二年後 国境地域
二年後 アラニス帝国とモリーナ王国の国境地域
「今日も快調ね」
日課である早朝のランニングを終え、汗を拭きながら屋敷の裏庭に向かった。
ランニングの後は、裏庭でストレッチをする。
わたしの実家であるオラーノ伯爵家が有していた別荘は、売り払われてしまった。この別荘は、子どものときから大好きだった。だから、二年前にセシリオから離縁される前にポケットマネーで買い取っておいた。
「お嬢様っ、お戻りですか?」
ストレッチが終った頃、台所からカルラの声が飛んできた。
「お嬢様っ、ニワトリ小屋から卵を取ってきてくださいな」
思わず、つぶやいた。
「お嬢様っ、にわとり小屋から卵を取ってきてくださいな」
間髪入れずにカルラの声が飛んできた。
ほーら、やっぱり。
だって、毎朝のことなんですもの。
「了解っ!卵取り令嬢に任せてちょうだい」
木製の椅子の背にひっかけておいたタオルをつかむと、汗を拭きながらニワトリ小屋へと向かった。
「お嬢様は、目玉焼きですね。サニーサイドアップ。いつものように潰したら黄身がトローリ状態にしています」
「ありがとう、カルラ。あなたは、半熟卵?」
「今朝は、何かそんな気分なんです。さあ、こちらもどうぞ」
彼女は、食堂にある四人用のテーブル上にサラダやスープ、それからパスタとパンの入っているカゴを手際よく並べ始めた。
「食後は、フルーツとヨーグルトです」
「バッチリね」
「夕方は、サンドイッチとスープでよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
さっそく席につこうとすると、カルラがじっとわたしを見つめていることに気がついた。
彼女は、控えめに表現しても美人すぎる。しかも、スタイルがよすぎる。
わたしがまだ子どもの頃、彼女は実の両親に売られるところだった。娼館の下働きに、である。まだ子どもとはいえ、彼女は自分が売られること、売られる先がどういうところかがわかっていた。だから、彼女はその夜に閉じ込められていた娼館の物置小屋から逃げだした。
彼女はそこがどこかもわからず、どこへ行くのかもわからずにただひたすら走った。
そして、たまたまわたしの屋敷に迷い込んできた。
わたしの亡くなった両親は、信じられないくらいのお人好しである。そのせいで歴史あるオラーノ伯爵家は永遠に消え去り、二人とも命を失ってしまった。
それはともかく、両親はカルラを屋敷に迎え入れた。まぁ、そのことについては、二人のお人好しぶりは称讃ものだけれども。
以来、彼女はわたしの親友である。というよりかは姉的存在である。一応、オラーノ伯爵家のメイドの一人ではあったけれど、わたしの一番の友人であり姉であることはいまも昔もかわっていない。もちろん、これから先も。
「なに?カルラ、なんなの?」
カルラは、普段着用のシャツとズボン姿のわたしを上から下まで眺めまわしている。
すごく居心地が悪いわ。
「それにしても、ほんとうに、ほんとうにきれいになりましたよね」
彼女は、ムダに強調しつつ褒めてくれた。
「お嬢様には頭が下がります。緻密な計画もさることながら、それを実行に移して成功させてしまうのですから。なにより、精神力と忍耐力はだれもかなわないはずです」
「いやだわ、カルラ。そんなに褒めてくれても何も奢らないわよ」
「あらま。今日、街のスイーツのお店でケーキが半額なのに……」
「ほんとうに?それは行かなきゃ。わかったわよ。何でも好きなのを奢らせていただきます。ただし、五個までよ」
「やったぁ!さすがはお嬢様。太っ腹ですね。では、そうと決まれば落ち着いて食べることが出来ます」
「現金ね、カルラは」
思わず笑ってしまった。




