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「小説まんま君」登場

「おっと失礼」

「ごめんなさい」


 視線を指先へ向けると、すぐ横に男性が立っている。どうやら、彼と同じレシピ本を狙っていたようである。


 まったく気がつかなかったわ。


 下手な恋愛小説の出会いのシーンのようなこのシチュエーションに、思わず内心で苦笑してしまった。


 手をひっこめようとした瞬間、彼がそのレシピ本をつかんでわたしの手に押し付けてきた。


 なにこれ?下手な恋愛小説のストーリーそのまんまじゃない。


 これがきっかけで恋に発展していく、みたいな?女性目線だったら、男性はぜったいにカッコよくてキラキラしているのよね。男性目線だったら、女性はぜったいに美女でキラキラしているのよね。


 ということは、この男性はぜったいにカッコよくてキラキラしていなきゃならないわけで……。


 ついつい創作視点で物事をかんがえてしまう。これは、現実世界であって虚構の話ではない。


「ぼくは違うレシピ本にしますから、どうぞ」


 その声は、テノールで耳に心地いい。


 思い出すだけで虫唾が走るけれど、元夫のセシリオのとってつけたようなソプラノボイスとはまったく違う。


「わたしこそ、別のレシピ本でも問題ありませんので。お持ちください」


 彼に譲ろうと体ごと向き直った。


 心の中で、どんな容貌か楽しみにしつつ。


「……」


 なんてことなの!


 まんまよ、まんま。下手な恋愛小説のまんまだわ。


 美貌がこちらを見ている。ちょうど窓から陽光が射し込んできている。まるで、このワンシーンに花を添えるかのように。


 カッコいい男がキラキラしているわ。


 ベタすぎて、胸元の本を取り落としてしまった。


「おっと」


 小説まんま君は上半身をさっと折ると、数冊の本が床に落ちるまでにうまくキャッチしてくれた。


「たくさんの本ですね」


 姿勢を正した彼と、真正面から見つめ合う。


 目の保養だわ。


 元夫のセシリオは、見てくれだけはよかった。ほんとうに見てくれだけは、だったけれど。


 だけど、それは常識の範囲内の良さだった。


 が、小説まんま君はそれを超えている。まさしく、創作の世界にしか出てこないような美しさといえるかもしれない。


 キラキラしすぎていて長くは見ていられない。


 本が減ったお蔭で、眼前に手をかざすことが出来る。だけど、さすがにやめておいた。


 変な女だと思われるかもしれないから。


「え、ええ」


 たくさんの本ですね、に対しての答えである。


 下手に言い繕うのもおかしいから。


「カウンターまで運びますよ」


 なんと、気の遣いようまで小説のまんまだわ。


 恐れ入ったわ、小説まんま君。


 年の頃は同年齢か少し上くらいかしら?やわらかそうな金髪に、空の色の蒼い瞳。顔の造形の良さは言うまでもなく、体型も長身でそこそこ筋肉がついていそうで理想的な感じ。服装は、白いシャツとグレーのジャケットに同色のスラックスこざっぱりしている。


 物腰のやわらかさや醸し出す雰囲気は、上流階級の人間であることは間違いない。


 こんな貴族、この辺りにいたかしら?


 この領地は、ラサロ侯爵家のものである。代々軍部で活躍している家系で、現当主は元将軍。その息子たちは、いずれも帝都で軍の要職に就いている。息子たちは、たしか三十代だったと記憶している。


 ラサロ侯爵の親戚か知り合いかしら?


「お嬢様っ」


 そんなことをかんがえていると、彼越しにカルラが見えた。


「レシピ本、ああ、それそれ」


 彼女は、わたしの手にあるレシピ本を見て言った。


「失礼」


 彼女に気がついた小説まんま君は、すぐに脇にどいた。


「お気遣い、ありがとうございます。お言葉に甘えて、レシピ本譲っていただきますね。その本、彼女に渡していただけますか?」

「ええ、もちろん」


 彼は、願い通りわたしが落とした本をカルラに手渡してくれた。


 カルラは状況が飲みこめるわけもなく、驚きの表情で彼とわたしとを交互に見ている。


「レシピ本、ありがとうございます。失礼いたします。カルラ、行きましょう」


 彼女をうながし、歩きはじめた。


「あの……」


 数歩歩いたところで、彼が何か言いかけた。


 下手な小説だったら、その続きは「またお会い出来ますか?」よね。


「またお会い出来ますか?」


 小説まんま君、ありがとう。そのまんまだわ。


 じゃあ、わたしも小説のまんまでいかせてもらうわね。


「ええ、いずれきっと」


 振り返って自分でも最高じゃないかしら?っていうような笑みを満面に浮かべて応じた。


 そして、颯爽と去った。


 小説そのまんまみたいなことってあるんだ、とある意味感動しながら。


 まさかこのとき、小説そのまんまな展開にどっぷりつかることになるなんて、まーったくかんがえもしなかった。


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