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翌日の放課後。
西日が校舎に長い影を写す頃、私とユーリはクラブハウスへ向かった。
木造二階建てのクラブハウスは、白く塗られた壁と赤い屋根が特徴的だった。
外壁にはところどころ煤けたような汚れが残っている。
例の大火事の名残だろう。
ソニアの『取り残されている』という言葉も納得だ。
この建物の周りだけ、空気がどことなくじめっとしていて、別の土地にいるかのようだった。
「そういえばソニアは?」
依頼者である彼女はこの場に居ない。
案内を頼もうと思ったんだけど……と、思って尋ねれば、
「先に行ってもらってるわ。ちょっと準備を頼んでてね」
とユーリが答えた。
「それならすぐ会えるかな。とりあえず中入ってみる?」
「ええ、そうね。夜まで時間もないことだし」
入口のドアを押すと、ギィ……と耳障りな音がした。
「うわ、お化け屋敷っぽい」
「雰囲気満点ね」
木の匂いか、塗料の匂いか、甘い香りが鼻をつく。
足を踏み入れて最初に目に入ったのは大きな掲示板だった。
カラフルな文字とイラストが躍る部活勧誘のポスターと、それよりも目立つ『火の取り扱いに注意!』という文字一色の張り紙が貼り付けられている。
大火事以降、こういう張り紙を至るところで見るようになった。
掲示板に向かって左右には長い廊下が伸びていて、ドアとプレートがいくつか並んでいる。
突き当りはおそらく階段があるのだろう。
「本当に暗いのね」
ユーリが先を確認しようと、目を細めて言う。
ソニアの言った通り、雨の日のような薄暗がりが広がっていた。
晴れの日にこれじゃあ、雨の日はもっとひどいのだろう。
まして、夜なんて……。
「『イルミア』……うん。妖精道具はちゃんと機能しているわね」
ユーリの一声で吊るされていた燭台がパッと光を放つ。
『明灯球』と呼ばれる妖精道具だ。
妖精道具は、その名前の通り妖精の力の一部を込めた道具のことを指す。
明灯球のように、合言葉を唱えれば光を灯すもの、寮にもある人を上層階にまで運ぶことができるもの……込められた妖精の力によって効果・機能は様々だ。
「妖精と直接契約ができない普通の人間にも妖精の力の恩恵を」、とその昔妖精使いたちが発明したらしい。
「そういえば生徒会室のティーポット。あれ、たまにお湯がわかないんだけど……」
具体的には三回に一回くらいの確率で。
「あなたのお茶淹れ技術が一向に上達しないから、水の妖精がストライキしてるのよ。精進なさい」
あっさりと切り捨てられてしまった。妖精は時々気まぐれで困る……。
とコソコソ雑談をしていると、ガチャと扉の開く音がした。
次いで足音とともに制服姿の人影が数名、こちらへとやってくる。
どこかの部の生徒だろう。
楽しそうにおしゃべりをしている彼女たちはまだこちらに気づいていない。
「騒ぎになっても困るし、このまま気づかれないようにしていましょうか」
ユーリの言う通り。下手に声をかけたりしたら、すぐにクラブハウス中に私たちの存在は知れ渡ってしまうだろう。
妖精姫のネームバリューは伊達じゃない。
調査どころじゃなくなっては困るので、と私とユーリは掲示板の方をじっと眺めることに徹した。
意味もなく『火の取り扱いに注意』を眺めている私の背後を足音が通り過ぎていく。
「ねえ、ここって木造よね?」
ふとユーリが言った。
視線は掲示板の横――塗装がはがれ、下の木目がむき出しになっている壁を見つめていた。
「そういう話だったと思うけど。……何か気になるの?」
ユーリは首を横に振った。
「今のところは。ただ、古い建物だし……本当に嵐でも通り過ぎたら、壊れちゃいそうだと思って」
「縁起でもないことを言わない」
彼女が言うと、なんだか本当にそうなりそうな気がする。
「冗談よ、もう……頭が固いんだから」
拗ねた風にユーリが言うと、「先輩」と私たちを呼ぶ声がした。
振り返れば息を乱したソニアが立っていた。
「お待たせしました。部屋の用意と、生徒への声がけ終わりました」