ああ、ロベリアンネ神殿
ニコニコ神官はロイド・コルネリウスと名乗った。
大神官の元へと向かう道中、ロイドさんと話した。
なんと、ロイドさん、Aランク冒険者だった。以前、組んでいたパーティが解散したため、神殿で警護のアルバイトをしているらしい。
「もともと、このブレン・ブルーの出身でね。この神殿にはずいぶん世話になったんだ」
「大神官様はその頃から、変わってらっしゃらないんですか?」
「いや、今の大神官ハウネス様は五年前に着任されてね。私も、会ったのは神殿に戻ってからだよ」
「今の大神官様が『初めての治癒師』を改編なさったんですよね」
「そうらしいね。まあ書いたのは、ローグ殿だったはずだが」
「どうして、特定の名前の人間を疑うような項目を載せたんですかね」
ロイドさんがピタッと足を止めた。
白い壁の、長い通路。人影はない。
「精神結界」
白い半透明の光が、ロイドさんと私を、半球状に包んだ。
「こいつは、精神攻撃系のスキルを遮断する結界なんだけど、盗み聞きなんかも防げるんだ。便利だよ」
「でも、遠目で見ても内緒話してるってわかっちゃいますね」
「そう。だから手短にね。お互い、情報を交換しないか? 情報は武器だからね」
「つまり、『初めての治癒師』についての情報と、同価値の情報を出せってことですね。でも、私、情報通じゃないですよ。冒険者になって、まだ一ヵ月も経ってませんし」
「いや、私の見たところ、君自身についての情報がとても貴重なんだ。そもそも、君は何者なんだ。なぜ、そんな、人間離れしたステータスなんだ?」
「田舎から出てきた可憐な少女というくらいしか、言えませんけどね。強いて言うなら、ジョブチェンジしたときに、ロベリアンネ様に会いました。普通は声だけだって言ってたから、実際に会った私は珍しいのかも。あと、なんか上司の決定にものすごく不服だけど、しぶしぶ従ってるみたいな感じをひしひしと感じましたね」
たぶん、私のステータスが高いのは、ロベリアンネ様の対応と関係してる気がする。
この子で、本当にいいの? みたいなこと言ってたし。
ロイドさんが額を抑えていた。
「それは、君の妄想とかじゃないだろうね」
「違うと思いますよ。エロい体したお姉ちゃんだなあって、はっきり覚えていますから。あと、結構、軽い感じでしたよ。神様にしては」
「ともかく、ようやくつながったよ」
「一人で納得してないでくださいよ。今度はロイドさんの番ですよ。大神官様が女にたぶらかされて、『初めての治癒師』を改編したって、ある筋から聞いたんですけど」
「まあ、間違っちゃいないがね。ただ、その女性はロベリアンネ様からの神託を受けたと主張していてね。彼女がロベリアンネ様から告げられたのは、すでに魔王がこの世界に受肉していて、しかも、魔王は人の姿をして、その名前が、レセディアスやルーシフォスだろうってことだ。近いうちにブレン・ブルーに現れるだろうから警戒されたし、ってね」
「それを間に受けた大神官様が、先手を打つために『初めての治癒師』を改編した、と」
言いながら、私はひやりとした。
ルースは思った以上に危険な立場だったんだ。
というか、一人にしたの、まずかったよ。
「大丈夫。炎檻は外からも近寄れないから。それに、さすがに正体を確かめる前に、殺すようなことはしないさ」
「ロイドさんの立場を教えてください。ただのアルバイトじゃないですよね」
「それはまた別の情報だね」
「ルースのステータスは異常に低いです。一般的な冒険者と比べても。成長率が低すぎる気がします。この情報、私にとってはとても大切なものですよ」
これは賭けだ。
ロイドさんが完全に敵方だった場合、命取りになるかもしれない。
「ステータスが低すぎる少年と、高すぎる少女。それにロベリアンネ様の態度か……」
ロイドさんが私を見つめる。まあ、細目だから、見てるのかどうかよくわかんないけどね。
「実は魔王がこの世に生れ落ちるという話は、もう何十年も前からあったんだ。世界の王たちは、話し合い、対策を講じるための組織を密かに作った。私はその組織から派遣された者だよ。このブレン・ブルーの大神官と予言者のことを調査するためにね」
「予言者を怪しんでるんですか?」
「彼女の言っていることが本当かもしれない。だが、逆の場合もあるってことさ。今はこの辺にしておこう。あまり、長く留まると怪しまれる」
ロイドさんが手を払うと、半透明の結界は消えた。内緒話はおしまいだ。
私たちはまた歩き出した。
ロイドさんが私の田舎について興味がありそうだったので、実家の話をした。
ついでに、マンガの話もした。超面白いんですよ、マンガ。
◇
青い神官衣の上から胸当てや籠手をつけ、大きなメイスを立てた二人の神官が扉を守っている。
その扉の先に大神官がいるらしい。
ロイドさんを見ると、二人の神官が扉を開けた。
濃紺のタイルの床。奥には大きな窓があり、その前に白い机がある。
その机に座っている老人。つば無しの青い帽子をかぶって、ゆったりとした神官衣の上から、刺繍のされた前掛けをかけている。
このおじいちゃんが大神官らしい。
大神官の傍らに立ってるのは、白衣の女性。黒髪のものすごい美人だ。
「君がフラワ・パンダヒルかね」
大神官様が言った。
ゆっくりと立ち上がる。黒髪美人がそれに介添えをする。
「はい。私がフラワ・パンダヒルです」
「ありがとう、ロイド君。君はルーシフォス・バックネットについていてくれ。くれぐれ油断せぬように」
ロイドさんを振り返ると、一瞬、彼は微笑んだ。任せておいてくれというように。
「単刀直入に聞こう。パンダヒル君。なぜ、ルーシフォス・バックネットに肩入れするんだね。『初めての治癒師』であれほど、警告をしてあったというのに」
「そんなの決まってるじゃないですか。ルースが超イケメンだからですよ。私、年頃の女の子なんで、イケメンに弱いんですよ」
大神官が目を丸くした。それから面白そうな顔をする。
「肝が座っているね。年若いのに、大したものだ」
「そんなことないですよ。大神官様を前に、緊張で、生まれたての小鹿のようにプルプルです」
大神官様が、黒髪美人に支えられながら、私の方へと近づいてきた。
「私は、嘘を見抜くスキルを持っている。それを行使しても構わないかね」
へえ、そんなのがあるんだ。
便利そうなスキル。
「もちろん、いいですよ」
ニッコリと笑った。
別に後ろめたいことないもんね。
「嘘破り」
大神官様がつぶやくと、彼の耳が白く輝いた。
「では、もう一度、質問しよう。君が、ルーシフォス・バックネットに手を貸すのはなぜだ?」
「初めはルースが超イケメンで、私のタイプだったからです。今は彼のことが好きだから。私の彼氏だからです」
「なるほど、嘘は言っていないね。では、君が警告を無視してルーシフォス・バックネットとパーティを組んだのは、彼の容姿に惹かれた以外に理由はないのだね?」
「はい。しいて言えば、ルースがフリーで、私も仲間を探そうとしていたからですね。ちょうど良かったんで」
「これも嘘ではない、か」
ふむ、と大神官様が顎に手を当てる。
「では、ルーシフォス・バックネットについて質問させてもらう。彼が特別な人間だと君は知っているね」
「もちろん私にとっては特別ですよ。恋人ですから。でも、大神官様の質問はそういう意味じゃないですよね。ルースは、一般的な冒険者の少年に比べて、ステータスがかなり低いと思います。それに、上昇率もとても低い。でも、私はその理由を知りません」
「彼が力を隠しているとは思わないかね。君は彼を鑑定したわけではないのだろう?」
そう言われれば、私の知っているルースのステータスはすべて自己申告されたものだ。力を隠しているかどうかなんて、わからない。
「大神官様に指摘されるまで、考えたことなかったです。でも、私はルースを信じますけどね」
「ルーシフォス・バックネットに不審なところはないかね」
「大神官様のおっしゃる不審というのが、どういうものかわかりませんけど。私はルースが嘘も隠しごともしていないと思っています。それを疑うような言動も覚えがありません」
大神官様が、困った顔で黒髪の女性を見る。
黒髪の女性が微笑んだ。
「彼女はロベリア・レネット。魔王の復活を予言し、私に助言を与えてくれるため、三年前からこの神殿に逗留してくれている。ロベリアの予言した魔王の特徴はルーシフォス・バックネットにかなり、あてはまっている」
「たまたまということもありますよね。だって、『初めての治癒師』で警告されていた名前は、ルーシフォスのほかにいくつかあったし、性もバックネットのほかにいくつかありましたもの。名前と、容姿、金髪碧眼で垂れ目ってくらいでしょう?」
「もちろん、偶然が重なったということはありえる。だから、あくまでもルーシフォス・バックネットには嫌疑がかかっているに過ぎない。彼に直接、審問しても構わんかね」
「はい、構いません」
否と言っても聞いてくれはしないだろうしね。問答無用で殺されるようなことがなくて、ホッとしたよ。
「ところで、もし、ルーシフォス・バックネットが万一、魔王、あるいはその眷属だった場合、君はどうするのかね?」
「もちろん、彼氏についていきますよ。私、恋する乙女なんで」
大神官様が笑った。