「白ユリの楽士」ですって?ふーん……
「うーん。どうでしょうか。例えば面白くない小説でしたら、バラしてもらった方が読まなくてすみます。それでも、少しでも読んだ以上ラストだけでも知りたいってときがありますよね。バラしてもらった方がてっとり早いですよね。だけど、面白いミステリー小説だったらバラされるのはぜったいにイヤです。バラした相手を血祭りに、あ、失礼、バラした相手とは距離をおきたくなります」
バラされたらイヤ派、バラしてもらいたい派、どちらにも花をもたせる回答をしておいた。
最後の「相手を血祭に」という不穏な表現は、バイオレンスやハードボイルド系作家のあるあるね。だぶん、だけど。
「ああ、なるほど」
「言われてみればそうですね」
彼女たち、なんて素直なのかしら。
おたがいの顔を見合わせ、目から鱗的にうなずき納得している姿がキュートすぎる。
っておばさん臭いこと思っているけれど、彼女たちはわたしとそうかわらない年齢よね。
「ところで、みなさんがそんなにご執心な小説ってどういう小説なんですか?」
このとき、なぜか興味がわいた。どうして興味がわいたかは、ずっと後になってもなぜかはわからないでしょう。
彼女たちが恋愛物の書架の前で談義していたのだから、ぜったいに恋愛物の小説に違いない。しかも、シリーズである。恋愛物でシリーズって、よく書けるものよね。
それはともかく、とにかくわたしにとっては別の異なる世界に等しいくらい無縁でまったく興味のないジャンル。それなのに、尋ねてしまった。
「隣国の小説家ナタリア・イグレシアスの恋愛物「白ユリの楽士」シリーズなのです。ご存知ですよね?」
メガネでおさげ髪の娘が教えてくれた。
ふうん。それって知っていて当然のシリーズ物なんだ。
それにしても、「白ユリの楽士」ですって?
どうせ美貌の楽士が、その美貌を武器にありとあらゆる女性をひっかけ、浮名を流す。その過程や相手の女性にまつわる事件や出来事を描いているに違いない。もちろん、恋愛メインだからそういう甘々でジレジレでキュンキュンなシチュエーションが多いにきまっている。
題名を見ただけですぐにわかるわ。
そうね。わかっているわよ。わたしの「黒バラの葬送」シリーズも、すぐにどういう筋書きかわかるわよね。
それにしても、ナタリア・イグレシアス?
恋愛のごとき女の腐ったみたいな描写を描き続ける人って、いったいどういう作家なのかしら?「これぞレディ」みたいな、清楚で可憐でウブなレディかしら。それとも恋愛とはほど遠い、あるいは恋愛で痛い目にあったようなおばさんかしら。
「ごめんなさい。わたし、あまり恋愛物は好きじゃないの。だから、知らないわ」
正直に言った。
話を合わせるのが人としての常識かもしれないけれど、こういうファンたちに知ったかぶりをしたらドツボにはまってしまう。
面倒くさいことになるにきまっている。
「そんな……。まさか、女性で「白ユリの楽士」シリーズを知らないなんて」
「信じられないわ。あなた、大丈夫ですか?」
「本好きなのに、このシリーズを知らないって罪すぎるわ」
どうも読み違えたみたい。
正直に言ったは言ったで面倒くさいことになったわ。しかも、彼女たちの身内をことごとく殺した鬼畜みたいな扱いになっている。
「ほんと、知らなくってごめんなさい。わたしも予約してみるわ」
はやいとこ逃げだしたい。そろそろカルラが図書館に迎えに来る。彼女に頼まれた料理の本を探さなければ。
「約束ですよ」
「かならず読んでください」
「すぐに予約した方がいいですよ」
彼女たちの熱心な勧誘をふりきり、ようやく料理本の書架にたどりついた。
えーっと……。
明日、隣国モリーナ王国から「黒バラの葬送」シリーズの担当編集がやって来ることになっている。
おもてなしをする為に、図解入りのレシピ集を頼まれている。
背表紙の文字を追っていると、それっぽい本が見つかった。
本は分厚く、背表紙の文字は大きくて太い。こういう料理本は、たいてい図入りで説明されている。
視線を落として胸元の本を抱え直しつつ、目測で目当ての本へ手を伸ばした。
すると、指先が何かにあたった。
その何か、というのが本ではないことは言うまでもない。




