそれすらも気づいていないのであった。
「では商談を再か」
「いや待って待ってください、先にせめて着替えてきてください……」
何を言われるか察した榎本がシオンに着替えを促した。数十秒にも感じられるようなたった数秒の沈黙の後、シオンが意味を理解したように椅子から立ち上がっていった。
「お心遣い感謝します」
一つ礼をして部屋を出ていくシオン。一方その場に取り残された相手側は「え、今の俺の行動心遣い……?」と一つ呟くのであった。
◇◇◆◆◆
そうしてたっぷり50分後。
風呂上がりだとわかりやすいびちょびちょだがツヤツヤの髪でシオンが若干息を切らしながら部屋に戻ってきた。
「すいま、っせ、部下に……捕まっ! って……!」
「あ、はい……あなたのせいじゃなさそうなのはなんとなくわかったので落ち着いてください落ち着いてください」
「はい……」
言われて髪をバスタオルで拭きながら椅子に座るシオン。10秒ほど超高速で吹くと、懐から簪を取り出し即座に髪を一つにまとめた。
「さて、では長らくお待たせいたしました始めましょう」
「長らくお待ちしました始めましょう」
対面からおおよそ1時間、ようやく対談が始まったのであった。