友人、そして人里
朝の一件から数刻も経たないほど
「・・・・」
縁側に座っていた透香は旗から見てどこか意識が遠く、呆けているように見えた。
朝の一連の出来事、それはすぐには受け入れられないものであった。
頭の整理が追い付かず、ただ呆けることしかできない。
そんな透香のところに、一人の少女がやってくる。
「おいおい、急いできたのに、こっちよりやばいやつがいたぜ」
気力のない目を向けると、
そこには着物姿に三角帽子という不釣り合いな格好をした少女がいた。
「・・・理紗」
「いや、本当に元気ないな。どうしたんだ」
霧雨理沙、霧雨魔法店の末娘で、透香の幼馴染である。
また、人里と神社を一人で往復する猛者でもある。命知らずともいう。
「別に、何でもないわ。というより、話したところで信じられないと思うし」
「そうか。じゃあ、私の話だな!」
理紗は胸を張ってそう応える。
「いや、少しは気にしなさいよ」
「話せないんだろ。なら聞いても仕方ないじゃないか。
それなら私の話だ。こっちの方がやばいからな!」
「・・・やばいって何があったのよ」
「人里の様子がおかしいんだよ。
あっちこっちに走り回って忙しそうにしている人がやたらいるし、
なんか叫んでいる人はいるし、
あげくには、祭りだっていって櫓まで組み始める始末だ。
な?おかしいだろ」
理紗はそう言いつつ、やれやれと肩をすくめる。
「祭り・・・?こんな時期に?」
「そう、祭りだ。やるにはまだ早すぎるぜ。今日はやたら寒いしな」
「ええ、何の祭りかしら・・・?」
「まったくわからん!私が聞きたいくらいだ!」
「胸を張って言うことじゃないでしょ・・・」
「まあ、そんなわけだから一緒に来てくれよ。
一目見ればどのくらいおかしいかわかるだろ」
「そうね・・・何かしらでも動いた方がいいか」
「そうそう。行き詰った時には運動するのが一番だ!」
「・・・なんか実感がこもってるわね」
「私も魔法具の改造でよくなるからな!」
「そう・・・」
白けた目で理紗を見つめる透香
「なんだよ、その目は・・・」
「いや、あのへんてこな改造と同列に語られるのはちょっと・・・」
「へんてことはなんだ!天才的と言って欲しいな!」
ぷんすこと怒る理紗
「はあ・・・まあいいわ。それよりも行きましょ。やばいんでしょ」
「むぅ。癪だけどそれどころではないのは確かだな。よし、行こうぜ」
二人は人里へと急いで向かっていった。
―――――――
【道中】
「なんか・・・やけに静かね。妖怪の姿どころか気配もないなんて珍しいわ」
「そうなんだよな。いっつも神社に行くときは妖怪の1匹2匹、確実に遭うんだが。今回は1匹も遭わなかったからな。それ自体はありがたいんだけど、すごい不気味な気分になったぜ」
「理紗・・・よくそれで毎日神社に来ようと思えるわね」
「ふふん、これも私が強いからだな。そこら辺の小童妖怪など恐るるに足らずだぜ!」
「そういうことじゃないんだけど・・・まあいいわ。いつもより注意しつつ急ぎましょう」
―――――――
【人里】
「なにこれ・・・」
人里入り口についた巫女と三角帽を被った小娘(小娘とはなんだ!?)
彼女たちの目の前には祭りの飾りつけをされた建物と祭りの準備で賑わう人々の姿があった。
何かわからない祭りの準備で賑やかにしている人々も気になるが、
それよりも異様なものが目の前にあった。
天にも届こうかという高さにたてられた櫓とその両隣に並び立つ木で出てきた巨大な十字架である。
「どうしてこんなものがあるのよ・・・」
「な?おかしいだろ」
「おかしいって次元じゃないわね」
そう話しつつ、近くにある十字架のもとへ近づく二人。
「これは・・・十字架というものだったかしら。吸血鬼たちが知ってる外来の人間の宗教的なやつ」
「お、よく知ってるな。よく信者が手に持ってたり、壁に掲げられたりしてるものだな。
これに向かって祈りを捧げるのがこの十字架ってものらしいぜ。
・・・なんだけど
・・・」
頬を掻きながら、その後の言葉を言い辛そうにする理紗。
「どうしたの?」
「いや、これだけでかいとな。
ちょっと用途が変わってくるんだ」
「用途が違う?なにをするのよ」
「あー、まあ、なんだ。そっちが本来の用途っていうか」
「歯切れが悪いわね。何なのよ」
そこへ二人に近づく人物が一人・・・
「処刑用ですな」
「!?」
透香が振り向くと、そこには今朝合った参拝者の一人、
陰陽師風の衣装を来た謎の男が立っていた。
「処刑、ですって?」
男の言葉を聞いて警戒の色を強める透香。
理紗も体をこわばらせ、緊張しているようだ。
「ええ、そうです。しかも、これの元になった宗教の神を処刑した偉大なる処刑法ですぞ!」
「なっ・・・神を処刑したですって・・・!?」
「はい。さらに言うならば、この十字架の処刑がまさに、神が神となった要因ともいえますな」
「もう無茶苦茶ね・・・で、そんなものがなんでここにあるのよ」
大言壮語、というより現実味のない話を聞き流し、透香は問い詰める。
「それは巫女様を称えるためですな」
「たた・・・えっ?!」
彼から発せられた言葉に愕然とする透香
「今朝がた、巫女様はそれはそれは強い妖怪を退治なさったようですからな。
失礼ながら私、当代の巫女様を侮っておりました。
しばしばそこら辺の小童妖怪にも苦戦する様子が見られておりましたからな。
先代と比べると・・・おっと、これは言ってはいけませんでしたな。
まあともかく、それだけ今朝の出来事は我々に衝撃であり、そして快方であったのです。
ゆえに、巫女様の力を広く周知するため、このような祭りを催したというわけです。」
矢継ぎ早に繰り出される言葉。その言葉は透香にとって青天の霹靂というような、誇張にしても大げさすぎるというような、いずれにしても衝撃過ぎる話であった。
「ま、待って。朝、朝のは違うの。あれは・・・」
「いやいや、巫女様。皆まで言わなくてもいいですぞ。わかっておりますとも。」
透香は反論しようとするが、男はその言葉を遮り、透香に話す暇を与えない。
「能ある鷹は爪を隠す。巫女様の力を隠しておきたいのはわかります。
だがしかし!巫女様の力が平凡であることは人里、いや幻想郷全体に知れ渡っているのです!
これは由々しき事態!人里の皆も巫女様に対して不安を募らせているのです!
ゆえに申し訳ございません。人里の平和と安心のため、このような催しをお許しいただければと陳謝するばかりでございます」
深く腰を折り、このような言葉を話す男。
しかし、透香にはこの男の姿が許しを請うのではなく、もはや決定事項で揺るがないから黙ってみていろという強情さに見えていた。
もはや私にはどうしようもないのではないか・・・
ちらと理紗の方を見ても、理紗は首を振っており、諦めるしかないと言っているようだった。
しかして、今朝の出来事は自分の成果でもないため、許す許さないという話以前の問題である。
この八方ふさがりの状態で、しかし男は微動だにせず、もはや許可を出さざるを得ないかと困っていた透香であったが・・・
そこに一人の少女がやって来る。
「なにやら騒がしいと聞いたので、来てみたら・・・・何ですかこれは」