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【短編版】リケダン・リケジョの平和な日常:平穏無事な生活を送りたいのに微妙なチートを手にした俺は、このまま世間の荒波を渡っていけるのか?【短編版】

素人の挑戦として書いてみました。

『目を覚ますと、そこには見たことのない中世のような街並みと、概ね中世ヨーロッパを彷彿とさせるいわゆる白人というイメージ通りの人々が行き交い、どういうわけか日本人の俺が理解できる日本語で会話していた・・・』


「あー・・・今って異世界転生ものっていうのが流行ってるし、何なら“なろう”の累計上位なんていうのも軒並み異世界転生ものだったりするわけだし、まあそれ自体は普通なんだろうけど・・・」


俺は物心ついたころには物語、お話なんていうものが大好きで、それでいて大人になった今、ゴリゴリの研究者になっているなりに、幼い頭のなかですら現実世界で今のサイエンスの延長線上で理解できそうな期待が持てるくらいの、それでいて今の常識ではちょっと考えられないような何かが存在する世界っていうのに、ぼんやりとした憧れみたいなものはあった。そう、ずっとそんなこと思っていた。



************



まだ日が昇るよりかなり前の、朝というより夜中といったほうがふさわしい闇の中、いつものルーチンの朝の支度を済ませて出勤した。早朝なのにちゃんと支度してるあたりがマメなナイスガイの面目躍如といったところだ。

会社に着いていつものように誰もいないオフィスで快適に雑用をこなす。早朝って誰もいないうえに絶対に余計な電話もメールもチャットも飛んでこないのがいい。雑用といっても結局それが仕事を回す重要なものだったりするから、効率的にこなせることは何物にも代えがたい。そう、たとえ朝の睡眠時間を多少犠牲にすることになっても。

こんな平和な、ほんのちょっとだけブラック臭ただよう日常をいつも通りに過ごしていた時、何を思ったかふと窓から外の景色が視界に入った。微妙な違和感?なんとなく暗いような気がした。もちろん、曇り空なら明け方の空はいつもより暗かったりっていうのはよくあることではあるし、特別どうということでもないんだが、ほんとに微妙に違和感を感じてつい窓から目が離せなくなっていた。


「ドンッ!!」


「おわっ!なんだ?」


たぶん上の階の窓だろうか、のあたりから突然の衝撃音がして、結構大きな音でちょっと体に響くような感じもあって、いい大人になってからの自分史上最高くらいにびっくりしてしまった。


「・・・これってやっぱり、確認とかしに行かないといけないやつ、だよな・・・」


心底めんどくさいと思いつつ、自分のオフィスのある1階の、音のしたあたりの窓が確認できるところまで外を歩いて見に行ってみた。滅多にないことだけど、鳥が窓にぶつかるなんてことはあり得る話だし、実際カガミ張りのおしゃれな感じの都会のオフィスだったら、結構なバードストライクがある。あれ、中にいるとかなりびっくりするというのは経験者ならわかるはずだ。で、俺のいる会社はまあ結構な田舎にあって、おしゃれなカガミ張りであるはずもないんだけども、田舎ならではってことで自然は豊かで鳥も多い。あ、カラスとかは多分東京とかより少ない気がする。代わりに河川敷とかにキジがいたりするんだけども。


てくてく歩いていくと明らかにやや大きめの何かが件の窓の外にあたる地面に横たわっている。そう、スズメとかハトとかのサイズ感じゃなく、もう二回りくらい大きくて、なんかきれいな赤っぽい色とか緑っぽい色とかが見える。


「ってこれ、キジじゃんか!!」


キジと言ったそばからこれか、などと思いつつ、いるとはいえ珍しい鳥が飛んできたもんだというのと、運悪くぶつかっておそらくは天に召されてしまったキジに憐みの気持ちも抱きつつ、


「明らかに事故だから鳥インフルとかって心配は少なそうだし、ビルの管理会社に連絡するだけでいいか。。。」


ちょっと事務的すぎる感情になったりもしつつ、珍しい鳥をなんとなく眺めてたのだけど、


「・・・ん?鳥っていうのは、何かにぶつかったらこうなるのか?・・・」


件のキジは、よく観察すると、きれいに縦に真っ二つに切断されていた。。。あまりにも切り口がキレイすぎるからぱっと見わからなかったんだけど、よく見ると縦に切られた右半身が壁際あたりに落ちていて、結構な範囲が血まみれになっていたわけだ。あたりを見渡すと左半身らしきものが壁際から結構離れたあたりに横たわっていた。


「をいをい・・・なんかいろいろとおかしくないか?」


そして俺は管理会社に連絡する前に、ひとしきりキジを観察して、写真に撮って、何とも言えない不思議な感覚になりつつ、多少ドキドキしている鼓動を感じていた。違和感のある暗さがなくなっていることに全く意識が向かないまま。。。



***********************



管理会社に連絡してデスクに戻った俺は、とりあえず携帯で写真を見ながらいろいろと考えてみたわけなんだが、結局のところなんの結論にも至らず。ウンウンうなりながら考えていると思いのほか時間が過ぎていたようで、せっかくの早朝出勤がパーになるくらいには、PC画面の時計表示が進んでしまっていた。


「おはざーす。って小川さん相変わらずはやいっすね」


「おはよー。村主さんもまあまあ早めじゃん。っていうかね、聞きようによってはギャル口調だけど、男っぽくもあるよね」


「あー、そういうのダメなんですよ」


「あーもう、ほんとめんどくさいな、今のご時世」


うちの職場はコンプラにもちゃんと配慮しなさいときつく指導されているので、上司と部下とかであっても呼び捨て厳禁、セクハラ回避のために苗字にさん付けだ。とはいえ、最終的にはお互いの信頼関係ってことになるから、まあ俺がまだこの職場に転職してきて1年ほどで、充分に信頼されてないししていないということなんだろう。

そういえば登場人物の紹介がまだだったか。俺は小川勇気。頑張って体力と見た目を少しでも学生時代に寄せておきたいと足掻いている立派な30歳独身彼女無しだ。そして今話していた相手が村主ちはる。すぐり、じゃなく、むらぬし、だ。村長さんみたいだなって言ったらまあまあめんどくさそうな顔されたから、二度と言わないことにしている。23歳独身彼氏は。。。聞いたことはないし聞けない。


「ところで村主さん、鳥ってさ、縦に真っ二つに切れるもの?」


「朝から何言ってるんですか。起きてますかー?いや中華包丁とかでばーんってやったら切れるんじゃないっすか?知らんけど」


「なんで最後だけエセ関西人」


「いや、朝イチの話題が鳥が切れるかって、小川さんのほうがツッコまれる側でしょーよ」


うーん、確かにそうだよな。自分でもおかしな話の展開だと思う。だけどやっぱり気になることがあるとついそっちに思考が引っ張られるし、一人で抱えるのはよろしくないと教育されてきている。

俺は(俺も)いわゆる製薬メーカーというところの研究所というところで働いている。一応は博士号も持っているし、関係する学会では少しは知られた研究者だ。当然のことながら村主さんもゴリゴリのリケジョだ。


「まあそれはそうかもだけどさ、例えば強めの衝撃を受けたら縦にパカーンて割れちゃうような組織構造してたりとかって・・・ないよねえ・・・あー、そういう残念な存在を憐れむような目で見ないでくれよ」


「そりゃしょうがないっしょ。小川さん残念だから」


「こういうのってコンプラ的にはどうなの?俺結構凹んでるよ?」


「だって言われた側が嫌がらなければハラスメントには成らなくないです?」


「俺が嫌がってないって?・・・まあいいや。で、やっぱり割れないよねえ」


「そりゃそんなこと起こってたら、そこらじゅうで鳥の縦割れ死体が転がってますって。っていうかそんな種は存続できてないですって」


ほんとその通りだ。ではあるのだが、目の前にある訳の分からないことをとりあえず意識の隅に追いやって、目の前の仕事に向かえるほど悟りを開いているわけではない。好奇心のかたまりだからこその理系男子だ。

まず縦に真っ二つに割れるメカニズムってなんだ?かまいたち的な?念のため、だが、かまいたち的といっても面白いコントをやってくれるということではないってことは宣言しておく。いや、可能性はゼロにならないかもしれないにしても、こんなにスパッと両断されるほどのことってあるんだろうか?

じゃあなんだ?物理的に刃物が存在してた?その刃物はどこに消えたって話だ。うーん、現実感がなさ過ぎてちょっと思い浮かばない。

そういえば今朝って明るくなるのが妙に遅かったんだよな。。。なんか違和感というか、普通に晴れてるけど、早朝は曇ってたのか?うーん、なんか違和感あるけどよくわからんな。。。


「小川さん?なーに難しそうな顔しちゃってんですか?」


「いや、真剣にいろいろ考えてるんだって」


「鳥真っ二つの?それなんなんです?」


俺は村主に今朝のことと、今、俺が何を考えていたのか説明した。こう見えて(どう見えて?)村主は相当頭が切れるから、かいつまんだ話でほとんどの情報は把握してくれる。


「じゃあ要するに、あり得ない切れ味の何かですっぱりやられたキジが窓にぶつかったと。でそのとき特に何もおかしなことは起きてなくて、微妙に暗いくらいの違和感だったと」


「そゆことだね。まあ、俺の気のせいってこともあるから、違和感のほうはプライオリティ低めで置いててくれていい。客観的事実は真っ二つのキジだな」


「まあ、かまいたちってのが短絡的かつもっとも落としどころになりやすい案っすよね。かまいたちって微小な真空エリアが発生して、そこにある物体を切り刻むんですよね?」


「まあそういう説明になってるね。実体験したことはないんだけど」


「でもそれじゃその写真みたいにスパッといくには無理があると。空気がないだけなら無理ってことなら、なにもないエリアが発生したら切れるんじゃないです?」


お、やっぱり村主って頭いいな。確かにそうだ。空気がない、実際にはまったく空気がなくなるほどにはできないだろうから、微小エリアの気圧がドカンと下がる、くらいなんだろうが、そういうので出来なさそうな現象なら、空気どころかすべての“もの”が何もない微小エリアなら可能になる現象なんじゃないか?まあ、何もないエリアってなんだよってのはあるが。


「まあ確かにそれなら可能性あるよね。ただ、何もないエリアってなんだよ」


「まあ例えば時空のゆがみ的な?」


「一気にファンタジーになっちゃうじゃんかよ」


とはいえ、だ。ブラックホールなんかが存在すれば、その辺の真空なんてのとは比べ物にならないくらいの「微小な虚無エリア」は存在してもいいはずだ。なんでも飲み込むブラックホールの近くで、飲み込まれていく瞬間のブラックホールの近所は何もない、に近くなってる可能性が高い。もちろん、ブラックホールに落ちていく軌道上とブラックホール自身は真逆の状態で、物質もしくはエネルギーで溢れかえっているっていうことになるんだろうけども。にしてもブラックホール?しかも超短時間?まあ、強引にできたブラックホールなら、自分の持つエネルギーに耐えられず、フェムト秒単位で消失しそうではあるが。そもそもその辺に急にブラックホールが発生するなんて、それこそ科学的にはとても低い可能性だ。


「マイクロブラックホール・・・」


「シンクロトロンの群れでも用意しましょうか?」


だよなあ。何の変哲もない日本の田舎町で、ブラックホール生成実験に相当する条件なんて考えられない。


「ま、ブラックホールもしくはそれに相当するような存在が微小かつ短時間発生したら、可能性はありそうってことで、とりあえず納得しておくよ」


「おー、物わかりのいい大人の自己完結ですね」


「そうやって少年は大人になっていくのだよ」


少し、いや結構もやもやとした気分を残しながら、とりあえずは目の前の仕事に手を付けることにした。



***********************



キジ真っ二つ事件があってから数日、忙しい社会人を絶賛堪能中の俺は、そんな面白い現象があったことなんてそろそろ記憶の一段下の階層にファイリングしてしまおうかと、無意識のうちに自分の記憶のHDDクリーンアップをかけそうになっていた。


「今日は珍しく早く帰るし、久しぶりに家でゆっくりアニメでも見てだらだらしようか・・・」


言葉にしてしまうととてつもなく寂しく空しい響きだけど、これは何も悲観する必要のない自分らしい在り様というやつだ。


「仕事はまったく終わってないけど、実験の区切りだから帰るよ」


「お疲れ様ですー」


たまたま近くにいた村主が、こちらを見ることもなく脊髄反射で送り出しの挨拶を返してくれたのを聞きながら、俺はオフィスを後にした。季節が冬から春に向かっていて、日が長くなってきている。明るいうちに帰るのはほんとに気持ちいい。


田舎なんで通勤はクルマだ。そう、田舎に行くほど公共交通機関というのは使い勝手に限界があり、どうしたってクルマ社会になる。だから免許返納なんていう問題は、田舎ほど難しい問題をはらんでしまうのだが、それもまた現実というものだ。俺は愛車に乗り込もうと駐車場に向かってると。。。


「ん?急に暗くなっ・・・え?なんだこれ?あ・・・いやまて、あの時と同じ違和感か?」


一瞬にして、という言い方でも足りないくらい、完全に場面が切り替わったかのように少し暗く感じる違和感に包まれた。前にキジ真っ二つの時に一瞬感じた違和感と同じやつなんじゃないかと、根拠もなくそう思えてしまう。周りが一瞬で暗くなって、とはいっても皆既日食の時みたいな変な違和感のある暗さなんだけど、なんというか、取り残された?隔離された?みたいな違和感。


あたりを見渡しても特にほかに変わったところはなさそうだし、といっても田舎町のさらに外れのほうにある研究所なもんだから、人影は見当たらないんだけども。ここに来て理系男子炸裂で周囲を観察しまくると同時に、今目の前というか、周囲に起こっている現象を整理するという並列思考を発揮してみた。


どうも世の中全部ってわけじゃなくて、俺の周囲に限定されてるっぽい。というのも、あのキジみたいにキレイに切断された雑草やら駐車場のアスファルトやらが俺の周りにざっくりと3メートルφくらいの範囲で広がってる。いや、もっと正確に言えば、円形でキレイに切断されたいろんなものがぐるりと俺の周りにある。と言っても、俺は円の中心にいるわけじゃないんだが。これ、下手に動かないほうがいいパターンじゃないか?幸いにして愛しのマイカーは円の外側にあるから、キレイに真っ二つになる被害車両にならずに済んでいるようだし。


ってことは、だ。前回のキジはこの円上にあるものたちと同じだったんじゃないかってことだ。なんというかマイクロブラックホール的な何かがあって虚無エリアを作り出して、それがたまたま今は俺の周りに円状に存在してる。いや、俺からは確認できないけど、球状かもしれないし、円柱状かもしれない。まあそこはいいとして、俺を起点にしてこの不思議現象が発生したのではないことは間違いない。なぜなら、俺が円の中心じゃないから。しかしブラックホールってのも怪しくなってきている。なにしろ円の近くにいる他の物にはどうやら全く影響していないらしいし、なんなら円の中にいる俺も全く影響された感じはない。


おそらくだけど10秒程度の時間だったと思う。その間にかなりの高出力で俺は自らのINT値に仕事をさせて思考を重ねた。で、ちょっと変な汗が出たくらいのタイミングで、変な暗さはなくなった。普通の夕方の明るさ?暗さ?に戻った。キレイに切断されたいろんなものたちを残して。



***********************



あれから特に焦ることもなく、少しおっかなびっくりな感じはあったものの、いつも通り運転して自宅に帰って、ただいま記憶をたどってブレスト中だ。


まず初回と2回目の暗転は基本的に同じものだろうと推定した。初回はきっと空中にあの暗くなるエリアがあったんじゃないだろうか。それがたまたま俺の席の近くの窓の外にあったから、窓からの景色が暗く感じたってことなんだろう。でないと、建物とかが切断されてないのがおかしいってことになる。で、2回目はそれが地面を含むエリアだったから、いろんなものが切断された。うん、なんとなく合理的だ。で、暗くなる球体?円柱?の中と外で、体感的には何も違いは感じなかった。少なくとも今のところは。


じゃあ、切断って何なんだって話だ。ブラックホール説はなんとなく無理がありそうな気もするし、かといって本質に近いような気もする。要するに切断された面に微小虚無エリアが連続的に存在していればいいわけで、いわば“ギガントかまいたち”ってことだ。いや、ギガントだと広範囲っぽいか?“かまいたちズン”とかのほうがそれっぽいか?まあいい。要するに微小虚無エリアが面状に展開していて、その内側もすぐ外側も特に変わったところはない。特に内側についてはまだ確定したデータじゃないけども。これってあれか?時空のゆがみ的な?あー、なんかファンタジーになっちゃうなあ。そもそも時空ってなんだよって話だ。感覚的に理解できない別次元というのが存在するとして、そことつながった?じゃあ内側にいた俺はどういう位置づけになるんだろうか。


しっかり思考を重ねたものの、何しろ不意打ちの2回の現象だけではデータが少なすぎて何も考察できやしない。しかもそのうちの1回は十分に観察もできていない。これじゃ推測の域から一歩もでられないな。よし、こういうときはあれだ、いったん置いておくメソッドだ。できる男はこういう切り替えがうまいって聞いたことがある。

そうして俺は、早く帰ってしようと思っていたアニメイッキ見もせず、日課になってる株取引のPTS市場をちょっとチェックして、とりあえずシャワーを浴びてから早めに布団にもぐりこんだ。



***********************



「小川さん、毎日早出しててキツくないっすか?」


村主め、その憐れんだ目線はやめろ。なんとなく生活リズムがお爺さんのそれに近くなって安定しちゃってるから、特にキツくないなんて言ったら、きっと深堀されるに違いない。


「いやー、雑用こなすには早朝っていいんだよ。キツくても頑張っているのさ」


「あまりの胡散臭さに海外旅行先の一本路地裏の露天商も真っ青っすよ」


世界中の海外旅行先の一本路地裏の露天商さんに謝っときなさい。まあ、言わんとしていることは十分に伝わってくるんだけどもさ。


「ところでさ、携帯の時計ってあるじゃん。あれってズレることってある?」


俺は話のつなぎとしてではなく、このところちょっと気になってることを聞いてみた。あの“2回目”のあと、ちょっとだけ携帯の時計がずれていたんだ。ほんの10秒程度なんだけど、なんでわかったかというとその日の夜に株のPTS市場をチェックしてたら、ほんの少し約定時間がずれていることに気が付いたというわけだ。通信環境で出る誤差かと思ったりもしたけど、やっぱりあんなことがあった後だから気になって。ちなみにそのずれは翌日にはきれいさっぱり解消されてた。オートコレクトってやつはやっぱり便利だ。


「そりゃあるんじゃないです?バッテリー弱ったりとか?知らんけど」


「どうして最後はエセ関西弁」


うん、まあそうだろうな。普通はあまり考えにくいというか、そこそこの頻度でオートコレクトされているだろうから、基本的にズレていないという認識になっているはずだ。だから逆に、短期的にズレが発生しても気が付かなかったりしそうだ。


「いやさあ、こないだ明らかに10秒ほど進んでてさ」


「いや、10秒って、そんなの誤差もいいとこじゃないっすか。小川さんって日常をそんな秒単位の生活してるんです?そんなだから彼女でk」


俺はチベットスナギツネの目で村主をジトーっと見てやった。途中で言い澱んだヤツは、


「いやまあ、そんな細かいことによくもまあ気が付いたっすね」


株取引で気が付いた話をした後、なんとなく10秒というところが気になったんで、ほんの一瞬考えたけど、結局村主に“2回目”の話をしたのだった。


「じゃあなんですか、その暗い球の表面部分が何かの境目になってて、そこにあったものはスッパリいっちゃうっていうことっすか」


「いやまあ、球なのか円柱なのかもわかんないんだけどさ、あと内部と外部が違うのかどうかもわかんないからいろいろ何とも言えないんだけどさ、スッパリいっちゃうのは事実なんだよな」


「管理会社の人が駐車場壊した人がいるって騒いでたけど、そういうことだったんっすね」


やっぱりアスファルト切れてたからそりゃ管理会社は騒ぐよね。とはいえ駐車場としての機能は損なわれてなかったから、今時どういうわけか紙媒体での掲示板で『駐車場は壊さないように』、なんていう張り紙が出てただけで終わったんだけど。


「で、その暗いエリアの中にいたのが10秒なんっすね?」


「まあ、大体だけどね。で、ほぼその分だけ携帯の時間が進んでたってことでさあ」


まあ誤差だなんだってのは今は言わないですよ、なんて村主は言いつつ考え始めた。リケジョってだけじゃなく、“優秀な”っていう形容動詞が枕に付く村主は、一応は俺の部下にあたるんだけども、得意分野に関しては俺より圧倒的に優秀だし、ある種の天才っていう領域なんだと思う。あと、100人に聞けば100人が美人と答えるであろう容姿をお持ちだ。きっと人生勝ち組ルートしか知らないんだろうな。。。まあ、中身はそこそこ残念なヤツなんだが。


「じゃあその内部は時が速く進んだってことなんじゃないんです?」


「あー、周りを見回すくらいの気持ちの余裕はあったよ。ただ、その時にエリアの外にあったものが動いてたかどうかはわかんないな。あっという間だったしさ」


今にして思えばもっと冷静に観察すべきだったと後悔する。研究者あるあるなんだけど、再現が難しい実験データを見てしまうと、なんであの時もっとトレーサビリティを意識しておかなかったのかと悔やみまくるわけだ。


「やっぱり内部が別の次元で時間がとんでもなく早く流れていたとかで、境目は次元の裂け目ってやつになってマイクロブラックホール的なものが連続で存在するか、もっとシンプルに次元の裂け目そのものが微小虚無エリアになってるとか、だったら話はつながるかもっすよね」


「まあさあ、ラノベならみんな何の抵抗もなくそれを受け入れるんだろうけどもね」


「科学者たるものエビデンスもないのに突飛な話はできないっすよね。でも次元の裂け目みたいな仮定を置いたほうがシンプルに説明できるのは間違いないっすよ」


確かにそうなのだ。仮定そのものがかなり突飛なものだという、一番大きな問題を残したままではあるけど。


「じゃあさ、次元の裂け目があったとしてさ、なんでそんなものができたわけ?あ、スペキュレーションOKで」


「スペキュレーションって、そんなの当り前じゃないっすか。根拠ある答えなんて出せるわけないでしょ。とりあえずはいろんな状況から判断したら、単純な偶然っていうのが妥当なんじゃないです?」


「ほー、一番無難で一番つまんないルートに話を持っていくね」


だーってぇ、とかなんとか村主が言ってるのを横目に、実際のところ俺も偶然としか考えが行きつかなかった。


「ちなみに小川さん、内側にいたんでしょ?多分2回とも合わせたって、その内側にいた生物、少なくとも脊椎動物レベルの生物はキジの半分と小川さんだけっすよね。それ以外の生物だと、雑草が少々とおそらくは昆虫類と環境菌ですか」


「まあそういうことだよね。俺以外は10秒ズレても関係なさそうだよな」


「いや、小川さんだって10秒くらいじゃ無問題っしょ?」


「ま、そりゃそうだ」


「内部にいた高等生物で今も生存してるのが小川さんだけだとして、何か変わったこととかないです?10秒進んだ以外で」


それがまったくないんだよなあ。自分でも気になるからいろいろ見てみたわけだ。禿げてない?とか太ってない?とか、小さくなってない?とか。。。なーんも変わんないんだ。少なくともぱっと見では。


「変わんないね」


「じゃあ、ラノベっぽい何かってないんですか?魔法とか使えちゃったりとか、スキルなんてのが・・・あ、ステータスボーd」


「ないない。ってか14歳の病は表に出さない年齢になってしまってるんだから、させようとするなって」


「えー、つまんない。じゃあその球体?暗いエリアってやつと仲良くなってたりしないんです?内部にいたんだから親和性あがってるとか」


「いやいや村主さん、それってどうやって確かめるんだよ」


「そりゃもう、14歳に戻ってですね、『出でよ球体』みたいな」


「をいをい、デカい龍の神様が出てきて願いをかなえてくれる言い方じゃねーか」


と言いながら、ちょっと興味がわいてしまった俺は心の中で


“出でよ球体”


とかいろいろと唱えてみた。まあ、何も起こらないのもわかっていたんだけども。そして、10個程度のそれっぽいワードを念じた後で、14歳思考の俺が一瞬心臓を止めるくらいの衝撃を受けた。


“Connect”


それは何の前触れもなく突然目の前に現れた。直径だと30センチくらいだろうか。ほぼ完全と思われる球体で、表面が着色されているからなのか、そもそも内部が明かりのない空間ということなのか、とにかく内部は暗く見えた。そしてその球体は10秒程度でまた何の前触れもなく突然消えた。


「ちょっと、何やったんっすか?マリックさんですか?セロですか?なんですか今の?」


「ちょっと待って、俺にもわからん、けどちょっと落ち着かせて」


「あ、はい、すいません、って、そんな場合じゃないでしょ、ヤバいでしょ今の、え?」


俺自身めちゃくちゃ驚いてたよ、そりゃ。でも面白いもので、自分より慌ててる村主を見ると、なんだか落ち着きを取り戻してしまう自分がいた。それはそれで別の方向に驚いた。


「うん、まあとりあえず落ち着こうか村主さん。俺もよくわかんないけど今のは・・・」


ざっくりと村主に14歳の俺の心の叫びを説明して、少し落ち着きを取り戻した村主にちょっとだけ、ほんのちょっとだけジト目で見られながら、頭を整理することにした。


「なんでまた“Connect”なんです?」


「いや、単にいろいろと思ってみた中でそれがヒットしたってだけで、根拠なんかないよ」


“ボール” 、“球”だとか“ダークネス”、“闇”だとか“エリア”、“空間”だとかいろいろと試してみたさ。で、ふと次元の裂け目ってことで“クラック”だとか“リップ”だとか“裂け目”だとか言ってみて、その次は“つなげる”とか“リンク”とか言ったんだよな。で、“Connect”だ。なんでこれだけアルファベットか?そんなもの、14歳の俺に聞いてくれ。雰囲気は大事なんだ。


「じゃあまあ、とりあえず偶然見つけたってことでいいとしましょう。たいていの発見は偶然ですからね。で、あれを呼び出した?ことで小川さんは何か影響あります?MPごっそり持ってかれたとかw」


「をい、草生えてんじゃねーか。ステータスオープンとか言わないし言っても出てこないし」


「言ってみたんだ、やっぱり」


「そりゃーだってさ、こういうラノベ展開しててステータスと魔法とスキルとエルフのおねーさんは外せないでしょーが」


「エルフのおねーさんはツンデレスレンダーっすよ。ボンキュッボンじゃなくていいんっすか?」


「あー、それなー、そこが難しいところだよなあ。そう考えたらやっぱり外せないのはサキュバスか」


「オスという生き物はシンプルでいいっすね」


「ご理解に感謝する」


「理解してないし感謝されてもうれしくないですー。いいからどうなんです?何か変化あります?」


「うーん、無さそう」


そうなのだ、明らかに明確に目の前に謎球体を出現させたにもかかわらず、俺自身には何も変化がなさそうなのだ。疲れたとか、命削ったとか(あえてHPとは言わない)、禿げたとか、太ったとか、そういうのがないのだ。


「これ、ノーリスクであんなもの呼び出せるようになっちゃってるんじゃないっすか?なんかすごくないっすか?」


「うん?あれ呼び出せたら何か得かなあ?10秒程度だぜ?」


何言ってんですがバカですか寝てるんですか、と村主にディスられてからかみ砕くように説明された。


「いいですか?ちょっとしたパスワードであんなもの呼び出すって、もうそれだけで既存物理法則を全無視ですよ。しかもノーリスクっぽい。これうまくしたら大儲けできそうじゃないです?」


「えーーー。なんかめんどくさいことはやだなあ。でもちょっとすごそうな気がしてきてはいるよ。あと村主さん、口調がちょっと変わってる」


「そんなのはどうでもいいんですって。しかし、めんどくさいって。。。まあ小川さんっぽいけど、でもあの球体がなんなのか、どういう性質なのかって調べたくなるでしょ?」


「それはめちゃくちゃあるね。純粋に面白そうだなとは思っている。どうだ、いっしょ咬んでみる気はないか?」


「何言ってんですか、私が主管研究担当ですよ」


「・・・そですか、ええ、わかってましたとも・・・」


こうして俺たちは、暗い球体を研究することにした。残念ながらどこの学会にも発表できない、もちろん会社の業績にもあげられない、非常に個人的な研究に過ぎないのだが。



***********************



典型的?なリケダンとリケジョが雁首揃えて不思議案件を目の当たりにして、研究しないわけはない。そしてその先に思わぬ事件が待っているなどということは、この時の二人には想像もできなかった。そう、事件に遭遇したり巻き込まれたり、時には世界を救ったり、そんなことが普通に身の回りに起こってしまって、もうこれは平和な日常などと呼べる代物ではなくなっていくのだけれど、それすらも楽しみながら日常を守ろうとするリケダンとリケジョは。。。と、ここから先は別のお話かな。


Fin


連載版(N9809IU)もスタートしています。よろしければそちらもご覧くださいませ。

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