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反撃を食らい、多少正気に戻ったのかもしれない。
話を聞くなら、今しかない。
「……盃を盗むだけなら、誘拐をする必要はない。口封じがしたければ、殺してしまえばいい」
ソニアがびくり、と震えるのが見えた。
「私をこうして捕えるのは、盃に捧げる生き血を得るため。……そこまでして、叶えたい願いがあるの……?」
石の床にぽつり、ぽつり、と染みが広がった。
うつむいたソニアの声は、掠れ震えていた。
「あの日……炎に連れていかれた二人を――お父さんとお母さんを、取り戻したい……っ!」
首都一帯を火の海にした『セント・リースの大火事』。
貴族、庶民。老若男女問わず、人間は等しく燃え盛る炎の犠牲となった。
私の両親も。そして、ソニアの両親も。
ソニアは地方都市の出身で、その日はたまたま両親と共に首都に遊びに来ていたそうだ。
百貨店で買い物を楽しみ、レストランで食事を取る――笑顔に包まれた当たり前の日常を……私と同じように、過ごしていた。
しかし、炎はあっけなくその日常を飲み込んでいった。
ソニアは怪我を負ったものの、一命をとりとめた。
彼女の両親は――炎の中に消えてしまった。
その後、ソニアは孤児院に引き取られた。
孤児院の職員は優しく、友達も多くできた。
孤児院での生活は楽しかった、とソニアは言った。
しかし、何年たっても彼女の悲しみが癒えることはない。ソニアの家族は近所でも有名なほど仲が良かった。ソニアも両親が大好きだった。
次第にソニアはこう考えるようになる。
『二人を取り戻したい』
死んだ者を蘇らせる。そんなこと、人間の力でできるはずがない。
でも、妖精だったら……? この国の頂点に立つ、妖精王だったら?
それからだった。
ソニアが様々な妖精にまつわる伝承や逸話を調べるようになったのは。
「その中で知ったんです。光芒の盃のこと……それが、この学園にあるってことも」
再び首都の地を踏んだソニア。彼女は悲願の達成のために、学園に入学し、その機会を窺っていたが……。
「盃は常に宝物庫の中にあった。妖精道具に守られた空間に、無理やり入ることはできない」
鍵もユーリが常に所持している。容易に手に入れることはできなかった。
「だから、私の――闇の妖精使いの力で色んなことを試しました」
夜に騒動を起こし、その隙をついて生徒会室に侵入。鍵の手がかりを探ろうとした。
私たち二人を夢の中にとらえ、鍵を奪おうとした。
ロビンをけしかけ、ユーリを守っている私を引き離そうとした。
「でも、先輩たちは全部解決してしまった。私のちっぽけな企みなんて、二人には敵わなかった。でも諦められなくて……今夜、最後のチャンスに賭けたんです。王城に盃が渡ってしまえば、ただの人間の私には二度と手が届かなくなってしまうから」
「それで、こんな強引な手段をとったんだね。盃の儀式を完遂させようとして」
まるで鏡に映された自分を見ているかのようだった。
彼女の経験した辛さや悲しみは、私の良く知るそれだった。
目の前にいるのは、私が『なっていたかもしれない』姿そのもの。
「聞いて、ソニア。私も……火事で両親を失った」
ソニアは目を見開く。やっぱり私の過去までは知らなかったようだ。
「それに困ったことも、寂しいと思ったこともあるよ。あなたの気持ちは……よく分かる、つもり」
それでも私は告げないといけない。
私の言葉じゃないと、彼女には届かない。
「それでも、あなたの行為は間違っているって私は思う」
「なんで……! 先輩なら分かるでしょう……!」
「分かる、けど……私にはできない。両親がこんなことを望んでるなんて思えないから」
あの時私の手を引いた母の手。炎の中を先に立って進む父の姿。
彼らが命をかけて守ってくれた私が、哀しみに囚われ続け、悪事に手を染めてしまったら――きっと、両親は悲しむ。
「前を向いて生きるべきだ……とは、軽々しく言えない。でもね、やりたいことをやって、好きな人や友達を大事にして……あの時助かった命がいつか尽きる日に、後悔しないように精一杯生きる。それがやるべきことだって、私は信じてる」
「……先輩は強いから、そういうことが言えるんです」
握り込んだ彼女の拳が震えていた。
すんなりと受けいれてもらえるなんて、都合のいいことは思ってはいなかったけど……。
「やっぱり誰も本当に理解してくれる人はいないんだ……私は最後まで、一人ぼっち」
彼女の瞳の奥に、異様な光を見た。それに気づいたところで、もう遅い。
彼女と私の道を分けたのは……寄り添う人が居たか居ないか。
ようやく見つけた同じ境遇の人間に否定をされたソニアは、限界を迎えていた。
「私みたいな弱い人間は……こうするしか……っ!」
制止する間も無かった。ソニアはナイフを再び拾い上げると、動けない私に突進する。
「っ……」
一発目は避けた。だが、先ほど痛めた足のせいか、思っていたよりも自分の反応速度が鈍っている。
二発、三発。
滅茶苦茶な軌道で振り回される刃が、何度か私の頬を掠めた。
滴った血は新調したばかりのドレスに点々と染みを作っていく。
これはあまりよろしくない状況だ。
手の拘束さえなければ……!
歯噛みしても状況が良くなるわけでもなく。血を見たことに興奮したのか、刃の追撃はさらに激しくなっていった。
もはや躱すので精一杯。捻った足と、頬の傷がじんじんと痛みを増していく。
「先輩、ごめんなさい……っ!」
ソニアの一言。
血を流し過ぎたのか。反応が遅れた
気がついたら刃は軌道に乗っていた。その行き先は私の胸の左側。
あ。これは、避けられない。
目を閉じ、覚悟を決めた。その時だった。
「ノエル、無事か!?」




