小説まんま君との再会
「じつは、昨夜から知り合いのところに泊めてもらっている。そうだった。その知り合い、まぁ担当している作家なんだが、きみに会いたがっていてね」
「はあ?どうしてわたしに?というより、どうしてわたしのことを知っているの?」
「おいおい。おれはおれが担当している女性の作家と打ち合わせがあるとしか言っていないぞ。ただ、作家と交流する機会などなかなかないから、会ってみたいと思ったんだろう」
「男性、なの?」
思わず、カルラと顔を見合わせてしまった。
「もちろん。いくらなんでも、おれが女性のところに泊まると思うか?」
「ちょっと待ってよ。去年、ここに泊まったわよね」
「そうだったかな?たぶん、きみは女性とは思わなかったんだろう」
「いえ、ちょっと待ってって」
「ほら、きみはペンネームも男性名だし」
「それとこれとは話が違うでしょう」
「細かいところは気にするなよ」
「気にするわよ」
「でっ、呼んでもいいかい?」
「はあ?いきなりよね」
「たとえば、ディナーのときとか?」
「ちょっと、ほんと突然すぎよ」
「はい、決まり。よかったよ。じつは、夕方に来るよう場所も伝えているんだ」
「はああああああ?」
ダメだわ。彼のマイペースぶりについて行けそうにない。
「それにしても、カルラ。きみの料理はいつも最高だな。しあわせだよ」
「そ、そんな。大したことはありません。お世辞でもうれしいです」
なんだかビミョーすぎる。
驚くほどマイペースなアニバルも、仕事のこととなると熱く厳しくなる。
ランチ後、夕方まで打ち合わせを行った。
打ち合わせ後、ディナーの準備を始める前にアニバルにもう間もなく訪れて来るであろう第二のゲストについて尋ねてみた。
「きみのことは、ただ女性作家だとしか告げていない。だから、きみにも彼のことは男性作家とだけしか言えない。詳しくは、会ってから直接本人に尋ねてみたらいい。向こうにもそのように言っているから」
「呆れた。どこのだれとも知らない人をこの家に入れるわけ?」
「身元は保証する。うん。きみと同じくらいしっかりしているから」
彼は、にんまりと笑った。
ちょっと待ってよ。わたしと同じくらいって、めちゃくちゃ怪しいじゃない。
アニバルにはわたしの過去のすべてを伝えている。
長年いっしょにいるカルラ同様、なぜか彼は信頼出来る感じがするから。
まぁその彼が言うくらいだから、すくなくとも殺人とか詐欺とかそういうことをする犯罪者ではないのでしょう。
もっとも、わたしを殺したりだましたところで何も得るところはないのだから。
急遽一人増えることになり、ディナーの準備にカルラと二人で追われた。
準備中は、間もなく訪れるであろう男性作家の話題で盛り上がった。
どんな容姿なのか、どんなジャンルの作家なのか、など。
そして、噂の男性作家は、ディナーの準備が終ったタイミングでやって来た。
「おお、来たな」
アニバルは、まるでこの別荘の主みたいに玄関扉を開けて迎えている。
カルラと二人、いっしょに玄関扉へ向かった。
玄関にある大きな窓から、夕陽が見えている。その夕陽のせいで、窓から見える木々も地面も玄関もわたしたちも血に彩られている。
わたし、やめなさい。「血に彩られている」だなんて、そんな物騒な表現はしてはダメ。
真っ赤に染まっている屋内に、アニバルに招き入れられて第二のゲストが入ってきた。
「まあっ!」
カルラが叫び声を上げた。
真っ赤に染まっているのでよくわからない。目を細め、集中して見てみた。
「やあ、先日はどうも。また会えましたね」
真っ赤っかな中で、片手を上げたようである。
なんてこと……。
図書館で出会った小説まんま君だわ。
やっぱり……。
これって、偶然じゃなく必然ね。
わたし、小説の中に入りこんじゃっているかも。