ラブロマンス系にて
「黒バラの葬送」シリーズ。著者ベルナルド・ゴメス、とタグが示している棚には一冊も本が置いていない。
この状況を見るたびにうれしくなってしまう。
多くの人が見て楽しんでくれている。
著者としては、そう想像するだけで気分が高揚する。
そして、やる気が出る。だけど、それはいまだけ。別荘に戻って机に向かったら、また違ってくるのが残念である。
この気分の高揚が、是非とも永遠に続いて欲しいものである。ついでに、どんどんインスピレーションがわいてくれればいい。
人生、そんなにうまくいかないのよね。
ごっそり本のない書架を通りすぎ、他のジャンルを見てみることにした。
ジャンルごとにまとめられている書架の前に立ち、背表紙を睨みつけたり手に取っている読書好きたち。
老若男女、だれもが真剣である。ときおり視線が合い、会釈したり微笑み合う。
共通の趣味を持つ者どうしの無言の触れ合いも楽しい。
本を選ぶときは、なるべく自分のジャンルには関係のないジャンルにする。というのも、同じハードボイルド系だと自信を無くしてしまうからである。あまりのレベルの差にうちのめされてしまう。
違うジャンルであれば、違うジャンルだからと自分自身をごまかすことが出来る。
ジャンルは違えど、基本は同じである。だから他のジャンルの作品が素晴らしいのは、わたしの想像力の欠如や表現力の乏しさから実力に差がでているだけなんだけど。
今日はどんなジャンルにしようかな、とかんがえながら書架をまわってみた。すると、数人のレディが立っていることに気がついた。
ああ、ラブロマンス系ね。
そう。それはわたしにはぜったいに関係のない、それでいて作家であってもリアルな生活上であっても、けっして相容れない分野である。
「あーあ、残念。まだ戻ってきていないわ」
「バカね。だから予約しなさいって言ってるでしょう?」
「してるわよ。だけど、念のため戻ってきていないかなって」
「あるわけないわよ。予約だって、巻によっては二か月待ちよ」
「セシリオ様がイメルダ嬢の元婚約者をとっちめるシーンの続きが読みたいのに」
「それだったら教えてあげるわよ。お屋敷で……」
「ちょっと待って。小説のストーリーをバラすなんてどんないやがらせなの?」
「だって、あなたが知りたがるから」
「読んでこそ、よ」
「それは言えてるわ。わたしもバラされたら腹が立つもの」
「でも、ストーリーを知っていた方が安心して読めるでしょう?」
「ええーっ」
街のレディたちだ。彼女たちは清潔感溢れるシャツにスカート姿で、どの娘も可愛らしい。わたしの小説に出てくるキャラクターだったら、「みんなまとめてお茶でもどうだい?」って誘うに違いない。
彼女たちのコソコソ話がきこえてくる。そのうしろを通ろうとしたけど、書架と書架の間が狭いのでどうしても声をかけざるを得ない。
「あの、すみません。通してもらっていいですか?」
彼女たち、なんだか小説の筋書きをバラすバラさないでもめ始めたみたい。だから、控えめにお願いした。
以前のデブデブのわたしだったら、この書架の間じたい横向きに通らないと通れなかったはず。だけど、いまはちょっとどいてくれれば、スススッと通りすぎることが出来る。
「す、すみません」
一人が言い、全員が片端によってくれた。
「あの、ぶしつけですが……」
通りすぎようとした瞬間、一人が言ってきた。大きな瞳が魅力的な娘である。
「どう思われますか?」
「はい?」
「自分の読んでいる小説の続きをバラされたとしたら、腹が立ちませんか?立ちますよね?」
彼女の大きな瞳から、いまの質問の答えが「腹が立ちます」の一択しか受け付けない圧を感じる。