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妖精姫は深夜に眠る  作者: 波久音子
4.Who are you?
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 私たちと一緒に寮へと戻ったソニアは、そのままトールの元へ向かうと全てを彼に話した。


 彼女は夜明けを待たずに機関へと引き渡され、ひっそりと学園から姿を消した。

 これから機関の施設で取り調べを受け、妖精王の名のもとにしかるべき罰を受けることになるだろう。


 その一連のやり取りを見守ったあと、私たちはようやく自分たちの部屋へと戻って来た。

 窓の外の月は薄れ、消えかけている。


「ノエル、傷見せて」


 一息ついたかと思うと、ユーリは突然そんなことを言い私の頬に手を添えた。

 視界に突然映る美形のアップは心臓に悪い……!


「や、ホント大したことないから」

「駄目。跡が残ったら大変でしょ。君は女の子なんだから」


 私なんかの顔より、国宝級の自分の顔を心配してくれ。

 とはさすがの私もこの状況で言えなかった。


 大人しくしていると、ユーリは救急箱を持ってきて手当を始めた。

 美形のアップ延長である。そろそろいたたまれない。


「そ、そういえば、さっきソニアに言ってたことなんだけど」


 自分の内に湧きあがるムズムズするような感覚から気を逸らすため口を開く。


「ソニアに? なにかあったっけ」

「妖精王が願いを叶えてくれる、って話」

「……それがどうかしたの」

「ユーリはもしかして、願いを叶えてもらったことがあるの?」


 あの時ユーリから感じた、妙な説得力が引っかかっていた。


 ユーリは一瞬息を詰まらせる。それは答えに他ならない。


 これ以上、聞いてもいいのだろうか。

 隠す、ということは話したくないということ。そこに私が踏み込むのは許されるのだろうか。

 私の迷いを見切ったように、ユーリは薄く微笑んだ。


「一回だけ、ね」


 あ、これは本当のことだ。


 そう思った瞬間、体が引き寄せられた。


 細い腕。でも自分のものとは違う、筋肉質な腕が、ぎゅう、と私を抱きすくめている。

 どこにも行かせない。まるで、そう私に言い聞かせているかのようだった。


 い、いや、えっと……え?


「あ、あの、ユーリさん? ちょっと苦しいです」

「……ごめん、ちょっとだけだから」


 首筋に熱い吐息が触れる。

 さらさらとした銀の髪が頬をくすぐり、たまらず身をよじらせた。

 けど、それもすぐに強い力で抑え込められてしまう。


「また君を失ってしまうかと思った」


 最近、よくその言葉を彼の口から聞く気がする。


「また、って……セントリースのこと?」

「……うん。君がこの世からいなくなるかもしれない……気が狂いそうだった」


 当時の記憶は私の中にほとんど残っていない。

 どうやって私は助かったのか、ユーリの元に連れていかれたのか。

 分からないけど……きっと彼の手は、今と同じように震えていたのだろう。


「心配かけてごめん」

「無事ならそれでいいよ」

「助けに来てくれてありがとう」


 そう伝えると、ユーリはそっと身を離した。

 急に温もりが無くなる感覚がちょっとだけ寂しい。


「僕は……君のことが好きなんだよ、ノエル」


 再び瑠璃色の瞳が至近距離から私を見つめた。


「だから、助けに行くのは当たり前。君がどこにいても……絶対、助けに行く」


 吸い込まれそう。宝石みたいに綺麗な澄んだ瞳に。

 喉の奥がカラカラに乾いて、返事の声は掠れていた。


 私がユーリを守るんだ。

 ずっとそう思ってきた。


 だから……そう、慣れてない。こういうのには。


 体に回された腕の感触が、まっすぐに私を見据える瞳がこんなに格好いいと思うなんて。

 慣れてないからに決まってる。

 縫い止められたように指一本も動かすことができなかった。


「ノエル」


 頬に白い指が触れる。宝石の瞳が近づく。

 うひゃぁ。睫毛、長いな……。


 って!


「うわああああっ!?」


 なんだこの状況、なんだこの状況!?

 今、なにが起きようとした!?


「の、ノエル……それはさすがに酷い」


 うめき声がしたので、そちらを見ればユーリが尻餅をついていた。

 どうやら私は突き飛ばしてしまったらしい。ご、ごめんって。


 まともにユーリの顔が見られない。気まずくて逸らした視線の先には色を変え始めた空があった。


「結局徹夜になっちゃったわね」


 聞きなれた声が、聞きなれた口調でそんな風に言う。

 華奢なユーリの体は男物のコートに埋もれるようになっていた。


「少し休めばいいよ。今日から夏休みなんだし。シャワーでも浴びてきたら?」

「そうね。あ、ノエルも一緒に入る?」

「結構です!」


 あら残念、と笑うとユーリはシャワールームへと消えていった。

 ミッドナイトブルーのコートが脱ぎ捨てられている。


 こんなところに置いておくと皴になりそうだ。まったく……。

 またいつか、見る機会があるのかな。


 仕立の良い布地からはふわり、と彼の香りがした。


「……ありがと」


 私の小さなつぶやきは、オレンジ色の朝焼けの中に溶けていった。

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