やけにドブくせえぜ
翌日。
受付嬢メリッサにスキル本について聞いた。
近所に、スキル本専門店があるとのこと。
朝食後、さっそく行ってみる。
両側を三階建ての建物に挟まれて、ちまっとしたレンガ壁の店。看板もなにも出てない。
こんなの気づかないよ。宣伝が足りないんじゃないの。
たてつけの悪いドアを開けて、店内へ入る。入ってすぐにカウンターがあって、奥と仕切られていた。奥には本棚が三列あって、そこにギッシリ本が並んでいる。
「こんにちは。私、治癒師なんですけど、スキル覚えたいんです。スキル本見せてください」
カウンターの奥で椅子に座り、頬杖をついて、コックリ、コックリしている老人に大声で言った。
老人がビクリとして、こっちを見る。
時間をかけて立ち上がる。
「治癒師なのにロベリアンネ神殿へ行かないのかね」
「神官になる気ないんで、近づきたくないんです。だから、スキル本が必要なんです。そんな、けなげで真面目なフリーの治癒師なので、まけてください」
「【レベル】は?」
「16です。まだ駆け出しです。まけてください」
老人が奥の本棚へ行った。五冊の本を手にして、戻ってくる。
「治癒師でレベル16なら、覚えられるのは、こんなものかな」
「わあ、思ったよりいっぱいあるんですね。まけてくださいね」
毒治療、麻痺治療、防御力補助、敏捷性上昇、非接触治癒。
とりあえず必須なのは毒治療だね。
「これ、いくらですか。大まけに、まけて」
毒治療を手にして言う。
「100万エネルだね」
「高いです。それじゃあ、一冊も買えないですよお」
マジで高いよ。ボッタクってませんか。
「スキル本では安い方だよ。治癒師ならマリアンネ神殿で教えてもらった方が、安上がりだよ。戦士なら、戦士訓練所で教えてもらえるね」
そうか。ルースがスキルを覚えるって手もあったんだ。
しょんぼりしながら店を出る。
だって、買えなかったんだもん。一冊も。
「ごめんね。昨日、収納袋買わなければ、買えたのに」
ルースが申し訳なさそうな顔で言った。
「ううん、ルースの収納袋は、絶対必要だったからいいの」
よし、落ち込んでても仕方ない。
お金を稼ごう。
こうなったら、人食いネズミ狩りだ。一体、3000エネルだからね。
街の地下の下水道に大量発生しているっていうし。
私が人食いネズミ狩りを提案すると、ルースはやっぱり気が進まないようだった。
「本当に臭いし、真っ暗だよ」
「しょうがないよ。スライムもラビットボールも倒しすぎちゃったし」
私が大量に死骸を持ち込んだものだから、買取価格が下落しているのだ。
おまけに、レベル上げの効率が悪すぎる。
しぶるルースを説得して、外壁の側にある階段から下水道へと降りる。
ランプを片手に、レッツ・ゴーです。
◇◇◇
下水道から戻った私は、泣きながらゲエゲエと吐いた。
「大丈夫かい?」
ルースが私の背中を撫でる。
うう、無理。
下水道に降りたとたんに、頭をぶん殴られたような強烈な臭いがきて、ノックアウトされてしまいました。
死にそうになりながら、早々に引き返すことになった。
「ごめん、ごめんね、ルース」
オエエ、オエエ、と嘔吐しながら、謝る。
「仕方がないよ。ひどい臭いだったもん」
くそう。あんな過酷な場所なら、もっと買取価格上げてよ。
難易度高すぎだ。人食いネズミ退治。
結局、体調が戻るまで午前中いっぱいかかった。しかも、食欲がなくて、昼食が食べれなかった。
不甲斐ない。不甲斐ないぞ、フラワ・パンダヒル。
私が回復するまでに、ルースが何度か、「今度は俺一人で行ってみるよ。フラワは待ってて」と言ったけど、私は彼の腕をつかんで離さなかった。
「一人で行っちゃダメ。絶対にダメ」
ルースのステータスじゃあ、人食いネズミはギリギリ。下手したら戻ってこれない。
午後、もう一度トライ。
悪臭が鼻どころか、目や肌にも刺さってくる感じ。吐きそうになりながら、真っ暗闇をテクテク歩く。
私たちの靴の音だけが、反響する。
しばらくすると、なんとか臭いに慣れてきた。
ものすごく臭いけど、大丈夫。
それよりも、まずいのは、明るさ。
ランプの灯りなんかじゃあ、全然、間に合わない。
下手したら、まん中を流れるドロッとした川に落っこちそうだ。
「フラワ、滑らないように気を付けてね」
コクリと頷く。
その時、ガリガリガリと下水道内を揺さぶるような音が響いた。
なに、なに?
音はどんどん近づいてくる。
ガリガリという音に交じる、ギャアギャアという鳴き声。
なにかが大量に近づいてくる。
なにか? そんなの決まってる。
人食いネズミだ。
ヤバい。
私はルースをひょいっと持ち上げた。
「えっ、フラワ?」
全力で来た道を引き返す。
直感だ。
逃げないとヤバい。
ガリガリ、ギャアギャアという音はどんどん迫ってくる。
もっと、もっと速く走れ。
入り口の鉄の扉が見えた。
抱えていたルースもろとも滑り込んで、扉を閉める。
その時、見えたよ。
下水道を埋め尽くすような人食いネズミの大群が。
でっかい毛の塊が、もさぁ~って近づいてくるの。何百、もしかしたら何千っていう数。
鋼鉄の扉が、ドガンと鳴った。
ドガン、ガリガリ、ドガン。
全力で扉を押さえる。閂はかけたけど、あの大群はヤバすぎる。
長いこと、扉を抑えていた。
音が少しずつ止んでいき、静かになった。
ルースが、はあっ、と息を吐く。
「凄い数だったね」
「本当に大量発生だよ。あんなの無理無理」
それこそ、広範囲攻撃のスキルとかないと無理だよ。
「あれ? リボンが……」
ルースが左手首に巻いていた【HP】50アップの黒いリボンが無い。逃げるときに解けちゃったのかも。
うわっ、マジかあ。
40万エネルしたんだよ、あれ。
「しょうがないね。諦めよう」
もったいないけど、さすがにあの中で黒いリボンを探すのは無理だ。
ネズミたちが持ってちゃったかもしれないし。
くそう、下水道なんか二度と行かないぞ。
「フラワは待ってて。俺、探してくるよ」
「ダメ。さっきの見たでしょう。あんなの危なすぎるよ。もし、逃げるのが遅れてたら、死んじゃってたよ」
そりゃあ、40万エネルは痛いけどさ。
でも、また頑張って稼げばいいし。
「でも、ネズミの大群はどっか行ったみたいだし」
「そんなのすぐ戻ってくるよ。ネズミはすばしっこいんだから」
ルースは、なかなかリボンを諦めなかった。
まあ、【HP】50アップだからね。
それでも、何度も何度も説得して、なんとか諦めさせた。
もう、男の子は強情だね。