くぅ、余裕ぶりおって
「あの森に行ったんですか?」
受付嬢メリッサが、マジかよ、って顔で私を見る。
「だって、そこに貼ってあったじゃん。近くの森でスライム大量発生。退治願う、みたいなの」
「あっ、やばっ。剥がすの忘れてた」
「おい、ふざけんな」
「大変、申し訳ありませんでした。マザー・スライムが発生しているので、Bランク以上の冒険者に退治を依頼しているところだったんです。その間、森のスライム退治は中断してもらおうと、あちらに張り紙をしたのですが」
壁の別の箇所を指さす。
読んでないよ、そんなの。
「どうしてくれるんですか。危うく、ルースが死んじゃうところだったんですよ。メリッサさんのミスで、ルースが死んじゃうところだったんですよ。メリッサさんの致命的なミスで」
大声でわめく。
シー、シーと必死の顔で中指を唇に当てる受付嬢メリッサ。超焦ってる。
「で、できれば秘密にしてください。上に知られると、査定に響くんですよ。私、今、生活がカツカツで。無職の恋人も転がり込んでくるし」
「でも、こっちは大変な目にあったんですよ。ルースが死にかかったんですからね。それに、メリッサさんの給料が下がっても上がっても、私には全然、関係ないですし」
「奢ります。奢りますから。夕食代三日分で、どうですか?」
「メリッサさんのお給料はどれくらい減るんでしょうか? それって、夕食三日分でつり合いがとれる額なんでしょうか? 私にはわかりません。【かしこさ】3ですからね」
「四日分。これ以上は無理です」
「まあ、いいでしょう。メリッサさんのお給料が減っても、私たちになんのメリットもないですしね」
「ありがとうございます。できれば、あまり高いメニューは頼まないでくださいね」
本当にカツカツらしい。
ちょっと憐れみを感じた。
ちょうどトイレに行っていたルースが戻ってきたので、一緒に、解体所へ行く。
マザー・スライムの死骸はあのまま沼に浮かべといた。とてもじゃないけど、収納袋に入らなかったのだ。
マザー・スライムのどの部位が、どれくらいの値段なのか知らないので、解体所のおじいさんジャックさんに聞かなくては。
「フラワ?」
前を歩いていたルースが振り返った。
「えっ、ええと、な、なに?」
あせあせする。
なんか、ルースを蘇生して以来、まともに彼の顔を見れなくて。
なんか、うまく話せないし。キョドってしまう。
「いや、どうして後ろからついてくるのかなって」
いつもは並んで歩いてるから不審に思ったらしい。
「べ、別に意味ないよ。ちょっと、そういう気分だったというか」
「なんか、顔赤いよ。熱があるんじゃない?」
それはあなたのことを意識しまくってるからですよ。
「だ、大丈夫だから。は、早く行こう。ねっ」
まったく、ただでさえイケメンで、ドキドキだってのに、キスを意識して、超ドキドキだよ。
解体所でジャックさんにマザー・スライムを倒したことを話すと、ジャックさんはめちゃくちゃ驚いた。
「よく、倒せたな。マザー・スライムはBランクだぞ」
あれ、そうなの。
そういえば、受付嬢メリッサもBランク以上の冒険者に討伐依頼をかけたって言ってたな。
確かに、あのあと、レベルアップした。しかも連チャンで。
ルースを蘇生するのに一生懸命で、まったく気にしなかったけど。
あとで、ステータス・ウィンドウを開いたら、一気に5も【レベル】が上がってた。
フラワ・パンダヒルは【レベル】15になりました。
もう、基本能力値が1000オーバーです。
【かしこさ】以外。
「マザー・スライムはあんまり取るところがねえんだよ。肉もまずいしなあ」
それもあって、討伐依頼をかけても、受ける冒険者がなかなか現れないそうだ。
はあ、そうか。
まあ、いいけどさ。【レベル】も上がったし。
ルースとキス、しちゃったし。
思いだして、また顔が赤くなった。
やばいぞ、これ。
◇◇◇
宿屋に戻って部屋の前で別れるとき、唐突にルースが私の両肩をつかんだ。
パニックになった。
ホワワワと変な声出た。
「フラワ、やっぱりなにかあったんだろ?」
まっすぐに目を見て言った。
ち、近いよ。顔が近いよ。
火が出る。顔から火が出るから。
「目をそらすなよ。ちゃんと俺を見てくれ」
うう、ルースの唇を見ると、どうしてもあのキスの記憶が。
このイケメンと私はキスをしてしまった。
初めてのキスを。
いろんなところから、汗が出てくる。
後生だから、少し時間をくだされ。
「フラワ?」
私はチラチラと、ルースの顔を見ては、顔を赤くし、を繰り返した。
「ひょっとして。俺と組むの嫌になった?」
固い声。
私は全力で首を横に振った。
そんなんじゃありません。
まったく、そんなんじゃありませんから。
「また、フラワに助けられたし。弱くて、ごめん」
「そんなの気にしてないよ」
私は我慢できずに言った。
「なんかよそよそしいじゃないか。なんでだよ」
ああ、もう、そんなに知りたいなら、教えてあげるよ。
後悔しても知らんぞ。
「キスしたの」
ルースが、キョトンとなった。
「だから、ルースがマザー・スライムに沼に引きずり込まれて……。沼から引き揚げたら、息してなくて。だから、私が息を吹き込んで。だって、ほかに方法がないんだもの」
怪我なら接触治癒で治せるけど、あれは状態異常の領分だ。
「それで、なんか、照れちゃって……」
ルースの顔なんてとても見れません。
どんな顔してるんだ。
引いてる顔してたら、ショックなんだけど。
ルースの手が肩から離れた。
引いてる? やっぱり、どんびきした?
顎に手がかかった。
ほえっ、と私はわけがわからず上を向く。
ルースの顔が間近にあって、そしてくっついた。
柔らかい唇の感触を、唇に感じる。
私の思考は止まった。
気が付いたら唇は離れていて、近い距離から私を見つめるイケメンがあった。
「嫌だった?」
「嫌じゃない」
声がかすれる。
「良かった」
ルースが笑った。
すごくホッとした顔。
ドバーっと心に洪水が起こって、私はそれに押されるみたいに、ルースに抱き着いた。
ルースの手が私の背中をキュッと絞める。
「好きだよ。君のことが。大好きだ」
「あだじも……」
やべっ、昂りすぎて、変な声になった。
クスっとルースが笑う。
「わ、笑った」
「ごめん、なんか、フラワのそういうとこ、可愛いよね」
くぅう、余裕ぶりおって。
こっちは、なんかもう、フワフワして、頭が回らないってのに。