戦闘後
「この異常な妖気を無くせば、話は聞けると思うから、何とかできないか?」
文がこう頼んできた。
こうして気絶した椛から赤黒い妖気を取り除くため、透香は試行錯誤することになった。
とりあえず戦闘中効果のあった結界に封じ込め、悪霊などに効果のある浄化の御札を使う。霊力をぶつけてみる。手に霊力を込めて軽く叩いてみるなど、色々試してみたものの、完全に取り除くことは出来なかったため、透香は悩んでしまった。
そこでしびれを切らした文が妖力をこめて椛を思いきり蹴飛ばしてしまう。
勢い良く地面を転がる椛(意識なし)と慌てる透香であったが、なんと椛から赤黒い妖気がなくなっていたのである。
この手(暴力)に限ると鼻を鳴らす文であった。
そして椛は手当のため、神社内、縁側近くの1室に運ぶことになった。
【博麗神社縁側】
それから四半刻も経たない位、布団の上に寝かしていた椛の目が覚める。
「わう…?ここはどこですか?」
椛は布団から起き上がり、周りを見渡す。
その姿には先ほどの凶暴さやその前の殺気立った感じはまったくなかった。
むしろ愛らしささえ感じる。
縁側に腰掛けていた文が、椛を片目で見つつ、話しかける。
「目覚めたか?駄犬」
「誰が犬ですか!?私は犬走椛という由緒正しい白狼天狗で…って文さんじゃないですか!
…それよりここは…博麗神社?」
犬扱いに怒る椛であったが、自分が今いる場所に気付いて首を傾げる。
どうやら記憶がないようだ。
「そう、私と巫女を殺しにここまで追ってきたんだよ駄犬」
「!?…くーん…そんなことを…ごめんなさい、記憶がないです〜」
椛は文の言葉に驚き、そして耳を下げ申し訳なさそうにそのことを謝罪する。
文は、はぁとため息をつく。
「まあ、そんなことだろうとは思ってたけどね…
逆に記憶があるのはどれくらいだ?」
椛は少し考え込んでから話し始める。
「うーん…見覚えのない天狗たちを見かけて、所属を聞いてたんですけど、なんか回答があやふやだったんで、詰め寄ろうとしたところまでは覚えてるのですが…」
いつもの哨戒任務で山の麓を見回っていたときに見かけたようだ。
「じゃあ、そこでやられたんだね。おそらく1名伏兵がいたのだろう」
2匹の黒天狗がいたようだが、周りには木が多い上に、霧も若干かかっており、見通しが悪かったらしい。
文は、その霧には幻惑効果があって、1匹の黒天狗が隠れていたのではないかと推測した。
「わうう…千里を見通す目を持ちながら伏兵にやられるとは…不覚です!」
椛は非常に悔しそうにする。
推測のため、実際は何かわからないものの、椛の能力を欺けるとなると相当強力なモノ、または能力となるため、要注意だなと文は頭の片隅に記憶した。
ここで気になっていたことが1つ。
「ね、ねえ…」
「ん?どうした?」
「彼女、さっきまで殺し合っていた間柄よね?それに随分と雰囲気が…」
気になったのは椛の様子である。先ほどとは真逆の雰囲気で、人懐っこささえ感じていた。文が犬扱いするのも納得するほどに…
「ああ、椛は元々私の部下だぞ。先程までは敵側に何かで操られていたようだがな。迂闊だよ」
烏天狗と白狼天狗は何かといがみ合う関係であることが多い間柄である。
しかし、千里を見通す目を持つ椛は文にとって重宝する存在であった。このため、色々あって一緒に任務をこなしていく内に上司部下の関係になったと文は話す。
「あ、そうなんだ」
「あと雰囲気は多少忠犬っぽくはなっているが元々こんな感じだな」
文がここ最近何となく感じていた雰囲気だが、実際にこうなったのは今回が初めてのようだ。
「だから犬じゃなくて狼ですよお」
椛は両腕を振りながら抗議する。その姿には犬っぽい可愛らしさにしか見えなかった。
「さっきから思ってたけど、犬以外の部分はいいのね…」
「そこ以外は否定しようがないですから」
椛は真顔でそう返す。
「そうなんだ…」
何か無駄に疲れを感じてしまった透香であった。
「忠誠度が高いのも困りものだな…」
文も肩を竦める。
ーーーーー
「それで、椛への説明はどうするの?」
透香は椛が寝ている間に状況の説明と協力の要請を受けていた。
「ああ、なに、簡単だ。
椛」
文は椛に真っ直ぐ向いて話しかける。
「はい、文さん」
耳をピンと立て、正座をする椛。
「大天狗が反乱した。鎮圧に協力しろ」
「かしこまりました!お供します!」
椛は敬礼をする。
「かるっ。それでいいの」
透香はあまりに単純な説明、というか命令に驚いてしまう。
「なに、私と椛の仲だ。必要なら移動中に話せばいい」
「文さんに付いて行けば大体わかりますからね。それで十分です」
「ほえ~、信頼の仲なのね~」
二人の阿吽の様子に感心してしまう透香なのであった。
犬走椛(白狼天狗(忠犬))