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北方環東記  作者: 守屋三
18/21

その頃の文一行

透香が飛ばされてから小半時足らず


 透香を山の麓とは真逆の方向、つまり、霧がかかっており未知数な危険がある山頂へと飛ばしてしまうという、やらかしをしてしまった河童たち。

 一時それを嘆いていた河童たちであったが、それも束の間。自分たちがやばいことに気が付いて、脱兎のごとく逃げ出した。

 罠の奇襲と予想外の展開に呆気にとられていた文たちは、反応が遅れてしまう。

 気がついたときには、かなり距離が離れてしまっていた。


「はっ!?待て!!」


 慌てて追いかける文一行であるが… 

 この河童ども、背中のリュックから何かを噴射しているのか、やたらと逃げ足が速い。


「くっ、河童の癖に私より逃げ足が速いとかどういうことだ・・・」


 全く距離を詰められないまま、河童たちは茂みの向こう、川のある方へと見えなくなってしまった。

 文たちも茂みを抜け、川の方に出たものの、周囲に河童たちの姿は無かった。


「ごめんなさい、文様。見失ってしまいました…」


「逃げられた、か」


 おそらくこの川を高速で下って行ったのか・・・

 音も飛沫も立てずにとは考えにくいが、あの発明品がたくさん詰まった鞄ならば、可能な道具が1つ2つあったのだろう。

 さらに、光学迷彩も使ったのか、椛の穴だらけの千里眼では姿の一片さえ見つけることが敵わない。

 河童の癖に天狗を振り切るとは・・・


「はあ、はあ…逃げられるとか、幻想郷最速が、聞いて呆れるわね。サボってて、怠けたんじゃ、ないの」


 2人の全速力に必死に着いてきた茉依が、息を切らしながら毒を吐く。

 文は最速を名乗ったつもりはないがと思いつつも、手加減を加えていた自分を自省する。


「確かに、手段を狭めていたことは認めよう。河童たちを傷つけないようにと考えてしまってな」


「手を出したのは奴らなんだから手加減とか不要でしょ。それを除いても怪しいんだから捕らえて事と次第を聞かなきゃならなかったのに…このクソ上司が」


「…ふぅ、反論の余地がないな」


「…」


 茉依が、自分の苦言に怪しい反応をする文を見て、何とも言えない表現を浮かべていると、椛が上流の方からとある一行を見つけていた。


「文様!あちらから天魔様が来られます!」


「なに!?」


 文が驚いて振り向いた先には、天魔一行がこちらに向かってきているのが見えた。


 天狗たちの長にして、天狗の中で最も力を持つ者、それが天魔である。

 こういう非常事態では、天狗の里で最も大きい屋敷で指揮を取り、自身の周りは防衛を固めて、外に出ることはないのだが…

 その天魔が直属の大天狗と天狗数名を引き連れ、川に沿って下ってきていた。


 すぐさま、文と椛、茉依がその場で跪く。

 近くまでやってきた天魔が文を見て、驚いたように発言する。


「ほう、文ではないか。危ういと聞いていたが、生きて戻っていたか」


「はい、不肖射命丸文、危機一髪ながら生き長らえ、戻ってまいりました」

「犬走椛、同じく文様に付き、戻ってまいりました」


「よい、文と私の仲ではないか。跪く必要はない」


 立てと天魔が手で仕草するも、文は跪いたまま首を振る。


「そうはいきません。あなたは天魔様であり、そして今は非常時です。そこの区別はしっかり付けるべきかと」


「堅いねえ・・・まあ、そういう規則にしたのは我らだが」


 天魔は呆れたように腕を組む。

 上下関係の厳しい天狗社会であるが、文は上のものへの敬意を特に厳守していた。し過ぎと言えるほどに…


「それで、天魔様は何故、屋敷を離れこちらに・・・?」


「大天狗派の攻勢が激しすぎてな・・・・同じ場所に留まっている方が危険と判断したため、こうしてあちこち逃げ回っておる」


「大天狗派がそんなところにまで・・・」


「今や我ら天魔派の勢力を上回るほどじゃ。特に文、お前がいなくなってからは特に、だ」


 文の天狗社会における影響力は大きく、山にいるかいないかでさえ、戦況を大きく変えてしまうほどであった。

 敵側に囲まれ、致命傷を負ったという事態であれば尚更である。


「それは…申し訳ありません」


「いや、それだけあちらが文を警戒していたということだ。戻ってきただけで充分よ。

 それより、ほんとによく生きていたな。かなりの数が差し向かれたと聞いていたが」


「いくら集まろうとも雑兵では相手になりません。せめて大天狗でも連れてきてもらわねば」


 先代巫女とやり合っていた(ほぼ一方的だが)文である。先代との戦いの中で流れを読む力が鍛えられ、多人数に囲まれた中でも、針の穴を通すように抜けることは可能であった。

 致命傷は想定外が発生したためである。


「確か大天狗も1人いたと聞いていたが…」


「会っていないので、わざと避けていたか、どこかでサボってたんじゃないでしょうか」


「大天狗がサボりとはあまり聞きたくないがなあ」


「訳アリとみるのが妥当ではないかと」


 八大天狗と呼ばれる大天狗たちは、それぞれが役割をもち、天狗社会に尽くしていた。そのため、役目を怠けることなく果たすのが大天狗の義務であった。

 故に、あの時は例外が起こっていたと考えられた。


「その結果として、お主が生きていたというから、向こうにとっては大失策だろうの」


「ええ、九死に一生でした」


 話がひと段落すると、天魔は文の周りを見渡す。そして視線の先を椛と茉依に向ける。


「しかして、連れはそこの2人だけか?この山に入るには大変だったろうに」


「いえ、博麗の巫女も付いてきていたのですが…河童のせいで山頂へと飛ばされてしまい…」


 文は自分の失態に悔しそうな顔をする。

 一方、それを聞いた天魔は不思議な顔をしてこう話した。


「む、山頂か。あそこは今、霧がかかって誰も入れない状態だぞ」


「入れない?どういうことでしょうか?」


「霧の近くで見えない壁のようなものがあってな。山頂を囲うようにグルっと一回り存在するようだ。その壁のせいで山頂には入れなくなっておる」


 部下たちの報告に合わせ、天魔自身も遠目ながらに確認したものであった。

 結界とはまた違う何か異質なものらしいが、詳しいことは誰にもわからず仕舞いであった。


「それは…でも、巫女はその壁には当たらず霧の中に入っていってしまったようですが…」


 椛が千里眼を必死に使って、飛ばされた透香を追っていたが、霧の中から先へは追えなくなってしまったという経緯がある。


「む、博麗の巫女は入れたのか…もしかしたら何が条件があったのかもしれんな。

 まあ、そうなった以上は、巫女は放置するしかあるまい。我らはあの中には入れん」


「そうですね…そうするかないでしょう」


 こちらからはどうにもできないという事実であるが、文は山頂に視線を向けてしまう。わかっていても、透香の行方が気になってしまうのだ。


「ふむ、気になるのも分からなくはない。だが、今は反乱の鎮圧が先だ」


 それを見た天魔は、文の意識を戻すため、1つ命令することにした。


「故に文よ。貴様に任務を与える。心して聞け」


「はっ」


 文は、天魔の命令に頭を垂れ、今一度、姿勢を正す。


「この反乱の首謀者、大天狗として最も不届き者である豊前姫彦丸を迅速に討伐せよ」


「…やはり」


 首謀者の名を聞き、文は険しい顔をする。

 推測していた通りの大天狗に、文は歯噛みする思いであった。

 飛ばされた透香に、反乱を起こした豊前姫、懸念することが増えていく。


「居場所も判明している。そこまでの道案内も任せるがいい」


「はっ、任務承知いたしました。ご助力誠にありがたく存じます」


 萎えそうな気持ちを切り替え、文は天魔の命令を遂行することに集中し始めた。


「おそらく半日、いやそれ以下も持たぬ可能性が高い。急ぐのだ」


「はっ」


 告げられた制限時間は想定以上に短い。

 迅速な行動が求められていた。


「…」


 その一方で、天魔の命令に訝しげな気持ちになる茉依であった。

「時に、巫女の霊力を追うことは出来ないのか?」


「いえ、この山で追うには透香の霊力が弱すぎますね。あいつ…先代巫女ほどじゃないとこの状況では無理です。

 こういう時は椛の千里眼が頼りなのですが…」


「くぅーん、ごめんなさい」


 耳と尻尾をたれ下げる椛であった。

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