醜くなったお姫様、もしくは輝くばかりの愛おしい者の物語
童話のノリを書きたかったので、とても簡単なお話し
昔々、あるところに平和で美しい王国がありました。
そこで、人々は毎日、楽しく仕事をし、時に遊び、平和を維持してくださる王様とお妃様に感謝をして暮らしておりました。
民に慕われる国王夫妻ら、長い間、お子ができませんでした。
お二人は、たいそうな子供好きで、いずれご自分の子供を授かることを夢みておられました。
しかし、そんなある日、ついにお妃様と王様は、お子を授かったのです。お二人はたいそう喜ばれ、王国で暮らす人々も喜びました。
美しい花々が咲き乱れ、世が平和で暖かい日の光が差す中、それはそれは美しい玉のようなお姫様がお生まれになりました。
喜んだ国王夫妻は、さまざまな国へお姫様の誕生の祝いの舞踏会の招待状をお送りになりました。
遠くは海を越え、砂漠を越えた王国にまで招待状は届き、贈り物を持った大勢のお客様がお城にやってきました。唯一やってこれなかったのは、この王国の伯爵夫妻のみで、お城はさまざまな人が入っていきます。
舞踏会へやってくる人々は、玉のようなお姫様をみて、自然と笑みをこぼし、王様とお妃様に祝福の言葉を贈るのでした。
やってきた人々が贈り物とお祝いの言葉を言い終わった頃、暖かく柔らかな風と光がお城の中に入ってきました。
紫の髪に紫の瞳をし、虹色がかった羽を持った妖精が王様とお妃様にお辞儀をし「贈り物を考えており、参上が遅れました」と言いました。
「良い、良い。それで、我らの姫に一体どんな贈り物をしてくれるのかね」
妖精はお姫様をみて「まあ! なんとお美しいのでしょう」と感嘆の声をあげました。
「紫がかった青い瞳に夕焼け色の頬。そして、薔薇色の唇に麦穂のように美しい金色の髪の毛……。お姫様は、きっと、とても美しくお育ちになることでしょう。そして、お二人の愛情に包まれ、すくすくと大きくおなりになるのでしょう」
その言葉に王様とお妃様は嬉しそうに笑われました。
「これではっきりと私の贈り物が決まりました。最上のものをこの美しく愛らしいお姫様へ」
妖精は踊るように手で空気と光をくるくるとさせて、祝福の言葉と共にそれをお姫様へふりかけました。
「美しく愛らしいお姫様、私の贈り物は、人間にとっての美徳、皆に愛されいつくしまれるものでございます。美しい心、そして賢く人を思いやれる心、声はカナリアのように美しく人々を魅了し、おおらかな態度と心を持ち、勇気を持って人生と戦っていけるもの。そして幸福のために行動できる優しさを。その愛らしさで皆を勇気づけ、王国とあなたに幸をもたらすでしょう」
その最上の祝福の贈り物にお二人は感動し、感謝の言葉を述べられました。
妖精はお辞儀をし、その言葉を静かに受けました。
「そなたのおかげで姫は世界一の幸せ者になれるだろう。そのうちの結婚もきっと幸せにまとまることであろう」
それに妖精は「もし、国王陛下、お妃様が、お姫様に幸福なご結婚をお望みならば、もう一つ、贈り物をいたしましょう」と提案しました。
「姫が幸せになれると申すのであれば、ぜひともお願いしたい」
「では……」と妖精はお姫様を覗き込みながら、また手で空気と光をくるくるとさせました。
「愛らしく美しいお姫様はすくすくと育ち、誰からも愛されるでしょう」
「しかし」と空気と光は徐々に黒いものへと変わっていきます。
力強い風が巻き起こり、外では稲妻が光りはじめました。
「十六歳の誕生日に、姫の顔はひどくただれ、この世のものでなくなる。その声もヒキガエルのように醜くなり、人々から目をそらされるような化け物へと変わり果てるであろう。しかし、その心、美徳は変わらずに持ち続け、その奇異、忌避、蔑み、憐れみと立ち向かっていかれるでしょう」
黒く不吉な風がお姫様の中を通り抜けていきました。
王様はひどく動揺し、お妃様はお泣きになられ「なぜそのような」とこぼされました。
「お妃様、これは呪いでありますが、お姫様への最大の贈り物でございます」
「なぜそれが贈り物となるのだ」
「お姫様を真に愛する者からの言葉によって、呪いが解かれるからです。その者こそが、この愛らしく美しいお姫様を幸せにし、生涯ただお姫様だけを一途に愛することでしょう。それをお贈りすることこそが、私の最大の贈り物でございます」
王様は妖精を見つめ、ただ頷かれました。
お妃様も同様に頷かれ「姫にはつらいものになるでしょうが、良い贈り物をしてくださいました」とおっしゃられました。
「ここで宣言しよう。我が姫と結婚する者は、その呪いを解いた者しかいないと」
妖精は微笑んで頷き「時々は、私が姫の様子をみにきましょう。それでは、私はここで失礼させていただきます」と風と光と共にお城から出ていきました。
さて、この贈り物とお姫様の呪いの話しは、瞬く間に世界中に広がりました。
人々は、いずれ美しく成長するお姫様を思い、我が息子が呪いを解くのではないか、と思いました。
もしも、解けば必ずやお姫様と王家の富が入ってくるのですから、皆、夢中になりました。
その噂が十分に広がった頃、少し遅れて誕生の舞踏会にやってこれなかった伯爵夫妻がお祝いへやってきました。
伯爵夫妻は、ちょうど舞踏会の頃に子供が産まれ、行くことができなかったのです。
王様とお妃様は、同じように父と母になった伯爵たちへお祝いの言葉をおかけになりました。
「それで、いったい、産まれたのは、男の子かね。女の子かね」
「男の子でございます、陛下」
王様はにっこりと「それは良いな。そなた達が良ければ、その息子を姫の護衛騎士にせぬか」とおっしゃいました。
「それは恐れ多いことで……」
「伯爵は、私の知る中でも、もっとも気高く誉高い騎士だ。そなたの息子とあれば、それも同様であろう」
伯爵夫妻は、少し謙遜した後「我が陛下がそのようにおっしゃるのであれば、息子をお姫様の騎士にいたしましょう」と約束しました。
「きっと、お姫様をお支えし、いつ何時でも助けになるよう育ててみせましょう」
「それはなんとも心強い。では、祝福を贈ってくれた妖精にも、そのことを伝えよう」
「ありがたき幸せに存じます」
「それではいずれ、またまみえようぞ」
伯爵夫妻は礼をとって出ていきました。
お妃様はベッドでお眠りになるお姫様を抱き上げ、優しくキスをなさり「きっと、素晴らしい騎士になられるわ」とおっしゃり、王様もお姫様の頬にキスをされました。
伯爵夫妻戻ると、お姫様に祝福を贈った妖精が待っていました。
「あなた方の息子が、あの愛らしく美しいお姫様の騎士になると聞き、祝福を贈りにやってきました。どうかお受け入れくださいますよう……」
伯爵夫妻は喜んで受け入れ、息子と引き合わせました。
「おやまあ、なんと精悍なお子でしょう。きっと良い腕前を持った騎士になることでしょう」
妖精はにっこりと「では、騎士たる者への祝福を」とお姫様へ贈り物をした時のように手で風と光をくるくるとさせ、祝福の言葉と共にふりかけました。
「愛らしくも美しいお姫様の騎士よ、私の贈り物、それは力強くも暖かい心を持った高潔な魂。そして、何ものからも守り抜ける強さとどのような試練をも乗り越える気高き勇気。誘惑に負けない潔癖さを。騎士として良い選択をし、お姫様を守っていけることでしょう」
伯爵夫妻は「祝福のおかげで、きっと立派な騎士になれるでしょう」とお礼を言いました。
妖精は、微笑んで、風と光と共に消えてしまいました。
こうして、愛らしくも美しいお姫様は素晴らしい騎士に恵まれることとなったのです。
騎士は妖精の祝福の通り、誉高く気高い精悍なよい腕前を持った青年へと成長し、お姫様も妖精の言った通り、皆から愛され、その愛を一身に受けて、まっすぐにすくすくと美しく成長されました。
年を経るごとに、輝きは止まるところを知らず、その美貌は世界中で噂となるほどでした。
美しい瞳は宝石よりも輝き、稲穂のような美しい髪も艶やかに伸び、お姫様が笑うと花でさえ恥じらうほどの愛らしさでした。人々はお姫様の美しさを褒め称え、優しさと賢さに尊敬と愛おしさを感じ、誰もがお姫様を愛していました。それは、もちろん、お姫様の騎士もでした。
しかし、ついにお姫様は十六歳の誕生日を迎えることとなりました。
十六歳の誕生日を迎えた朝、お姫様は妖精の呪いの通り、その美しさも愛らしさも消え失せ、人が目を背けたくなるような醜い化け物へと変わり果てていました。
「ああ、呪いは本当だったのね」とお姫様はヒキガエルのような声でため息をつきました。
「姫、入ってもよろしいでしょうか」
それは、お姫様の騎士の声でした。
騎士は、お姫様の呪いが出てきた時のために、待っていたのです。
彼は妖精から「きっと呪いによって姫は不幸になる。醜い容貌に成り果てたお姫様は、その醜さから危害を加えられることもあるだろう。それは剣や槍だけではない、言葉もある。あなたはその時のために、強くなり、あの愛らしくも美しいお姫様を守らねばならないのですよ」と言われてきました。
そのため、騎士はお姫様のことを考え、使用人に部屋へ入らないように言い聞かせて、起きるまでずっと外で待っていたのです。
「もちろんいいけれど」
「使用人は、皆、待機させています。まずは私が姫の状態を確認させていただきます」
「お入り、エスター。私は扉に背を向けて待っているわ」
騎士は扉を開けて中へ入りました。
そこには、薔薇のように美しいお姫様はいず、背の低いずんぐりむっくりとした人間がいました。
あの麦穂のような髪は、枯れ草のように彩と艶を失っていました。
「ごきげんうるわしゅう、我が姫。十六歳のお誕生日、おめでとうございます。この日に姫に拝謁できたこと心から光栄に思います」
その言葉にお姫様は騎士の方をむきました。
人々から讃えられた美貌は消え、そこにあるのは引き潰れたような醜い顔と爛れた肌をした化け物の姿でした。これこそ正しく呪いでしょう。
騎士は内心驚きましたが、至って平生の通りの表情でお姫様と向き合いました。
「お祝いの言葉をありがとう、エスター」
そのお姫様の言葉に騎士は微笑みを浮かべました。
姿は醜くとも心は変わらぬ美しさを持ったお姫様がいたからでした。
「手伝いの使用人を呼びましょうか」
「ええ」
騎士は、お姫様のお顔を隠すベールを差し出す用意もしていましたが、すぐに使用人たちを呼びに向かいました。
お姫様は、十六歳の誕生日のことを、毎日考えて、いつも通りにする、と決めていたのです。
時々、様子をみにくるあの妖精から「十六歳の誕生日を迎えると、あなたの美貌はなくなり、鏡をみて現れるのは化け物のような姿になりはてたご自分でしょう。ですが、ご安心なさい。その呪いは一年で解けるのです」と教えてもらっていました。
だからといって、お姫様が喜んだかと言えば、そうでもありませんでした。
「もし、その間に呪いを解く人が現れなかったら?」
妖精は微笑み「そしたら、変わり果てたあなたをみても態度を一年間変えなかった人間を選べば良いのですよ。しかし、我らの愛らしく美しいお姫様がお望みとあれば、醜い姿を維持することもできます」と言いました。
お姫様は微笑み「では、きっと、私は延長するわ」とおっしゃいました。
「それでこそ、私が祝福を送ったお姫様です」と妖精は満足そうに頷きました。
お姫様が、妖精とのことを思い出していると「姫、支度の用意が整いました。使用人を中に入れます」との声がしました。
十六歳の誕生日を迎え、醜く変わり果てたお姫様の部屋に、使用人たちが入ってきました。
使用人たちは、姫の容貌を見ると、一斉に青ざめました。
ある者は、気絶し、ある者はあまりの醜さに震えて座り込むといったしまつでした。
騎士は叱咤し、身支度を整えるように言いましたが、誰も入ってきたところから一歩も動きません。
お姫様は仕方がないというように微笑み「私も鏡を見て震えたわ。どうぞ、自分で身支度をするから、出て行っていいわ」とおっしゃいました。
使用人たちは、声さえ変わり果てたことに息をのみ、うまく言葉も発せないままに部屋を出ていきました。
唯一残った騎士が「お手伝いいたします」と言って、お姫様の身支度を手伝いました。
「あなたは、朝から、いつもと変わらないわね。驚かなかったの?」
「いえ、驚きました」
お姫様はゆっくりと頷き「私、醜くなったわ」と言いました。
「声でさえ、ヒキガエルのよう」
「しかし、お心は変わらずにいらっしゃいます」
お姫様は嬉しそうに笑いました。
「これから、お父様とお母様にご挨拶に行くわ。昨日から、その予定だったでしょう?」
「ええ、その通りにございます」
「では、すぐに参りましょう」
騎士は礼儀正しくお辞儀をすると、手を差し出してエスコートを申し出ました。
お姫様はその手をとり、微笑まれました。
醜く変わり果てたお姫様が、廊下を進むたび、すれ違う人々は悲鳴をあげ、青ざめ、へたりこんでいきます。誰も、お姫様にお誕生日のお祝いを言う者はいません。
王様とお妃様のいらっしゃる広間への扉で待機する騎士は、お姫様の顔を見て震えて扉を開けることさえしません。
そのため、お姫様の騎士が「国王陛下ご息女、ヴェラ王女のおなり!」と言い、扉を開けてお姫様が入れるようにしました。
王様とお妃様は、お姫様の変わり果てた姿を見て、息を飲み、はらはらと涙をこぼされました。
しかし、お姫様が微笑んでいるのを見て、お二人も笑みを浮かべて「私たちの愛らしい姫の姿をよく見せておくれ」とおっしゃいました。
お姫様は少しずつ近づき「見事に醜くなりましたわ」と言いました。
「それでも私たちの愛らしい姫だとも」
「ええ、そうですよ。十六歳になったあなたを抱きしめさせておくれ」
そうおっしゃる王様とお妃様の元へ、お姫様は駆け寄り、きつく抱擁を交わされました。
「姫、十六歳の誕生日おめでとう。これは私たちからの贈り物だ」とそれはそれは美しいベールをお贈りになられました。
「もしも、隠したくなったら使うんだよ」
「お父様、お母様、ありがとうございます。大事にしますわ」
「今日の舞踏会はどうするかね」
「皆さんが一生懸命用意してくださったのですもの。出ますわ。それに、この呪いは皆が知っていることですし」
王様は頷き「では、予定通りに行おう」とおっしゃいました。
お姫様は嬉しそうに「毎年、誕生日に開いてくれてありがとう、お父様、お母様。私、幸せだわ」とおっしゃられて、広間から出ていかれました。
また来た時と同じように、見かける人間は皆、お姫様を見ると怖がり、嫌そうに目を背けていきます。
誰もが、その醜い化け物が、お姫様だとはわかっているのですが、なかなか、いつものようにはできないようでした。
お姫様は、外にお散歩に出られることにしました。
庭園に咲く花々も、変わり果てたお姫様に驚き、花をしぼめ、蕾になり、土へ隠れるものもありました。
騎士はその様子に、お姫様が傷つくのではないか、と心配をしました。しかし、お姫様が平気そうに「きっとあの場所でライラック様がお待ちになっているはずよ」とスタスタ歩いていかれるので、ほっと安心しました。
少し木陰になっている場所にいつもはない、机と椅子がおかれ、紫色の妖精が待っていました。
祝福を贈った妖精は、お姫様を見ると綺麗にお辞儀をし「十六歳のお誕生日、おめでとうございます」と言いました。
「ありがとう。顔をおあげになって」
「呪いで醜くなられたが、中身は変わらずお美しい」
お姫様は照れたようにはにかみ「ライラック様の祝福のおかげですわ」と言いました。
「いいえ、そのようなことはありません。我らが姫の気性のおかげですよ。それより、今朝はいかがでしたか」
「驚きましたわ」
「そうですか。皆の反応はいかがです」
「とても恐れているようでしたわ。でも、私も鏡を見て震えましたもの。当然の反応でしょう」
妖精は、ちらりと騎士を見て「あなたの騎士はいかがです」と聞きました。
お姫様は嬉しそうに「エスターは変わりませんでした」とおっしゃいました。
「そうですか。本当ですが、エスター」
「多少驚きはしました」
「多少ね。それは、大変よろしい」
妖精は満足そうに笑い「では、十六歳の誕生日の贈り物を」となにかを引き寄せるように手招きをしました。すると、風と光が招く手に集まり、小さな箱が出てきました。
「これは、我らの愛らしく美しいお姫様がこの一年間、危ない目に合わないようにまじないを込めた指輪です。どうぞ、お納めください」
お姫様はお礼を言って受け取り、箱の中身を見て「まあ、綺麗……」とため息をつきました。
中に入っていたものは、素晴らしい銀細工をされ、美しいアメジストがあしらわれた指輪でした。
「こんな透き通って深い色をしたアメジストは初めて見ました。とても嬉しいです。大事にしますわ」
妖精はにっこりと頷き「それでは、良い一年になるよう、心からお祈り申し上げております」と言うと風と光に乗って消えました。
「ライラック様は、よく気にかけて下さって、ありがたいわ」
「そうですね」
「エスターもライラック様に祝福していただいたんでしょう?」
「はい。姫の騎士になると決まり、いただきました」
「きっと素敵な贈り物だったんでしょうね」
「はい」
お姫様は、しばらくそこに座ってから、お城へ帰られました。
さて、ついにお姫様の十六歳のお誕生日の舞踏会が開かれました。
お城には各国から人々が訪れ、愛らしく美しいお姫様のための贈り物が塔のように積まれていきます。お城へやってきた人々は、十六歳の誕生日にお姫様の呪いがどうなったのかとても気になっている様子で、そこら中で噂話がなされていました。
その噂の的のお姫様は、なんとか慣れた使用人たちと一緒に身支度を整えている最中でした。舞踏会が始まっても、未だに終わっていないのは、慣れたとは言っても、その醜い顔を近くで眺めると皆が震えてうまくすることができないからでした。
どうにか最後にちょこんとティアラを頭にのせて、お姫様の身支度が終わりました。
「皆さん、怖い中、よく最後までやってくれたわね」
「そのようなお言葉を頂けるほどの仕事はできず、ちょうだいするのも、もったいないかぎりです」と誰かが言いました。しかし、お姫様は首を振って「いいえ、鏡も見れないほどの顔ですもの。支度を手伝ってくれただけで素晴らしいわ」とまたお褒めになりました。
使用人たちは深くお辞儀をして、一斉に出ていきました。
お姫様の心は変わらずの優しさと気品に満ち溢れておりましたが、使用人たちは顔の醜さにどうしようもなく恐怖を感じるのでした。
お姫様は騎士に言いました。
「今日は一体、どなたといくのかしら」
騎士は手袋の埃を少し払ってから、手を差し出し「私でございます、姫」と誇らしそうに言いました。
「まあ、嬉しい」とお姫様はゆっくりと手を預け「あなたが隣にいるなら、心強いわ」と微笑まれました。
本当は、お姫様も少し大勢の前に出ることは怖かったのです。
お姫様と騎士はゆっくりと舞踏会のある大広間の扉の前までやってきました。
門番は、お姫様の顔を見ないように空を見上げながら「国王陛下ご息女、ヴェラ王女様! そしてその騎士エスターの入場です!」と叫びました。
人々は、扉が開き、お姫様を見て、息をのみました。
誰もがお姫様の周りに、以前のように駆け寄らず、誰もお祝いの言葉を投げかけません。
しかし、お姫様は微笑みながら王様とお妃様の元へと向かい「お父様、お母様、私のためにこのような舞踏会を開いてくださってありがとうございます」とおっしゃいました。
「私たちの可愛い娘よ。あなたのために開くことは当然のことよ」
お姫様は嬉しそうに微笑み「お母様の子供に産まれてよかったわ」とおっしゃいました。
王様とお妃様は微笑み返され、お客様に「我が王国の姫の十六歳の誕生日に集まってくれて感謝申し上げる」と朗々とおっしゃいました。
「さて、ご覧の通り。姫の呪いは現れた。この姿を見ても、以前と変わらぬ態度で、真心で接する者、真に愛する者の言葉で解けるであろう。そして、その者こそが、姫と結婚できるのだ」
王様は集まった人々の顔をぐるりと見渡し「その前にお祝いの席だ。皆、賑やかにしてくれ」と仰るとお姫様を椅子に座らせました。
集まった人々は、皆、お辞儀をし、お姫様にやっとお祝いの言葉を送りました。
姫は微笑みながら、その様子を見て「皆さん、ありがとう」とおっしゃいました。
人々は声でさえ、醜くなったことに驚きを隠せない様子でした。お姫様が「さあ、皆様、お楽しみになって」とおっしゃると、それぞれ気まずそうに舞踏会を楽しみはじめました。
「姫、なにか持ってきましょうか」と騎士が聞きました。
「いいえ、結構よ」
騎士は一つお辞儀をして、後ろへ下がりました。
舞踏会が始まって時間が経った頃、一陣の風と光が現れ、紫色をまとった妖精がやってきました。
「このたびは、おめでとうございます」
「まあ、二度目ですわね。ありがとうございます」
妖精は周りをぐるりと見渡し「もう一度、私たちの愛らしくも美しいお姫様のために言いましょう。この呪いは、お姫様を真に愛する者の言葉によってとかれると言うことを」と言いました。
「そして、お幸せにおなりになれるでしょう」
お姫様は微笑み、頷くと「きっと私も、その方のことを愛するのでしょう」とおっしゃいました。
その場に来ていた息子のいる親は、もちろんこう思いました。
「息子が呪いをとけば、きっと、この国の王様になれるだろう」
そして、その場に来ていた青年たちは、こう思いました。
「呪いで今は醜いが、とけさえすれば、あの美貌が手に入り、王様の席に座れることもできるだろう」
人々は、皆、あの美しいお姫様を愛していました。
敬愛し、大事にしていたのです。
そのため、皆、自分や息子が呪いを解くことができるだろう、と考えていたのです。
しかし、呪いを授けた妖精は、ちっともそう思っていませんでした。
呪いを解けるのは、お姫様の輝くばかりの姿を愛した者ではなく、また、その美しい心を愛した人間ではない。お姫様の醜いところも、美しいばかりでない心をも、愛おしく大事に思っている者こそがとくだろう。
そう思っていたのです。
ですので、妖精は、この場にいて、お姫様を望む者たちにとくことはできないだろう、と確信していました。
舞踏会も終わり、やってきた人も帰り、お姫様も眠りに着く時間となりました。
お姫様の騎士が一人、もくもくと寝るための支度を手伝い、部屋の灯りを消していきます。
「ねえ、エスター」とお姫様が騎士を呼びました。
蝋燭を一本持った騎士は、ゆっくりとお姫様の横たわるベッドのそばへ行きました。
「今日はいつもの誕生日と違って、とても楽しかったわ」
「それはよかったです」
「明日は、あなたの誕生日ね」
「はい」
「贈り物があるわ」
「毎年、言っておりますが、私に贈り物は不要です」
お姫様は不満そうに「これは私の感謝の贈り物です。あなたが、私の騎士でよかったと、誕生した日を祝いたいの」とおっしゃいました。
騎士は照れ臭そうに首の後ろをかき「では、謹んでいただきます」と言いました。
お姫様は、ベッドの横の引き出しから小さな箱を取り出して「最近、耳飾りを探しているようだったから、色々と探したわ」と騎士にお渡しになりました。
騎士はさっそく贈り物の箱を開け「素敵な贈り物をありがとうございます、姫。これは、私の好きな宝石です」と嬉しそうに言いました。
お姫様は微笑み「明日、きっとつけて頂戴ね」とおっしゃり、目を閉じました。
騎士は静かに下がり、自分の部屋に戻って、その贈り物を眺めながら、今までお姫様にいただいた贈り物を入れた箱へ丁寧にしまいました。
きっと、明日だけ耳飾りをつけて、あとは、また大切にしまっておくのでしょう。騎士はお姫様との思い出をいつでも、それはそれは大事にしているのですから。
お姫様が醜くなって幾分か時間が経ち、お城の人々もその醜さになれ、以前のように接するようになりました。
しかし、一部の人は、醜くなったお姫様に嫌がって、近づかない者もいました。
お姫様は、どうやら気になさっていない様子でしたが、騎士は不愉快に思っていました。
さて、態度が変わっていく人々がいる中、お姫様に御目通りをしたいと願う人々が大勢、お城にやってくるようになりました。その人々の列は国境まで延びるほどでした。
王様もお妃様も呪いをとこうとやってくる人々を追い返すことはせず、お姫様も毎日、快くお会いになられ、お城はいつも賑やかでした。
今日も、どこからかやってきた貴族の令息がお姫様に挨拶をし「ああ、麗しき我らの姫よ。あなたにお目通りができたことに神へ感謝を! あなたのその容貌が変わり果てようと私の姫に対する敬愛は変わることはなく云々」とつらつらと素敵な言葉を姫の顔を見ずに言い続けます。
お姫様は礼儀正しく椅子に座りながら、優しく相槌をうつだけです。
令息は長い長い詩を読み、お姫様の顔をようやく見て、顔を引き攣らせながら「愛しい我が姫よ。呪いがとけ、あなたの美しさが戻るまで、私は何度でも、真実しかない言葉を言い続けましょう」と言います。
お姫様はゆっくりと頷き「素晴らしいお言葉に感謝いたします」とおっしゃるだけでした。
令息は、とけない呪いに肩を落として帰っていきます。
そうして、また、出て行った令息のような青年が、意気揚々と入ってきては、似たような言葉を言って帰っていくのでした。
騎士は時々、お姫様に「そろそろおつらくはありませんか。休憩をされてはいかがでしょう」とこっそりと言います。
騎士は、内心、この中身の伴わない美しい言葉を聞く度に、腹がたって仕方がなかったのです。
そのような言葉が、妖精の言う真に愛する者の言葉だろうか。私ならば、あのような空虚な言葉は並び立てないだろう。
そう思っておりました。
騎士は、お姫様を心から敬愛して、大事に思っておりましたが、彼はお姫様の騎士であって、王子様ではないのです。
時折、本物の王子様がやってきて、先ほどの貴族令息よりも美しく洗練された言葉と仕草でお姫様に言葉を贈るのですが、誰も、未だに呪いをとくことはできていませんでした。
王様とお妃様は、毎日、心配して様子を見に来られましたが、いつも決まってお姫様は疲れた顔で「とてもいい時間が過ごせましたわ」と言うだけで、結婚の気配は一つもありませんでした。
続々と青年たちやはたまた老人から子供までやってきて、お姫様に色々な言葉を贈っていきます。
皆、お姫様の美貌を知り、また王様の地位や富が欲しいのでした。
そこら中で「呪いを解けば、あの愛らしく美しいお姫様は自分のものになり、どのような身分であったとしても王様になれるだろう」という話がされていました。
通りかかった、話を知らない旅人もそれに食いついて、お目通りを願うほどでした。
その様子に、一番腹を立てていたのは、お姫様でも、そのご両親である王様とお妃様ではなく、やはりお姫様の騎士でした。
毎朝、お姫様の身支度を手伝い、大広間では、その斜め後ろで、お姫様自身を見ているわけではない欲ばかりの薄汚くも美しい言葉を聞いているのですから、仕方がないことでしょう。
お姫様は、内心怒っているだろう騎士に「そんなに怒るものじゃないわ。そういうものよ。道理のわかる年になってから、覚悟はしていたわ。皆、きっと、呪いをとけば力も富も手に入ると喜んで、私の前に跪き、色々な言葉を贈るだろうということくらい」と言い、心を慰めるように微笑まれるのでした。
その度に、騎士は申し訳ない気持ちになりました。
そういった夜は、お姫様が今まで優しくしてくださったことや、毎年の誕生日の贈り物を見て、心を慰め、きっとどんな不幸も騎士として薙ぎ払って行こうと決心するのです。
お姫様の方は、時々、虚しいようなお気持ちになられることがありましたが、とっくの昔に予想して「このようなものなのでしょう」と思っていました。
ある晩のことです。
お姫様の眠る部屋の窓からこんこんと音がし、急に風が部屋に押し寄せてきました。
驚いて起きたお姫様は、窓の近くに男がいるのを見て、さらに驚きました。
「驚かせて申し訳ない」と男は言いました。
「このような美しい月夜にお姫様にお会いしたくなったのです。あなたに会うために城壁を上り、見張りを欺き、こうして参りました。私は、お姫様を愛しております。その姿がお変わりになったとしても、この心に偽りはありません」
お姫様は、驚いてしまって声も出せません。このような夜に突然、人が窓から入ってくるとは思えなかったのです。それに、この男の言葉も、あの広間で延々聞かされる空っぽのものと変わりはありませんでした。
男は、失礼にも、お姫様のベッドに近づき「おお、なんと哀れなヴェラ姫様!」と嘆きました。
「このようなお姿に変わり果てて、さぞお悲しみでしょうに! この私が、きっと姫の呪いをときましょう」とベッドに片手をつき、お姫様ににじり寄りました。
お姫様はとっさに、そばにあった呼び鈴を鳴らしました。それは、騎士の部屋に繋がり、そこでしか音が聞こえないのです。
男はまったく逃げようともせず、お姫様の爛れた手をとり「私の言葉に偽りなどありません」と言いました。
そうして、男が手に口付けをしようとする前に、部屋のドアが開き、剣と弓を持った寝巻きのままの騎士が入ってきました。騎士は、何かを言う前に矢をつがえて、男に向かって放ちました。
幸運なことに男は間一髪で矢に当たらず、慌てて窓から飛び降りて、足を引きずりながら去っていきました。
「姫、お怪我は……」
「ええ、大丈夫よ。少し驚いたわ。明日から扉にかんぬきでもかけてちょうだい」
「早急に」
騎士は、窓を睨みながら「今日は、おそばで寝ずの番をしても?」と聞きました。お姫様は、ホッとされた様子で頷き、そのままお眠りになりました。
さて、次の日、さっそくお姫様のお部屋の窓にかんぬきがかけられ、外から誰も侵入することはできなくなりました。
お姫様のご両親である王様とお妃様は、かわいそうなお姫様を抱きしめながら、男を追い払った騎士に褒美を与えようとされました。
しかし、騎士は断固として受け取らず、深い後悔と反省の面持ちで「このような侵入者を出してしまったのに、褒美など受け取れるはずがありましょうか」と言いました。
王様とお妃様は、騎士の気持ちを考えて、褒美を与えずにおくことにしました。
お姫様は、騎士が褒美を受け取ろうとしなかったことを、少し残念に思いました。受け取らないだろうと、お思いになってはいましたが、お姫様としては褒美を受け取って欲しかったのです。
今まで、騎士は、なにがあっても褒美を受け取ろうとせず、今まで褒美として受け取ったものなど、お姫様の摘んだ花やちょっとしたお菓子などばかりでした。金銭や宝石など、頑なに固辞し、どれだけ手に持たせようが頼み込もうが受け取らないのです。
お姫様は、受け取ってもいいものを……とお思いになりながら、今日もやってくる男たちの言葉を微笑んでお聞きになり、相槌を打たれます。
その話をする男たちの中に、一人、足を引きずる者がいました。
騎士は、疑り深い眼差しで男を眺め、もし、侵入者であればひっとらえなければならない、と周りの人間に目くばせをしました。
確かにこの男こそ、侵入してきた無礼者でありました。
お姫様は、暗がりで、あの侵入者の顔はよく見えなかったものの、声であの男だということがわかりました。それで、相槌を打ちながら「どうするべきかしら」と考え始めました。
男の話が終わると、お姫様は「どうやら、足がお悪いようですね」とお声をかけられました。
「ええ、昨晩、階段から落ちたもので、怪我をいたしました」
「まあ、大変ですわね。騎士を一人つけますから、途中まで一緒に帰られると良いでしょう」
男はだらだらと汗をかきながら「いいえ、そのようなお手を煩わせるようなことは、できませぬ」と頭を横にふりました。
「せっかくここまでお越しになったのですから。門を越え、扉を越えて来たのですから。そうでしょう?」
その言葉で騎士はすぐに侵入者であるとわかり、ずいっと前に出て「私が送りましょう」と言いました。お姫様はにっこりと頷き「ご苦労」とおっしゃいました。
騎士は、男に肩を貸してやり、出ていきました。
足を引きずっている男は気まずげに黙りこくり、騎士も黙ってお城の前まで送りました。
「……侵入したのはお前だな?」
男はびっくりして腰を抜かしました。
「どうやら、姫は罰を与えない決断をなさったようだ。本当なら、きつく折檻や罰を与えるところであるが、見逃そう」
「あ、ありがとうございます!」
「二度はない。同じようなことをする輩が出れば、お前を罰し、見せ物とする。わかったな?」
男はゾッと青ざめながら、何度も何度も頷きました。
「それはそれとして、どうして姫の部屋に侵入しようと思ったんだ」
「それは……」
「正直に答えろ。でなければ、命はないものと思え」
男は唾を飲み込んで「怒らないでくださいね」と前置きをし、話し始めました。
「お姫様が、本来はお美しいとはわかっているのですが、あの姿を見てしまうと、言葉が空虚になっていくのです。本当にお美しいのはわかっていても、醜い姿を見ると、どうにもだめなのです。だから、姿のしっかりと見えぬ夜ならば、本当の言葉が伝えられるだろう、と思ったのです」
騎士はゆっくりと頷きました。
「でも、呪いは解けませんでした。あの暗がりで、私は美しいお姫様の幻想を見て、それに対して偽りのない言葉を伝えたはずなのに……。私は、本心からお姫様を愛しております。それは事実です」
再度、ゆっくりと頷いた騎士は「お前の言葉でとけなかったのは、真に愛していなかったのだろう」と言いました。
「なぜです。本当に、私は……」
「愛しているのは、姫の美しさだけだ。そんな人間の言葉で、とけるものか」
そう忌々しそうに男を睨みつけ「あの醜い姫も姫だ。我らの愛おしくも美しい姫だ」と言って、お城に戻っていきました。
今日は、あの紫色の妖精がやってくる日です。
朝から、お城の人々は慌ただしく、綺麗でよく整理されたお庭に、お茶会の用意をし始めました。古くも美しい白い机や椅子、それから食器も並べられていきます。厨房では、お菓子が焼き上がり、盛り付けられていきます。
そうして、用意ができると、お姫様も身支度をして、席へと向かわれます。
もちろん、騎士も一緒にです。
妖精は時間ぴったりに風と光と共にやってきて、お姫様へ恭しく挨拶をして、席へつきました。
「それで、いかがですか、最近は」
お姫様は困ったように笑って「いろんな人がやってきて、寂しくはありませんわ」とおっしゃいました。
「それは結構」と言う妖精に、騎士は表情は変わらないものの、不満げな目をしました。
「エスターの方は、どうやら不満がありそうですね」
「私が言うようなことではありません」
「言ってごらんなさい。いいわよ」とお姫様がおっしゃいましたが、騎士は首を振って「いえ、お聞きになるほどのことではございません」と断りました。
お姫様は無理強いをするのは、悪いとそれ以上聞かず、妖精に「お茶はいかがです?」とお聞きになりました。
「ええ、いただきましょう。呪いの方は変わらず、解けていない様子ですね」
「皆、醜い姿では、本心でも嘘を言っているような気分になるのでしょう」
妖精は笑って「そのような者では解けるわけがありませんよ」とお菓子を口に放り込みました。
「近頃は、もしかすると、私のことを真に愛しているのは、母と父だけではないか、という気がしてきました」
「そうかもしれませんが、そうでもないと思いますよ。愛にも種類がございますでしょう? もしも、王様とお妃様の言葉で解けるのならば、それは贈り物でも呪いでもないのです」
妖精はティースプーンを杖のように振りながら「ご両親からの愛、友人からの愛、恋しいものへの愛、尊敬する者への愛、自然への愛、無償の愛……どれも愛です、お姫様。だから、あなたのことを愛しているのは、お二人以外にもいますよ。呪いを解く種類の愛ではないだけ」と言いました。
お姫様はホッとした様子で頷かれ「私ったら、弱気になっていったみたいですわ」とおっしゃいました。
「あのような言葉たちを聞いていれば、しかたがありませんよ」
「でも、いい時間を過ごせていますの。時々、純粋にお礼をいいにいらっしゃる方がいるんです」
お姫様は愛おしそうにお城の方を見て「普段は会えないような農夫がやってきて、分厚く膨れた黒い手を差し伸べて言うんです。「お姫様、わしらは幸運です。あなたのような心根の方がいらっして。わしらが飯のないときに、王様たちが貯めていた作物を行き渡らせてくれた。お姫様も貧しい食事をなさっていたと聞きました。わしらが、耐え忍べたのも、幼いお姫様が一所懸命、我慢しているのだと思えばこそです。あなたにいいことがあるよう、わしらは祈っております」と……。私、嬉しかったわ。あんな暖かい手の人にそう言ってもらえて」とおっしゃいました。
妖精は春の日差しのように微笑んで「私たちの愛らしく美しいお姫様、私もその一人であることをお忘れにならないでくださいね」と言いました。
お姫様はきょとんとしていましたが、そのうちに笑顔になって「光栄ですわ」とおっしゃいました。
妖精の言葉は、本心からのものでした。
あの誕生を祝う席で、お姫様を見てから妖精の胸に小さく優しい気持ちが芽生えたのです。それまで、妖精が優しくなかったというわけではありません。優しくはありましたが、ただ、親身になれはしなかったのです。
しかし、幼い玉のようなお姫様を一目見た瞬間、なんとも不思議なくらいに愛おしく思ったのです。
もしも、お妃様が乳母に望んだのならば、妖精は、喜んでなったことでしょう。そのくらいの気持ちになったのです。それは、妖精にとって嬉しい芽生えでした。
妖精は、このお姫様がいつまでも幸せであれるようにと、贈り物をしました。
誰からも愛され、笑顔でい続けられる王族の女の子として、必要なものを与えたのです。
しかし、ふと、妖精は思いました。
「お姫様は結婚しなければならない」
もしも、美しく成長されたお姫様の容姿しか愛さない男だったら? それは幸せと言えるのだろうか? このお姫様は、きっと贈り物のおかげで、残酷な夫だったとしても懸命に愛情を注ぐだろう。それでは、幸せになれないのではないか?
妖精は考えました。
今まで出会った涙を流す女性たちのこと、彼女たちが語った話を思い出し「容姿と能力や権力、富だけでお姫様を愛さない人間でないと」と思いました。
そうして、この呪いを贈ることにしたのです。
お姫様にとって残酷かもしれない贈り物でしたが、どうしても贈らねばならない、と思ったのです。
しかし、贈ったものの、妖精には、一つだけ懸念していることがありました。お姫様のお気持ちではなく、周りの人間のことでした。
幸い、いままでのお姫様の数々の美徳と人徳により、多少の変化はあれど、かねがね良い関係のままの様子で、妖精は来ては毎回、ホッとするのでした。
それに一番安心したのは、妖精が贈り物をした騎士が変わらずにいたことでした。
王様とお妃様が、いつかのために、と幼い頃から共に過ごす騎士をつけるとおっしゃった時、妖精は喜んで、すぐに風と光と共に飛んでいったのです。
そして、その騎士になる赤子を見て、妖精はお姫様と同じように、この男の子のことも愛おしく思いました。お姫様とは違う優しい心持ちになったのです。
そうして、お姫様と騎士のために、贈り物を与えました。呪いは一つもありません。
ただまっすぐに高潔に育つことだけを考えて贈ったのです。
妖精は、時々、お姫様と騎士の様子を見にいきました。
二人がすくすくと育ち、分別が多少つく頃になって、出会い、友情を育んでいく様子を見てきたのです。妖精にとって、二人が大きく育っていくことは喜びでした。
騎士もお姫様も、この紫色の妖精になついていました。今でも、二人は、妖精のことを大事な大人だと思っているのです。
妖精とお姫様がおしゃべりしていると、がさごそと植え込みが揺れて、ひょっこりと男が現れました。
お姫様も妖精も驚きました。
周りの使用人も、お姫様の騎士も下がっていたため、来れたのでした。
転がり込んだ男は、妖精に驚きながらも「お姫様に会いたい一心でした」と言いました。
それにお姫様は困ってしまいました。会いたくてやってきた人間を冷たく追い返すこともできず、さりとて、妖精を放っておくわけにはいきません。
「愛らしくも美しいヴェラ姫様! 私は、今日、この澄んだ青空を見て、姫を思い出しました」
と、詩を一つ朗々を吟じながら、男は声高に愛と賛美をし始めました。
妖精は、男をじっと眺めて、虚しい賛美を打ち消すように「姫の呪いは解けない」と言いました。
面食らった男は、まじまじと妖精の顔を見ました。
「そのような言葉では、この呪いは、解けない」
「なぜです。もしや、一生解けないとお言いになるつもりはあるまいな?」
妖精は、甲高く大笑いし「そうかもしれぬな」と言いました。
「そのような空虚な言葉しか、この世にないというならば、この呪いは生涯解けることはないだろう! 姫は、一生、この姿のままだ」
男は呆気に取られた顔で妖精を見つめ「あなたは解けないのですか」と聞きました。
「馬鹿なことを」とため息を吐き「呪った本人が解けるわけがない。諦めた方がいい」
その言葉を聞き、男は急に憤慨しました。
帽子を地面に叩きつけて「解けないのに、こんな苦労してまで来るんじゃなかった! こんな醜い化け物に、元が綺麗だからって馬鹿みたいな真似をして! なにが美しい姫だ。化け物じゃないか! ヒキガエルみたいな、ゾッとするような顔を持った」と罵倒し始めました。
お姫様は静かな面持ちで男を見つめて「あなたは、美しい飾りが欲しかったのでしょう」とご自分がおつけになっていた首飾りを取り、差し出しました。
男は驚いて、お姫様の醜い爛れた手を見つめました。
「これが、あなたの言うお姫様だと思って、持って帰りなさい」
そう言われて、戸惑う男にお姫様は近づいて、首飾りを渡しました。それから、近くにいる使用人に言って、男を外へと出したのです。
お姫様は、身につけている宝石を見ながら「私は、これなのです」とおっしゃいました。
「本当は、これなのです。十六の誕生日まで、気がつきはしませんでした。なんでかしら」
妖精は、笑っておっしゃるお姫様を痛ましく思いました。
「醜くなってわかったことがあるわ。私、別にちっとも美しくなんかないの。十五の頃も今も。でも、見た目と肩書きで、この宝石と同じ価値になるの」
お姫様は、笑いながら「私、解けなくても、宝石なのでしょうね」とおっしゃいました。
その哀れさに、妖精はさめざめと涙を落としながら、お姫様を抱きしめて「お姫様はお姫様でしかないのですよ」と言いました。
お姫様は返事をせず、空を見つめて「ライラック様がきてくださるから、私、嬉しいわ」とおっしゃいました。
お庭でのことが広まったのでしょう。
あれから、お姫様の元にくる者たちは減りました。とは言え、まだまだ大勢の人々が、お姫様の呪いを、自分こそが解けるのではないか、と思ってやってきます。
お姫様は、あれからも、笑顔をたやさずに穏やかに、虚しく着飾った言葉たちを聞き続けるのでした。
庭のことを、妖精は騎士に話しませんでした。お姫様もそうでした。
しかし、騎士は、ずっとお姫様を見てきました。詳細なことは分からなくとも、お姫様のお心が乱れていることくらいはわかっておりました。
騎士は、いつもより早く、お姫様と呪いを解きに来た者たちの謁見の時間を打ち切りました。
お姫様は不可解そうに「どうして打ち切ったの?」とお聞きになりました。
騎士は謝罪して「今日は良い天気です」と言いました。
「今朝から、美しく花が咲いております。姫のお好きな白い花も顔を覗かせておりますし、鳥もやってきては歌っております。今が一番美しく見れるでしょう」
お姫様は、騎士が思いやりで打ち切ったのだとわかり、笑顔になりました。
「それは、とても楽しみだわ。約束の時間より早く打ち切ってしまったけれど……」
「疲れが溜まり、具合が良くないと言ってありますから、大丈夫ですよ」
それにホッと息を吐き「では、見に行きましょう」と席から立ち上がり、外へと向かわれました。
お姫様に心労をこれ以上与えないように、騎士は使用人をそこらじゅうに立たせて、人が入り込まないようにさせていました。それで、安心しながら、騎士はお姫様を案内し、時々、おしゃべりをしながら散歩をしました。
心がほぐされていく様子を見て、騎士は力の抜けた微笑みをこぼしました。
嬉しかったのです。
「エスター、今日は、本当にいい天気だわ」
「はい」
「いつも苦労をかけるわね」
「いえ、それも嬉しいのです」
お姫様は、気まずそうに笑い「あなたが私の騎士でよかったわ。でも、時々、申し訳ないの」とおっしゃいました。
「なぜです」
「私の騎士だからよ。そうじゃなかったら、きっと、今頃はこんな苦労をしていないわ」
「姫は、そのようなことをお気になさらずとも良いのです」
お姫様は寂しそうに笑われた後、花を見て「綺麗だこと」と呟かれました。
お姫様が醜くなってから、四季が三つ過ぎようとしていました。
その間にも、人々は途切れることなく、お城へとやってきましたが、誰一人として、呪いをとく者はあらわれませんでした。
他国では、呪いはとけるものではないのではないか、と囁かれ始めました。
城下町でさえ、それを信じはじめていました。
なにせ、お姫様が醜くなって、一年が見えようとしているのですから。
お城の中でさえ、時折、陰口と嘲笑が聞こえる時がありました。騎士は毎日、怒りを覚えながら、お姫様のおそばにずっといました。お姫様は、その侮蔑や嘲笑を見ても、なにも言われずにいました。
一年で本来は解ける呪いだということを知っているからではありませんでした。ただ、そのようなものなのだろう、と受け入れ、これも良い勉強になるでしょう、と思っているからでした。
時々、お城で開かれる舞踏会や同じ年頃の子女たちとのお茶会でも、醜いお姫様を見て、笑う者がいました。
醜くなったことを喜ぶ者、お姫様の堂々としたお姿を羨む者、容姿が変わって嫌う者、色々な人間が、お姫様を見てはさまざまな感情を浮かべるのです。
解けない呪いだと思い始めた人々は、お姫様を敬う態度をなくし始めていました。
いくらお姫様の人格が優れていようとも、いくら優しくしようとも、化け物のような醜さの前には、見えないものとなっていたのです。
「昔は美しくとも今は蠅のような醜さだわ」
「あれが我が国の姫だなんて悍ましい」
「横の騎士も哀れだこと」
「昔はこうなるとは思わなかったでしょうに」
「それにしても、未だにとけないのを見ると、お姫様は案外愛されていなかったのね」
「真に愛する者が現れない哀れなお姫様」
そう、口々に言うのでした。
王様とお妃様が、これを聞き、怒って罰を与えようとすると、お姫様はいつもかばいました。
「これも呪いの一つです」
そう言って、醜さで何かを言う人々を罰することを、させはしませんでした。
それで、さらにお姫様は侮られていきましたが、それでも「これも、また勉強だわ。私のしらなかったことばかりだもの」とおっしゃるのです。
騎士は、日々、悶々とし、眠る前に神様や星や月に、お姫様に真に愛する者が現れるよう、祈り続けるのでした。そうして、お姫様からもらった最初の誕生日の贈り物を、大事にひとなでしてから目を閉じるのです。
この日も、お姫様は虚しくも夢のように美しい言葉を聞き、頷かれていました。
しかし、途中で、お姫様は笑いながら、ぽろりと涙を落とされました。
目の前で語っていた男は大喜びしました。
「俺の言葉がお姫様の琴線にふれたのだ! その涙こそが、証拠。きっと、元の美しいお姫様に戻るんだ。俺が王様だ!」と立ち上がって踊るのです。
騎士はカッときて「出ていけ、無礼者!」と怒鳴り上げました。
「お前の言葉など、本物の黄金ではない、ただの真鍮だ! その言葉で、姫のお心に触れたなどと思い上がるな!」
お姫様は、微笑まれたまま、涙だけをスーッとお流しになりながら「良いのです」と騎士をおとめになりました。
「今日はここで終わらせましょう。私、なんだか疲れたわ」
その言葉に、すぐさま騎士は謁見を打ち切らせ、お城で待つ男たちを帰らせました。
それから、お姫様に駆け寄り「お一人になられますか」と聞きました。
お姫様が、こっくりと頷かれたので、騎士は全員を外に出し、自分も出ていきました。
一人になったお姫様は、微笑んだまま、涙をずっと流されました。爛れて引き攣った唇に涙が入っていきます。それでも、お姫様は拭うこともなく、人々の入ってくる扉を見つめて泣き続けました。
ふと、風と光が部屋に入ってきました。
あの紫の妖精でした。
「お姫様、辛いのですか」
「いいえ、よく分からないの。涙が勝手に流れてくるの」
「それは、きっとお辛いのですよ」
「そうかしら」
お姫様は妖精を見つめ「私、この程度は慣れていると思っていました」とおっしゃいました。
「立ち向かえるだけのものがあると思っていました。でも、違ったのですね。私、弱かったんだわ。自分を自分で、本当は綺麗なのだとか、そういう醜い自惚れがあったんだわ。私、醜いのね」
「人間は誰しもそうです」
涙を、未だに流すお姫様は「自覚ができてよかったわ」とおっしゃいました。
「そう言える姫は、醜くとも醜くなどありませんよ」
お姫様は笑って、頷きました。
「私の騎士を呼んでください。涙を拭うものがないの」
妖精は騎士を呼ぶと、すぐに去っていきました。
「エスター、私、ぬぐうものがないの」
そう言うと、騎士はすぐに真っ白な美しい絹のハンカチを差し出しました。
「こんな物を持っていると思わなかったわ」
「これは、姫のためのものです。私のは、これです」と恥ずかしそうに、くしゃくしゃの木綿のハンカチを出しました。
「まあ……」
「姫が幼い頃から、絹のハンカチをいつも持っていました。あの頃の姫は、時折、お泣きになっていたので、今でも持っているのです」
お姫様は涙を拭いながら「確かに昔は泣き虫だったわね」とおっしゃいました。
「誰かのために、よく泣かれていました」
「今の私は自分のために泣いているわ」
騎士はしっかりと頷き、力強く「それで良いのです。私は、それでホッとしております」と言いました。
「どうして?」
騎士は、なにも言うことはなく、ただお姫様を優しい眼差しで見つめました。
それから「明日の謁見も中止いたしましょう。数ヶ月後には、姫の十七歳のお祝いがあるのですから」と言いました。
お姫様は、少し嫌そうにしましたが、勝手に溢れる涙をやってくる人々に見せたくはありませんでした。ですので、仕方ないと頷かれました。
こうして、お姫様が会うのをおやめになると「呪いがとけないのではないか」という噂はますます広がりました。
王様とお妃様は、少し塞ぎ込んだ様子のお姫様を見て、ずいぶんと心を傷められました。
妖精も同じように、悲しく哀れに思い、お姫様に誕生日の朝に、もう一度呪いを贈るのはやめよう、と提案しました。
しかし、お姫様は「いいえ、必要なの」とおっしゃって、醜いままでいることをお望みになりました。
そうして、呪いが解けないまま、お姫様の十七歳のお祝いの舞踏会が開かれようとしていました。
美しいドレスを着て、バサバサの枯れた麦のような髪の毛に美しい真珠の髪飾りをつけ、爛れた醜い顔に少しの化粧をし、お姫様は舞踏会に挑まれました。
もう使用人たちは、一年前のように醜さに腰を抜かしたりすることはありません。
いつものように着飾らせるのです。
ただ、十五歳までの頃の、あの輝くばかりの美しいお姫様ではないことが、使用人たちには悔しいものでした。本来のお姫様であれば、宝石もドレスも見劣りせず、霞むばかりでしたが、今では、お姫様の醜さと対比するように、ドレスと宝石ばかりが輝くのです。
皆、ああ、姫が綺麗であれば、と思うのでした。
そのお姫様はといえば、今朝、妖精が来る前に元の自分の姿を見て、驚かれていました。
見慣れた顔であったのに、自分でないように見えたのです。
「そうだわ。私の顔は、本当はこれだった」と、確かに美しいお顔に、お姫様は少しホッとされました。
そして、その安心と同時に悲しくも思ったのです。自分も容姿で人を判断してしまっているのだと……。そう分かると、美しい自分が醜く見えたのです。
やって来た妖精に、そのことを伝えると「私たちの愛らしく美しいお姫様、ただ、慣れていないだけなのです。今の感情にお姫様は気がついたばかりで、驚いておられるのです。だから、そう思うのですよ。醜い姿だとしても、それに気がつけば、より醜悪に自分の姿が見えるでしょう」と言われました。
お姫様は不安でした。
しかし、それでも、お姫様は最初からお姫様でしかないのです。
変わっても変わっていないのです。ただ、少し色々なものに気がつき始めただけなのです。
そして、今、お姫様は、鏡に写っている醜い自分の姿を見ながら、舞踏会のことを考えて、怖くなり始めました。十六歳の誕生日よりも、もっと恐ろしく感じていました。視線に陰口、侮蔑に嘲笑、空虚な言葉に平和とは言えない人々との関係を考えると、わずかに顔色が悪くなるほどでした。
しかし、化粧をする使用人たちは、誰も気がつきません。
元々の透き通るような美しい肌ではなく、濁った泥のように汚い肌なのですから、気がつきようもありませんでした。
ただ、王様とお妃様、それから騎士は、悪さに気がつきました。
「もしも、気分が悪いなら、出なくても良い」と王様はお姫様を気遣って、そう言われました。
お妃様も心配なさって「姫や、ヴェールがあるでしょう。それをしたらどう?」と提案なさいました。
「もっと良いものでも贈ろうか」と王様はさらにおっしゃいます。
しかし、お姫様は、そうお二人がおっしゃるのを、やんわりと「私は、この姿を晒さなくては。そうでなければ、この一年を過ごしたかいがありません」とお断りになられました。
王様とお妃様は、気遣いながら、先に舞踏会の場所へと向かわれました。
残った騎士は、お姫様に「お逃げになりたいのなら、私はあなたのためにどことでも向かいましょう」と言いました。
それに、おかしそうに笑われたお姫様は「お父様とお母様を悲しませたくないわ」とおっしゃいました。
騎士は恥ずかしそうに「そうですね」と小さく呟きました。
「でも、それでも逃げたくなったら、きっと、あなたに言うわ」
「必ずですよ」
「ええ」
「私がどことでもお連れいたします」
お姫様は笑って、手を差し出し「あなたが私の騎士で本当によかった」とおっしゃいました。
「光栄です」
「あなたがいるから心強いわ」
騎士は微笑み、お姫様と共に舞踏会の始まる大広間へと向かいました。
一年前のように門番がお姫様の顔を見ないようにすることはありませんでした。
「国王陛下ご息女、ヴェラ王女様! そしてその騎士エスターの入場です!」
そう空に向かって叫ぶのを合図に扉が開き、騎士とお姫様は中へと入りました。人々は、多少、見慣れたものの醜さに目を背けます。ある人は、とけなかった呪いに落胆し、ある人はチャンスがまだあると喜んでいる様子でした。
まっすぐに王様とお妃様の元へ行ったお姫様は「お父様、お母様、今年も盛大なお祝いの席をありがとうございます。お父様とお母様の子供に生まれてよかったわ」とおっしゃいました。
王様とお妃様は、お姫様を慈しむように抱きしめ、髪をすき、頬を撫でて、それぞれキスをされました。
「皆、今日も集まってくれてありがとう。姫も感謝しておる。まだ、呪いはとけてはいないが、皆の衆、この祝いの席も十分に楽しんでくれ」
その王様の言葉に、皆、お辞儀をし、それぞれ楽しく賑やかにし始めました。
お姫様は、一年前よりも、少し元気のない様子で踊ったり遊んだりする人々を見ていました。
王様はそうっと「戻ってもよいのだよ、姫」とおっしゃいましたが、お姫様は微笑んで首を横に振りました。
お妃様も顔色の悪さを見て「お部屋に戻ってもいいのよ」とおっしゃいましたが、やはり、お姫様はお断りになりました。
お姫様は、静かに舞踏会を眺めて「ありがたいことですわ」とぽつりとおっしゃいました。
「姿が変わろうとも、お祝いにきてくださるのだもの」
それに、王様とお妃様は切なそうにお姫様を見つめました。
「お父様、お母様、私、少し外へいくわ」
お二人は悲しそうな顔で頷かれました。
騎士が「私もご一緒に」と言いましたが、お姫様は断りました。
一人になりたいのだろうと、気持ちを汲んだお二人は、騎士に「良い」と言って、待機させることにしました。
そうして、お姫様は一人、お外へ出て行かれました。
お姫様が戻ってこられたのは、舞踏会が終わりに近づく頃でした。
皆、それぞれ、楽しんでいる様子で、お姫様は自然に笑顔が出てきました。それを見た騎士は、ほっと胸を撫で下ろし、姫を迎えに行こうと王様とお妃様にそばを離れるお許しをいただこうとしました。
舞踏会でお酒も出ますから、もちろん、酔っ払う人間もいるものです。
お姫様がいるとは気がつかず、誰かが「あの姫の呪いを解けなきゃ結婚もできないのは、まずいことだったな」と言いました。
「醜かろうがなんだろうが、王様の席と富がもらえたかもしれないんだから!」
「たしかに結婚して仕舞えばそうだな」
「あの宣言がなけりゃなあ」
「でも、綺麗だったから惜しいもんだ」
「そうとも」
それを聞き、お姫様から、笑顔がなくなりました。そうして、顔を青くさせ、ふらふらとその場で外に向かうか、席に戻るか迷われ始めました。
酩酊した者がお姫様とぶつかりました。
酔っていて、誰かが分からない様子で、赤い顔と定まらない焦点でお姫様を睨んで「無礼な!」と叫びました。
「醜い顔をして、私に触るとは! 汚らわしい! こんな者がお城に入り込んでいたとは、なんということだ。この国はもうおしまいではないか!」
お姫様の顔はついに真っ青になりました。
酩酊した男は赤い眦をキッとあげて「今すぐ城から出ろ、化け物め!」と怒鳴り上げました。
その恐ろしさにお姫様は、足がガクガクとし、涙がぼろぼろと出てきました。
騎士は、王様とお妃様に許しを得ないまま、駆け出し、お姫様を守るために前へ立ち塞がりました。
男は、忌々しそうに騎士に言いました。
「その女をおっぽり出しなさい」
「無礼者! この方が誰かわからぬのか!」
「そんな醜い女なぞ、今まで見たこともない! もしや、お姫様か?」
酩酊した男はフラつきながら、大笑いし「そんな醜さでお姫様とはなあ!」と大声で言いました。
「貴様、これ以上、姫を侮辱する気ならば、剣を抜くぞ」と髪を逆立てながら言いました。
酔って気が大きくなっているらしく、大笑いするばかりです。
騎士はついに剣の柄に手をかけ、ご婦人が悲鳴を上げ、男たちが息をのみ、さっと会場が静まり返りました。
お姫様は震える手で、剣を持つ手を抑え「お祝いの席よ。皆が楽しむ席ですもの。今回は大目に見ましょう」とおっしゃいました。
騎士はしばらくの間、笑い続ける男を睨み、剣の柄に手をかけていましたが、力を抜いて手を離しました。
「ハハハハ! 騎士というよりも犬ではないか。いや、前々からそうだったかな……?」
「エスターは高潔な騎士です! だれよりも素晴らしい人ですわ」
男はお姫様の顔を見て「ああ、醜い! なんともまあ、あの美しさから、こうまでなってお可哀想に! しかし、一年経って、まだまだとける様子もないのですから、本当にお可哀想に」と笑い始めました。
侮られている、とお姫様は思いました。
今まで優しすぎたのかもしれない、とお姫様は悲しげな顔をされました。
騎士は、お姫様のその顔を見た途端、男を殴りつけました。
ガァンと殴られた男は、酩酊していたのもあって、四肢を伸ばしてぐったりと気絶しました。
まだ殴ろうとする騎士を、お姫様は驚いて、悲鳴を上げるように「エスター!」と名前を叫ばれました。
騎士は怒った顔のまま、お姫様の方を振り向き、ひざまづき真っ直ぐにお姫様の目を見ました。
「私の心は幼い頃から定まっているのです。姫の騎士になるべく、私は努力してきました。あなたのような素晴らしい姫の心をも守れる高潔な揺るぎなき騎士として。あなたのご命令やお願いをよくよく私は聞いてまいりました。姫のために行ったことに、喜びと名誉を感じても褒美は欲しくなどありませんでした。なぜなら、私が姫のために誰かを傷つけることをし、あなたを悲しませるだろうとわかっていたからです」
お姫様は、息苦しそうに、どうすればいいか分からないといった様子で、首を横に振られました。
騎士はお姫様がどうやら、混乱しているらしいとわかりましたが、それでも、言わねばならないと言葉を続けました。
「姫には、はっきりと誓ったことはありませんが、私はいつでもあなたのために、あなたの命令を無視しようと思ってきました。あなたが幸せになるためならば、やめろという命令もやれという命令も、全て無視をするのだと、騎士として誓っておりました」
騎士は項垂れ「ですが、それで、どのような罰を受けようとも、姫から嫌われようと、全て受け入れるつもりです」と言いました。
お姫様は、本当に大事だと、心から頼りにしていた騎士が、そんなことを言うとは思っていませんでした。跪き、項垂れる騎士の前に座り込み「あなたを罰するなど、嫌うことなどできないわ。あなたは、私の唯一の騎士なのですもの」とおっしゃいました。
「あなただけは、醜くなった時に、一つも態度も変えなかったわ。最初からそうよ。そんな人に罰するような真似などできると思う?」
騎士は項垂れたまま「いえ、一つも思っておりません。姫は、どうしようもなくお優しい。お優しすぎるのです。罰した方がいい時でもお許しになられる。私は心配なのです。もしも、姫に呪いがなければ、私はずっと心配し続けたことでしょう。正直に申し上げると、私は、姫が醜くなられた時、驚いたと同時に嬉しく思ったのです」と言いました。
「美しく優しすぎる姫のままでは、表面だけ善人の顔をした悪い男に捕まってしまうでしょう。しかし、その醜さであれば、そんな人間に騙されることはない。なぜなら、真に愛する者からの言葉でないと解けないのですから」
お姫様は、驚いた顔で騎士を見つめました。
「私は、あなたが醜いことを喜んだ不敬者です。しかし、それで姫が傷つくことも許し難い。私は姫を泣かせるような人間を裁いてやりたい。姫を不幸にするものは、剣で叩き伏せたい」
騎士は少し困った顔をして、言うことではないのに、こぼれ出てしまった、と後悔をしました。
しかし、それでも、騎士の言葉がとまることはありませんでした。
「あの愛らしくも美しい姫しか見ない人間の言葉が、姫の美徳だけを見る人間の歌が、権力しか見えない人間の賛美が、全て憎らしかった。舌を切り落としたく思いました。それに耳を傾ける姫にさえ、怒りを覚えました。私はあなたを自分自身を大事にしてほしいのに、してもくれない。そこが姫の美徳だとしても私にはちっともそう思えないのです。それしか見ないような人間の言葉が何になるというのです。姫の貴重な時間を潰してまで聞くほどの価値があるのでしょうか。私は、私は……」
騎士は拳を握りしめ「あのような言葉たちに一つも真実も真心も見いだせませんでした」と言いました。
今まで言わないようにしてきたものが溜まっていたのでしょう。
騎士はお姫様の顔を見つめながら「あのような機会を作る必要はなかったのです」と言い始めました。
「でも、私は聞く必要があったわ。だって、どこにそんな殿方がいるというの? それに、機会は平等にあるべきだわ」
騎士はじっとお姫様を見つめ続けました。
「私は、どうしたって、この国の姫という立場なのですもの……」
「しかし、あの言葉たちに一つの真心もなかったのです」
「どうしてそれがわかるというの」
騎士は耐えきれない激情を吐き出すように、地面をきつく睨みつけ「私ならば、あのような言葉は吐かない!」と言ったのです。
お姫様は驚きました。そんなことを思っているとは思わなかったのです。
この騎士は、どうしたって騎士なのですから。
「私なら、美しい容姿だけを褒めない、呪われる前の姫を褒め称えて、憐れみの言葉など言わない。姫の美徳を虚しい言葉で飾り立てたりはしない。誰も、姫自身を見て、なにも真ある事を言わない。空虚な偶像の愛らしい美しい姫だけを見て言う、その言葉になにがあるというのです」
騎士はしっかりと姫を見つめました。
その瞳を逃さないとばかりに、しっかりと見て言いました。
「今の醜い姿も私の愛おしく美しい姫です。泣き虫でも、無自覚な醜さを持っていても、多少利己的でも、わがままで自覚を持った歪さを持っていたとしても、それが今までの姫となにが変わるというのです。私に毎年、誕生日にプレゼントを一番にくださった姫も朝一番に美しい花をくださった姫も、私が訓練でひどく落ち込んだのを慰めてくださったのも、嫌いなお菓子をそっと押し付ける姫も、どれも全て……
全て、私の生涯を捧げてお守りすると誓った春のように愛おしい姫なのです」
お姫様は騎士のきつく握る拳に手を寄せて「エスター、あなた以上の人はいない」とおっしゃいました。
「だから、私のために怒らないでいいのよ」
「いいえ、私は私のために姫のことで怒りを感じ、喜びを感じるのです」
お姫様は、いよいよ涙をお流しになりました。
騎士はすぐに絹のハンカチを差し出し、お姫様の目尻を拭いました。
そして、驚いた様子でまじまじと目尻を見つめました。
醜い爛れた瘤や固まった黒々とした皮膚が、ボロッと取れ、下からうつしい肌が見えていたのです。
固まる騎士にお姫様が「あなたの今まで思ってたことを言ってちょうだい。私、聞かなくては。あなたの喜びが私なら、聞かなくちゃ」とおっしゃいました。
騎士は驚きを隠せないまま、お姫様の顔を見つめて「幼い頃、姫を見た時に思ったのです。この人は私がお守りするべき人なのだと」と呟きました。
それから、騎士は姫だけを見て、語り続けました。
「私は、騎士になるのだと、父と母に言われて育ちましたし、自分もそれが性分にあっているだろうということくらいはわかっていました。そこに、姫が美しいかどうかなど、関係なかったのです。そうして出会うことになった、私の守るべきお姫様は、父や母、出会う人々が口々に言うように輝くばかりの美しさでしたし、私自身驚いたのです。
しかし、姫は普通の女の子でした。守るべき人であっても、皆が口々に言うほどの欠点のないお姫様とは思えませんでした。確かに、姫はとても美しく、お優しい、歌もお上手で踊りもお上手、お勉強もおできになられ、賢明で素晴らしい心根をお持ちになっています。それでも、姫は時々おっちょこちょいでドジをして、怪我をして涙を浮かべ、誰かが傷つくともっとお泣きになる。
優しすぎて、罰することもできず、私はいずれ現れる結婚相手が、姫を利用するのではないかと心配していました。
姫は私の誕生日が近いと知ると、すぐにプレゼントをくださいました。いつもくださるプレゼントを、私は、常に一度しか身に付けておりません。初めていただいたぬいぐるみだけが、部屋に飾ってあり、それ以外は箱に綺麗に収めているのです。それが、ただの姫からのご好意であるだけなのだということくらいはわかっております。
それでも嬉しかったのです。
そんな姫が、なぜ、こんな馬鹿げた人間の上っ面の言葉を聞かねばならないのです。そこに、一体なんの真と真心があるというのです。私は本当にいやだったのです。これで姫が傷つくことになるかもしれないと。呪いを贈ったライラック様のことを尊敬はしていますが、姫を苦しめる原因を作ったことに関しては、腹が立っているのです。なぜ、姫は嫌がられなかったのです。王族だからだとおっしゃるなら、そんなものは、いらない。姫がお笑いになると、私は、ただわけもわからず嬉しくて、悲しいお顔をされるとひどく自分を傷つけられたような気がするのです。
姫、私は、あなたに幸せになってほしい。あなたが好きだと言うから、春も花も虫も鳥も好きになれるのです。あなたが、良いと言うから、よく思えるのです。あなたが、傷つくような、そんな呪いも世界も人も私からでさえも、なにからも守り、いつまでも笑っていてほしいのです。
あの春のひだまりで、姫がただわけもわからず、嬉しそうに笑われていた時のように、ただ不思議と笑ってしまうような幸せを持って生きていてほしいのです。
私の望みはただそれのみなのです。そうであれば、私も幸せなのです。本当なのです。あなたが、幸せそうに笑うだけで、私にとっての幸福が訪れるように感じるのです。私は、姫に対して、あの者たちのような美しい着飾った言葉など贈れません。教養など、そのようなものではないのです。この複雑な気持ちを言い表すのに、どうして他人の詩を言えましょうか。着飾った言葉で本心を伝えられなくばどうしようもありません。それに私は……
私はあなたの唯一の騎士なのですから……。そのようなことを言うことはできません。姫から友人も唯一の騎士もなくすようなことをしたくはなかったのです。たとえ、呪いを解ける言葉を持っていたとしても、私は姫にお伝えすることなどできようもないのです。
あなたの騎士として、生きているのですから」
騎士は申し訳なさそうに、お姫様を見つめました。
お姫様は、一つも悲しさのない、幸せそうな笑顔で騎士を見返しました。
「エスター、あなたの言葉は、あの一言に納めるなんてできないわ。それは私も同じことだわ」
騎士は目を見開き「姫……、同じとはなんなのですか」と聞きました。
お姫様はただただ幸せそうに騎士を見つめているだけで、返事をされず、ただ涙を一筋流されました。
騎士がそうっと涙を拭うと、お姫様の瘤がゴロリと落ちました。
人々は驚き、息を詰まらせて、お姫様の様子をじっと見続けました。
醜いお姫様は、徐々に芋虫が蛹を脱ぎ捨て、蝶になるようにぼろぼろと醜い爛れた肌が取れていきます。それと一緒に枯れた麦のような髪も抜けて、美しい稲穂のような髪が戻っていくではありませんか。
抜け落ちた髪や取れた瘤や肌が、光の粒子になって、お姫様を包み込みました。
人々も王様もお妃様も、驚いてその様子を見守りました。
光が落ち着くと、そこにいたのは、まぎれもなく、昔のままの愛らしく美しいお姫様の姿でした。
以前よりも、輝かんばかりの美しさをたたえ、嬉しさからか上気した頬は朝咲の薔薇色になっておりました。醜いお姫様の呪いは、騎士によって解かれたのです。
騎士は惚けた顔をして、お姫様のことをじっと見つめ、お姫様もまた騎士だけを見つめていました。
じっと愛おしそうに見つめていたお姫様様は、騎士の頬を手で包み、誰もが見惚れるほど春の昼下がりのような笑みを浮かべて、騎士に感謝のキスを贈りました。
騎士は、なによりも光栄で名誉な感謝の印を頂いたのです。
二人は、お互いだけをじっと見つめて、他の人のざわめきなど聞こえません。
人々が状況をしっかりと理解する前に、風と光と共に紫色の妖精が現れ「呪いはとかれた!」と意気揚々と宣言しました。
王様とお妃様は、席から立ち上がって、騎士の前にやってきました。
騎士はすぐに頭を下げて跪きました。
「エスター、立つが良い」
それに、騎士は立ち上がり、申し訳なさそうに王様とお妃様を見られました。
「お前が姫の呪いをといたのだ。姫はお前と結婚し、この私の後継者となる。よいな?」
「……謹んでお受けいたします」
王様はにっこりとして「皆のもの、姫の呪いはとかれた! ここに新たなる王太子が立った。祝いだ! 今日と明日は盛大に祝おう!」とおっしゃいました。
騎士は、困ったようにお姫様を見ました。
お姫様も騎士を見て「騎士の王子様って素敵だと思うわ」とおっしゃいました。
騎士は、赤面し「努力します」と言ったのでした。
こうして、お姫様の呪いは、お姫様自身を真に愛する騎士からの言葉によってとかれたのでした。
それからの二人は、それは仲睦まじく、よく国をおさめ、素晴らしい子供たちを授かり、ずっと仲良く幸せに暮らしたのでした。
おしまい
察していらっしゃる方は、察していると思いますが、某昔話の眠っちゃう美女のお話しが下敷きです。
デー社のではなく、本と踊りの方です。ちなみにどれも好きです。
全体的に童話っぽくしたかったので、平和にみんな良い子です。
末永く幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたしってなんだか優しい終わり方だな、と書きながら思いました。
それでは、楽しく読んでいただけたらなによりです。