担当編集アニバル・ソレス
図書館を出た後、例のスイーツの店によった。そこでスイーツが半額セールになっていたので、買い漁ったときには美貌のまんま君のことなどすっかり忘れてしまった。
離縁されて結婚に失敗しているわたしにとって、美青年よりスイーツの方がより関心が高いのかもしれない。
翌朝、日課の運動ははやめにきりあげた。
ランチタイムに合わせて来客がある。
わたしの担当編集であるアニバル・ソレスが訪ねてくる予定になっている。
というわけで、今朝は簡単に朝食をすませ、ランチ作りに精を出している。ランチ後に打ち合わせもある。だから、ディナーもここですませるのではないかと予測している。
ディナーの準備もしておいた方が無難である。
その場合は、わたしも付き合ってがっつり食べることになる。
「やあ、クミ」
「こんにちは、アニバル」
玄関で彼とハグして出迎えた。
この別荘は、わたしの実家であるオラーノ伯爵家が所有していた別荘の中でも一番カジュアルな別荘である。ハイキング、乗馬などアウトドア用にとログハウスにしてもらったらしい。
それでよかったと思っている。これが厳粛であったり、いかにも貴族の別荘という造りだったら生活しにくいから。
伯爵家なんてもうなくなっているし、いい笑いものになるだけでしょう。
それはともかく、住人であるわたしたちもラフな恰好で生活しているから、めったにないお客人たちもラフな恰好で訪れる。
アニバル・ソレスは今日もラフすぎる恰好で、というよりかは第二ボタンまで外したシャツにヨレヨレのズボンという恰好でやって来た。
彼は副編集長でありながら、わたしだけでなく数人の作家を担当している。
出版社に泊まり込むことも多いらしく、恰好より睡眠や食事に時間や気を費やしたいらしい。
他の編集者に会ったことがないので比較のしようもないけれど、若いくせにすべてを悟っているというか諦めているというか、全身からそんなオーラを発している。
ブラウンの髪に同色の瞳で、大股で五歩ほど離れて見れば美形に見えなくもない。ただ、だらしない恰好だけが残念な気がする。
「クミ、また痩せたんじゃないのか?それにしても、きれいになったなぁ」
「アニバル、お世辞でもうれしいわ。さあ、どうぞ中に入って。ランチにしましょう」
彼を招き入れたところで、カルラが厨房からやって来た。
「アニバル、いらっしゃいませ」
「やあ、カルラ。これ、どうぞ」
彼は、手に握っている瓶を差し出した。
わたしに、ではなくカルラに。なぜかはわからないけれど。
「まあ、葡萄酒ですね」
「ああ。前回、よさせてもらったときにモリーナ王国の葡萄酒を飲みたいと言っていただろう?ちょうど初物が出たばかりですね」
「覚えて下さっていたんですね。うれしいわ」
カルラは、嬉々として受け取った。
ふう……ん。そうなんだ。
複雑な気分である。
彼が来るまでに準備は整えている。
アニバルは恰好はだらしないけれど、時間は厳守する。
ラザニアにサラダ、肉の煮込みに野菜の酢漬け、焼き立てのパンにチーズ。
彼がわたしにではなくカルラの為にだけ持って来てくれた赤色の葡萄酒によく合う。
というわけで、三人でテーブルを囲んでずいぶんと盛り上がった。
「ところで、アニバルは今日は宿を手配しているの?それとも、帰るつもり?」
国境からモリーナ王国の王都までどれだけ急いでも二日はかかる。前回、彼はここに泊まった。その前は街の宿屋に泊まった。
今回、何も言わなかったので、もしかすると宿屋を手配しているのかと思っている。だけど、一応は客室の準備は整えている。




