えんぴつ削りを忘れたあの日
筆箱の中には三本のえんぴつと、一本の赤鉛筆が入っていた。
芯が折れないようにキャップをつけて、芯が折れても大丈夫なようにえんぴつ削りも入れてある。
家に帰ったら宿題をする前にえんぴつを削る。
宿題が終わったらもう一度削って、蓋をして筆箱にしまう。
だけど昨日は宿題がなかった。
普通なら嬉しいし、クラスのみんなも喜んでいたし、僕も一緒に喜んでいたけれど、そのせいで僕は、昨日えんぴつを削らなかった。
筆箱の中には、ちょっと丸くなったえんぴつが二本と、折れて書けなくなったえんぴつが一本。
そしてサイアクなことに、えんぴつ削りを持ってくるのを忘れた。
一昨日、家でえんぴつを削ったときに、机の上に置きっぱなしにしたんだった。
1時間目の国語の時間、書きにくいえんぴつで我慢して、作文を書く。
2時間目の体育は、えんぴつを使わない。外に出て縄跳びの練習をした。
そして……3時間目、算数の時間。ついに最後のえんぴつの、芯が木の部分に隠れて書けなくなった。
先生に「えんぴつ削りたいです」って言えば良いのかな……でも、怒られたりしないかな。
多分先生は「ちゃんと家で削ってきてください」とか「休み時間に削っておきなさい」って怒るんだ。
そんなの僕だってわかってるけど、でも、2時間目は体育だから着替えなきゃいけなかったし、教室に帰ってきたら、えんぴつのことを忘れていたし……
悩んでいると、どんどん授業が進んじゃう。
そうしたら今度は先生は「どうしてもっと早く言わなかったんですか!」って怒るんだろうな……怒られるのは、いやだな。
えんぴつを握って、ノートに書く振りをしていると、隣の席の子に肩をつんとつつかれた。
「ねえ、消しゴム貸して?」
「消しゴム……? いいよ、ほら」
クラスで一番可愛いその子は「ありがとっ!」と言ってノートに書かれた字を消して、すぐに消しゴムを返してくれる。
えんぴつの字を消して黒くなった部分が少し削られて、真っ白になって帰ってきた消しゴムと、一緒に小さな四角い箱がやってきた。
「消しゴム貸してくれて、ありがとね。あと、それ、使っていいよ!」
蓋を開けると、えんぴつを差し込む穴がある。
あの子の机の上を見ると、よく見たら僕のより新しい消しゴムが、筆箱から顔を出していた。
恥ずかしい気持ちで顔が熱くなる。
僕はえんぴつを削る。
カリカリと、小さな音を立ててえんぴつはとがっていく。
トキトキと、僕の胸が小さな声で鳴く。
愛知県の方言で、えんぴつがとがっていることを「トキトキ」と表現するそうです。