彼女の輝き
「みんなぁーー! 盛り上がってるーーーー??」
私は目を奪われる。ステージ上で輝く笑顔に。友人に無理やり連れてこられたライブだった。ライブに来る前は人生史上最悪の気分で、友人の目を盗んですぐに帰ってやろうと思っていた。それなのに――
彼女を見た時世界が変わった。フリルをふんだんにあしらったピンク色のアイドル衣装が激しく揺れ動く。キラキラとしたものが彼女から滴り落ちる。激しいダンスに、難しい歌。そしてアイドルの鉄則、常に笑顔。
それを難なくやってのけることなんて、どんな人間でも不可能だ。だが、彼女はそれを軽々しくやってみせる、ように見せる。
私には彼女は星に見えた。普通の人間は星を見れば、無邪気に思うことだろう。綺麗だなとかロマンチックだなとか。しかし星は自らの命を燃やして輝いているのだ。やがて尽きる命を省みずに空を照らしている。私は彼女の命のかがやきに惹かれたのだ。
みんなに振りまく笑顔。分け隔てなく。誰にも行きわたるように。それでいい。それがアイドルと言うものだ。しかし、私は願ってしまった。その笑顔が、一度でもいいから、私の方だけに向けられることを。
結果を言えば、彼女の笑顔が私に向けられることはなかった。なぜなら、彼女はこのライブを最後に引退したからだ。彼女は悟ったのだ。自分が必要とされないという未来を。
去年、アイドル・三方ヶ原 唯のAI歌唱ソフトが発売された。対して話題にもならなかったほど、普通の音声合成ソフトだったと記憶している。ソフトのクオリティは決して低いわけではないのだが、三方ヶ原 唯の輝きに魅せられた者は模倣たる機械の歌唱には冷笑を返しただけだった。そのソフトを使った歌は、三方ヶ原 唯の魅力を感じず、熱中するほどではなかった。なんたって彼女は本物のアイドルだった。模造品に負けるほど弱い光ではなかったのだ。
しかし、しかしだ。もし、仮に、AIがもっと進化し、彼女の歌声、その輝きすらも完全にコピーしてしまうとしたら? 本当に唯のファンたちは彼女のファンを続けるだろうか。誰もその可能性を考えることはなかった。
私が唯に魅せられてから、そして突然その輝きが消え失せてから、私は仇とも言うべき彼女の模倣に相対していた。
『みんなぁーー! 盛り上がってるーーーー??』
そこにあったのは彼女と寸分違わぬ眩い輝きそのものだった。
リアル以上にリアル。声だけじゃない。VRで表現された世界にたたずむ“彼女”はとても綺麗で、息を呑んだ。ここには私以外誰もいない。“彼女”も厳密には人間ではないから、私一人だ。私一人だけに、その輝きがもたらされる……!!
その事実に気付いたときには、私はその模倣の世界に立つ彼女を食い入るように見つめていた。“彼女”が私に気が付く。右手をパッと挙げて、笑顔を作る。その視線は間違いなく、私一人に注がれている。私は震えた。絶頂に達するほどの快楽が脳天を貫く。
『――――君、いつも応援ありがとーー!! 君のおかげで私は頑張れるよ! これからも応援よろしくねーー!!』
私は彼女の声に全力で応える。全身全霊でペンライト振った。最初で最後のライブでは恥ずかしくてためらいがちだった声援も送った。
私の押し活は、最初の一日と五年続いた。幸せな日々だった。
夢のような時間だったが終わってしまった。“彼女”の幕引きは、彼女の親族が起こした裁判によるものだった。高度なAIモデルは規制される時代になった。AIが台頭するのが五年前の時代の流れなら、AIの規制が今の時代の流れだったのだ。“彼女”を映していたVRは機器は、むなしくブラックスクリーンを映すのみだ。虚しく黒い画面のテレビを眺める。テレビをつけてもつけなくとも、そこに映る輝きは変わらない。三方ヶ原 唯は自身の活動の終了後、世間に忘れ去られひっそりとこの世を去った。
私は二つの世界を同時に失った。誰を恨むこともなかった。“彼女”を規制した親族の人に対しても、自殺した彼女に対しても。
何をやるにしてもやる気が出ない。自殺するやる気も出ない。仕事も行かず、ただダラダラと無為に人生を過ごしていた。そんな時ふと、三方ヶ原 唯のライブのディスクを見つけた。あの時の、最初に行ったライブ映像を収録したディスクだ。
映像はもう古臭く感じた。別に画質は悪いわけはない。ただ、VRの世界に慣れた私は映像の情報量のなさが気になってしまっていた。
なんだ、これも大したことないな。
そう思ったときだった。
『みんなぁーー! 盛り上がってるーーーー??』
ライブ映像がちょうど私が目を奪われたあの時間になった。AIモデルと遜色ない、と感じた。歌も踊りも悪くない。演出だってよく練られている。このライブにかける裏方の情熱がうかがい知れる。そして何より、唯は必死そうだった。悲壮感なんてものは一つも感じない。が、吹っ切れた笑顔がそこにあった。
――――そうだ。このライブの後日、唯は引退する。それを彼女だけじゃなく、スタッフたちも分かっていた。その上でのこのライブなんだ。
今までこんなことは考えてこなかった。私が本当に魅せられた輝きは、もう取り戻すことのできない星の最期の輝きだった。
誰もいない三畳一間に男のすすり泣く声が聞こえる。蝉の声が鳴き声をかき消すくらいうるさく響いていた。
お読みいただき大変感謝です。
一か月一回小説投稿をやろうと思って二か月が経ちました。これは八月分です。七月分は諦めました。時間があればいつか出します。とりあえず九月分を近いうちに出したいです!!