哀遇異傘
「毎日毎日、雨ばっかりでウンザリだ……」
傘を差しながら、通学路を歩く。俺の気持ちを鬱々とさせるのは、連日続いているこの雨の所為である。梅雨だから仕方がないが、こう毎日雨だと気が滅入るのだ。靴や鞄は乾かない上に、部活動は全て体育館で行われている。限られた練習場は他の運動部との兼ね合いもあり、今日は早く帰宅しているのだ。早くあの青空の下、思い切り野球がしたい。
「はぁぁ……あれ? 善太か?」
溜息を吐いていると、不意に先を歩く人物に気が付いた。幼馴染みの善太だ。彼は誰かと一緒に相合い傘をしながら歩いている。傘を相手の方に傾けている為、顔は見えない。しかし白く細い手足に制服のスカートが見えることから、女子生徒だということが分かる。
「そういえば、最近彼女が出来たとか五月蠅かったな……」
幼馴染みの最近の行動を思い出す。突然彼女が出来たと自慢げに語り、部活を休んで帰ることが増えた。高校生になり彼女が出来るのは自然なことだ。何もそれを咎める気はない。 只、最近この辺りでは交通事故が増えている。善太は少し抜けているところがあり、幼馴染みでありチームメイトの俺は少し心配なのだ。
「……っ!? おい、善太!?」
善太は幸せそうに、彼女に微笑みながら突き当りの車道へと歩く。この道路は交通量も多く、大型車がよく通る危険な車道である。それはアイツも分かっている筈だ。
俺の呼びかけにも反応を返さない幼馴染みに、俺は傘と鞄を地面に放り出すと全速力で駆け出した。
「このっ!!」
車道に足を踏み入れようとした瞬間、追いついた俺は善太の腰のベルトを思い切り引き倒した。勢い余があまり、善太と後方の歩道へと倒れ込んだ。靴の先を大型トラックが過ぎ去った。
「おい! 何をしている!? 車道に入るとか危ないだろうが!?」
俺は怒りと心配が最高潮に達し、尻餅をついている幼馴染みを怒鳴りつけた。野球で鍛えているが、人の命が掛かっていたのだ。心臓の音が五月蠅くて仕方がない。
「……え? あれ? うわっ!? 何? 知らないよ! 野球第一なのにそんなことしない!」
「はぁ? 彼女にだらしない顔を見せながら、歩いていただろうが?」
はっとしたように俺を見上げ、弁解をする善太に首を傾げる。真面目であり、噓をつく男ではない。それは幼馴染みの、俺がよく知っている。
「彼女? え? 何のこと? 僕がモテないのは、君が一番知っているだろう?」
「……はぁ? 何を言って……」
お互い立ち上がり、善太は俺の発言に心底不思議そうな顔をした。何かが可笑しい。そうえば、善太の隣を歩いていた彼女は何処に行った?
「……ん?」
ふと、善太の後ろに落ちた傘が揺れた。その傘の影から、セーラー服を纏った白い四肢が這い出てくる。先程見た白い四肢だが、首から上がない。明らかに異質な存在だ。それは未練がましくも、幼馴染みへと手を伸ばす。
「お前か……」
俺は傘ごと靴で、ソレを踏み潰した。耳障りな断末魔が響いた気がしたが、直ぐに行き交う車の音に搔き消された。
それからは、周辺で起きていた交通事故がぱたりと止んだ。