彼って、もしかして遊び人?
「ほんとうはね。クッキー、あまり自信がなかったの。だから、あなたの反応が悪かったらということを想定して、ちゃんと代替品を準備していたの。もちろん、それはカルラが作ったものだけど」
「ちなみに、それは何?」
「パウンドケーキよ」
「それもいいね。今日はどうせ長丁場になる。クッキーだけじゃ足りないだろう。ランチ代わりにパウンドケーキを食べてもいいし。カルラとアニバルも、気を遣って遅くなるまで帰ってこないだろうから」
「なんですって?」
たしかにクッキーだけじゃ足りないかもしれない。パウンドケーキの出番はあるはず。
だけど、カルラとアニバルが気を遣って遅くなるまで帰ってこない?その意味がよくわからない。
「あ、いや。言い方が悪かったかな。彼らも、仲が良すぎるところをぼくらに見せつけるのもいかがなものかと気を遣って、遅くまでウロウロしているだろう」
「あ、そこね。それは言えてるかも。だけど、それはそれでカルラの身が心配だわ。彼女、きれいでしょう?わたしに対しては辛辣だし厳しいけれど、わたし以外の人に対してはそうじゃないのよ。だから、アニバルに迫られでもしたらって想像すると……」
「クミ、そこは心配無用だよ。アニバルはそんな男じゃない。もちろん、二人が同意の上だったらそういうことになるかもしれない。それは、自然な流れだろう?だけど、嫌がる相手に強要したり無理やりしたり、なんてことはぜったいにない。彼は、そんな男じゃない。それとカルラだって自分が認め、欲しないかぎりはそういう雰囲気にもっていかないさ。そうでないかぎり、思わせぶりな態度はとらないし、素振りも見せない。彼女は、そういう点では強い人だと思うよ」
彼は、どういう根拠でそう断言したのかしら。
ずいぶんとわかったようなことを述べるのね。知ったかぶりかしら?
それとも、経験上ってことかしら?
だったら、相当遊んでいるってこと?
「すまない。知ったようなことを言ってしまった。きみにすれば、『何がわかるのよ』ってことになるよね。『無責任なことを言わないで』ってことにもなるよね。彼女はきみのお姉さん的存在だから、きみが心配するのはムリはない」
「いいのよ。謝らないで。あなたの言う通りだと思う。彼女もいい大人なんだから、自分で対処出来るし責任もとれる。わたしがとやかく言うことじゃないものね」
視線を合わせたまま笑みを浮かべて見せたけど、思いのほかうまく出来なかった。
ひきつった笑みにしか見えなかったかもしれない。
カルラのことについてじゃない。彼が遊び人かもしれないってことに対して、心が穏やかでなくなっている。
そんな気持ちを抱いた自分に驚いて、思わず動揺してしまった。
だから、ひきつった笑みしか浮かべられなかった。
「クミ……」
やはり、ひきつった笑みになっていたのね。彼が慌てて立ち上がりかけた。
「アレックス、ごめんなさい。ほんとに違うの。あなたの言ったことじゃないから」
その彼を押しとどめようと言い訳を連ねようとしたけど、自分でも何を言っているのかわからない。
「さあ、そろそろばらし合いっこしましょうよ。あなたの作品、見たくてウズウズしているわ」
さっさと話題をかえた。同時に、彼に座るよう合図を送った。
本心を悟られたくなかったから。
「キュー」
肩上で、ロボが鳴いた。モフモフがわたしの頬をやさしく撫でる。
もしかして、慰めてくれているの?もしかして、わたしの心が読めるの?
そんな訳はないのに、そんなファンタジックなことを想像してしまう。
「大丈夫よ、ロボ。ほら、あなたにも」
ごまかす為に、胸元の小説をローテーブルの上に置いてからお皿上のプレーンクッキーをつまみ、彼にあたえた。
「キュキュッ」
プレーンクッキーは、すぐに消えた。
そうして、いよいよおたがいの小説を披露するときがきた。




