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森の中にて

 商人かしら?


 走り続けながら、目を細めて様子をうかがってみた。


 朝の光が、木洩れ日となって荷馬車に降り注いでいる。


 よく見ると、二頭立ての荷馬車以外に乗馬用の馬が二頭いる。そのすぐ側で、四人の男性が馬車や馬から降りてなにやら話し込んでいる。


 なんか嫌な感じよね。


 うなじのあたりがイジイジする。


 それは、たいてい厄介事がある前兆を意味する。


 だけど、いまさら回れ右するわけにはいかない。向こうも気がついたようね。いっせいにこちらを向いた。


 仕方がないわね。とりあえずこのまま行ってみよう。


「よおっ」


 普通の声量だったら充分届くまで距離が縮まったとき、四人の中の一人が手を上げて声をかけてきた。


 さっと四人を観察する。


 四人ともこざっぱりしたシャツで、その上にベストを着用している。ズボンは黒であったり紺であったりバラバラである。四人の内の三人は狩猟用の帽子をかぶっていて、一人はベレー帽をかぶっている。


「なんだ、女か」


 さらに近づくと、先程のとは違う男がつぶやくように言った。


 まあ、そうよね。


 女性はランニングなんてしない。それから、こんなに髪の毛が短くない。


 どこからどう見ても男よね。


 でも、心の中で言わせてね。


 女で悪かったな、くそったれ。


 わたしの小説のヒロインであるエルバ・マルドネス、通称黒バラだったら、「くそったれ」のジェスチャーも添えて、声に出して言ったわよ。


 心の中で言いながら、彼らの前で立ち止まった。


「へー。この辺りの女は、走ったりするんだ」

「こんな早朝に、しかも人気のないところを?」

「新手のアピール方法か?襲ってください。体力はありますよって感じか?」


 狩猟用の帽子をかぶった三人のいやらしくねっとりとした視線が、全身をなめまわす。


 ううっ!気持ち悪い。気持ち悪さ度は、元夫のセシリオ・グレンデス並ね。


 もう一度、視線をさっと巡らせた。


 荷馬車に商品らしきものが積まれていない。ボロボロの布袋とバッグが数個無造作に積まれているけれど、それらは彼らの所持品の可能性が高い。


 先程の三人の不愉快な発言もあわせ、彼らがまともな商人ではないことは確かだ。


「やめないか、おまえたち。レディ、おれたちは人探しを頼まれてやって来たんだが、荷馬車の車輪が外れたんだ。修理工のいるところを教えてくれないか?」


 ベレー帽の男が言ってきた。


 性的ないやらしさはまだマシだけど、こちらを見下しているのがありありと感じられる。


 どちらにしても気に入らないわね。


 それに、残念な態度とは別にイヤーな感じがする。


「そうですね。ここまで来る途中で、東に行く小道があったでしょう?そちらをたどれば、小さな町が見えてきます。その町をこせば山があるんですが、その麓に「何でも屋」があります。お金次第で、何でもやってくれます」


 嘘ではない。一番近いというだけじゃないだけのこと。


「面倒です。馬車は置いていきましょう」

「ダメだ。証拠になるようなものを残すバカがいるか?だれかそこまで行って呼んで来い。ついでに、食い物もな」


 ベレー帽の男が命じると、ブツブツ言いながらも一人が乗用馬に跨り、彼らがきた道を戻っていった。


 馬上のその背を見送るでまでもなく、わたしはさっさと彼らに別れを告げることにした。


 すなわち、くるりと背を向けてもと来た道を帰ろうとしたのである。


「おい、レディ。名は?」


 すると、ベレー帽の男の鋭い声が後頭部にあたった。


「名乗るほどの者ではないわ」


 顔だけうしろへ向け、黒バラがだれかを助けたときに言うのと同じ台詞を返した。


 黒バラと同じように爽やかな笑みを添えて。


「ちっ!すかしやがって。何様だ」


 残念ながら、現実は厳しすぎた。


 小説の中では心から感謝しまくられるシチュエーションも、現実には傲慢ですかした女になるらしい。


 ぶん殴ってやりたい衝動を抑えこみ、ランニングを再開した。


 今朝は、いつも通りの距離は走れないわね。


 だから、分岐点から別荘までいつもより速度を上げて走った。


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