第二話
聖女の力を試してみたいと言ってボロボロの治癒院や孤児院を訪れ、光魔法で癒して回ったり。
王国のとある地方を襲った大量の魔物を俺とリチャードと共に壊滅させたり。
ヘザー様の聖女としての活躍は凄まじいもので、たった数ヶ月で王国中に名を馳せた。
最初こそヘザー様の行動に眉を顰めていた国王陛下でさえ、彼女の功績を褒め称えるほど。
平民たちには感謝され、貴族には利用価値を見出され。時には国の敵対勢力によって危うく誘拐されそうになることさえあった。
そんな中でもヘザー様の明るい笑顔はいつも変わらない。
「リチャードさん、デュアンさん、孤児院で会った女の子からすごい絶景が見られる場所があるって聞いたんです。行きましょ?」
「またそんなことを言って……。無茶し過ぎじゃないですか? たまには城で休んだっていいでしょうに」
「あたし、外で駆け回ってる方が性に合うの。お姫様みたいなキラキラした部屋が気に入ってないわけじゃないんだけど、なんだかじっとしていられなくて。
リチャードさん、いいよね?」
リチャードは無言で頷いた。
「やったー!」と言いながら、リチャードの腕を取って思い切り身をすり寄せるヘザー様。
リチャードが若干気まずそうに視線を逸らすのを、俺は見逃さない。
この日、絶景が見える場所に赴いた二人は、俺のことなど蚊帳の外でずっと寄り添っていた。
まるで本当の恋人同士のよう。おそらくヘザー様はもう、想いを自覚し始めているのではないかと思う。
けれどリチャードが満更でもないだなんて夢にも思っていないだろうし、俺がこっそり伝えてしまえば、この初々しい二人の関係性が変わってしまう。
だから俺は願った。早く、この二人がくっつけばいいのにと。
誰も――たとえ王族であったとしても、この二人を邪魔しないでくれと。
願うだけでは足りないので、早速行動してみることにした。
現状、俺にできる限りのことを。
「俺は明日非番だから、リチャードとヘザー様の二人で出かけてきたらいいんじゃねぇかな。ちょうどダンスパーティーが開かれるらしいし」
騎士という職にももちろん休みはある。
俺は非番の前日、二人にそんな提案をしてみた。
想いを交わすきっかけといえば、デートなどのイベントで互いを意識し合い、そのことに気づいて……という場合が多いと聞く。中でもパーティーというのは王道だそうだ。
あくまで知り合いの女騎士に聞き齧っただけなのであまり確かな情報とは言えないが、俺も恋愛経験皆無なので仕方ない。
何度か片想いを寄せた相手はいるが、皆が皆家格が上過ぎる令嬢だったため、諦めるしかなかったという悲しき過去があったりする。
――ともかく、聞き齧りの恋愛小説の知識頼りの策であるが、やってみるしかない。
リチャードはあまり乗り気ではなさそうだったがヘザー様が「行きたいです!!」と勢いよく言ったので、翌日の遠出は決定された。
「……デュアン」
「そんな恨みがましい目をするなよ、リチャード。ヘザー様と楽しんでこいって」
もちろん俺は非番だからと言って、騎士団の寮でのんびりと一人で過ごすつもりはない。
ダンスパーティーにこっそり参加し、うまく二人を誘導する。それが俺の目的だった。
翌日の昼頃、騎士団の寮からヘザー様たちが城を出ていく姿を目視した俺は、かつらをかぶってメガネをかけ、そこらの紳士に変装した上で後をつけていった。
ヘザー様はクリーム色のドレス。そして彼女に付き従うリチャードは普段通りの近衛服。
可愛らしい少女に誰もが目を瞠るような美男子。お似合いな二人は馬車の中で何やら言葉を交わしているらしいが、遠くから眺めているだけの俺には聞こえなかった。
パーティー会場はとある伯爵家の屋敷。非公式な集まりではあるが、ヘザー様が社交場に出るのは初めてだ。
彼らが馬車を降りると、会話が聞こえるようになった。
「うわーっ、馬車がいっぱいだぁ。それぞれ家紋も全然違うんですね!」
「そうです。あちらがヴァング侯爵家、三匹の鳥が描かれたこちらがアイジス伯爵家……」
ああ、楽しそうだ。
うっかり混ざりたくなってしまい、俺は慌てて首を振った。貴重な二人の時間なのだ、邪魔してはならない。
喋りながら二人がパーティー会場に入って行ったのを見届けて、俺はパーティーの主催者に話を通してから――万が一にも怪しまれて摘み出されることになったら困るので――、中へ足を踏み入れた。
そして目に飛び込んできた光景に、思わず顔を覆いたくなった。
ヘザー様が思い切りリチャードの足を踏みつけまくり、それを食い入るように見つめている周囲の令嬢たちにヒソヒソと囁き合われている。リチャードのリードが上手いからこそどうにか転ばないでいるが、きっと俺なら彼女の下手くそ過ぎる踊りについていけない。
「あんな方がリチャード様と踊るだなんて」
「わたくしの方がよほど上手いですのに!」
「いくら聖女様とてあれはないですよ!」
『氷の騎士』に彼女は相応しくないと憤る令嬢が多く、彼女らは皆が皆嫉妬の視線を向けている。
リチャードはそれほどに人気があるのだと改めて思うと共に、ヘザー様のことが少し心配になった。
だが本人――ヘザー様はというと周りの目など気にしていないようで。
「あはは……綺麗なドレス着てお化粧してお姫様みたいになったら上手く踊れると思ったんですけど」
「もちろん聖女様は麗しくいらっしゃいますが、それだけでは踊ることは不可能。ダンスに必要なのは足捌きとバランスの取り方です。王城で習いませんでしたか」
「ダンスレッスンの教師が怖そうなおばさんだったので、早々に逃げ出しちゃいました! ごめんなさい」
てへっと笑うヘザー様は可愛い。可愛いが、これは大問題だ。
何にせよ彼女にダンスの技術は必須。そうでなくては今のように笑われてしまい、隙になりかねない。
「……では、私がご教授申し上げます。私のリードに身を委ね、感覚を研ぎ澄ませていてください」
「わ、わかりました。じゃあお願いします!」
甘々になるはずだったダンスパーティーはダンスの猛特訓へと変わってしまった。
『氷の騎士』でありながら公爵令息であるリチャードはその手のことに非常に詳しい。それを的確に指導し、少しの躊躇いもなく間違いを指摘していく。
あまりに鬼なその指導内容にヘザー様は軽く涙目だったが、それでも最後までやり遂げようという意気はあるようで、真剣に取り組んでいた。
結果、四時間ほどでヘザー様のダンスは信じられないくらい上達した。リチャードの巧みなリードのおかげもあって、上級者レベルに見えるまでになったのだ。
二人のラストダンスはそれはそれは美しく、嫉妬の眼差しを向けていた者たちでさえ息を呑むほど。
そうして無事にダンスパーティーは幕を閉じ、ヘザー様は満面の笑顔で、リチャードはいつものように静かに退場したのだが……。
「違うっ、これじゃない!」
ハッと我に返った俺は叫んだ。
これでは二人の仲が全く進展していない。ダンスパーティーを勧めた意味がないではないか。
しかしもうパーティーは終了間際で、俺も会場を出て行かざるを得なかった。
帰りの馬車もこっそり覗き見していたが大した出来事はなく、そのまま帰還。
何のためについて行ったのだろうと、貴重な休息日を無駄にしたことに俺はゲンナリとなった。
さて、それからも諦めずに色々な作戦を試した。
騎士仲間や、時には令嬢、令息からもありとあらゆる情報を集め、両片想いな二人をくっつけるために奔走し続けたのだ。
恋人たちに人気のスポットに連れて行った。吊り橋効果というやつを狙ったこともある。
……けれど、結局全部うまく行かなくて。
歯痒い思いばかりした。何度「早くくっつけ!」と言おうとしたかわからない。でもそれでは意味がないのだと自分を抑え、堪え続けた。
時間の猶予はないと、わかってはいても。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本当は二人の恋を応援するなんて間違っているのだろうと思う。――国に仕える騎士としては。
聖女という立場で、本来自由恋愛など許されるものではない。
歴代聖女は皆王族に嫁いだ。その代の王、あるいは王太子に。
別にそういう決まりがあるというわけではない。だが、聖女の身分に釣り合う相手は王族のみだし、聖女が生まれる時代の国王あるいは王太子は聖女の伴侶となるため、婚約者を作らない風習があるくらいだ。
それに、王家に聖女の血を混ぜるのは望ましいとされている。その方が王家の繁栄の力が強くなるという言い伝えがあるのだった。
今の王太子殿下はなかなか聖女が見つからない故に先に侯爵家の令嬢と婚約してしまっているが、それもヘザー様が公の場に出られる程度の礼節を身につければ解消される可能性が高い。
けれど……そんなのは、俺の心情的に許せない。ヘザー様は会ったこともない王太子殿下に嫁がされるのである。恋心を胸に秘めたままで。
王太子殿下は悪い方ではない。むしろ人が良く、誰もから慕われる王子。もしかするとヘザー様は絆され、相思相愛になる未来もなくはないだろうが。
それではあまりにも、リチャードが報われなさ過ぎるではないか。
俺は同僚を、そしてヘザー様という可愛らしい主を全力で応援したかった。
もしかすると二人で想いを確かめ合えば、国から逃亡して駆け落ちなんてこともできるかも知れないのだ。そうなったら俺は打ち首覚悟で手伝うつもりだった。
だがとうとうそんな機会は訪れることなく、その日がやって来てしまった。
ある朝、国王陛下の使者から渡された一枚の手紙。そこには短く簡潔にこう記されていた。
『しきたりに基づき、聖女ヘザーに王太子デルロイ・リー・ユーバンクと婚約を命ずる』
目の前が真っ暗になった。