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妖精姫は深夜に眠る  作者: 波久音子
4.Who are you?
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8

 ボーン、ボーン、ボーン……柱時計の鐘の音が私の意識を覚醒させた。


 ぼんやりとした頭でわかったのは、冷たく硬い感触。

 目を開けると薄暗がりの中、わずかに景色が目にうつる。


 どうやら私は石の床の上に座っているようだった。

 鐘は十二――夜中の十二時か。


 とりあえず立ち上がろうと手を動かすが――動かない。

 柱に腕が繋がれているようだ。ぎしぎし、と縄のきしむ音がむなしく響いていた。


 ずきずきと痛む頭は……何か衝撃を受けたから。

 そして気を抜くと拡散しかける思考。意識の覚醒を阻むかのような気だるい感じ――これは睡眠薬の症状。


 ……誘拐された、のかな。私。


 最後の記憶は学園のダンスパーティーの最中。

 喧嘩の仲裁をして、ソニアと別れて……それで……あー、そこかぁ……。


 あれは九時くらいの話だから、軽く三時間は寝てたことになる。とんだタイムロスだ。

 それにしても、だ。


「なんで私よ」


 誘拐という事件は、私にとってさほど珍しくもない。


 貴族令嬢(令息?)の付き人なんてものを長い事やっていれば、数年に一度は遭遇する。


 ただ、それはもちろんユーリが攫われるって話。

 付き人Aがターゲットになったのはさすがに初めてだ。


「お金目当てじゃないってことだよね……」


 多少お給金ももらってるし、両親の遺してくれた分もあるけど、たかが知れている。

 となると、私個人に目的があるという線が濃厚だ。……けど、なおさら解せない。


 自分で言うのも変な話だが、これでも品行方正に生きてきたつもり。余計な恨みは買っていない……と思いたい。


 それに、ユーリと違って私自身には特別な力もない。


「まさか、ユーリ本人と勘違いしてるとか……!?」

「いや、それは違いますけど」

「そんな即否定しなくても――って、え?」


 非情な言葉に思わず反応してしまったが……誰?


 声の方を向くと、明灯球のわずかな光と、真っ黒な影がドアの近くに見えた。

 背丈、体格から見て、女。私とそう年は変わらないくらいだろう。


 そして彼女が腕に抱えているものは、古びた盃。

 ほんのわずかに妖精の気配が漂うそれには、見覚えがあった。


 当然だ。ダンスパーティーの準備中、散々見てきたんだ。


「光芒の盃……なんで――いや、盗んだんだね」


 たぶん、私を利用して。

 視線で問うと、彼女は小さくうなずいた。


 目深にかぶったローブのせいで表情はうかがい知れない。

 だが、殺気のようなものは感じられない。即、襲われるということは無さそうだ。


「……私をここに捕えたのは、口封じのため?」

「……それもある。けど、それだけじゃない」

「じゃあ何が目的――っ!?」


 問いかける言葉は喉の奥に消えていった。

 彼女がローブの内側から取り出したナイフが鈍く光るのが見えたから。


「え、もう対話終了!?」

「本当は眠っているうちに終わらせたかったのに……っ……儀式は、深夜じゃないといけない、から……」

「ぎ、儀式!?」


 光芒の盃。それに儀式という言葉。

 とっさに、あの伝説が頭を過ぎった。


「まさか『乙女の生き血を』ってやつ……?」


 答える代わりに、彼女はナイフを振り下ろした。

 狭い可動範囲の中で身をよじり、寸でのところで避ける。


「ごめんなさい、っ……殺すつもりは無いです。けど、危ない状態にはなるかも……!」

「謝られても……ぉっ!?」


 また鈍く光る刃が軌道を描いた。

 幸い、彼女は素人だった。振り下ろす動きは遅く、攻撃も単調。

 見切ってしまえば、なんとか避けられた。


「ちょっと落ち着いてよ……っ! あの話は、ただの伝説じゃないの……!」


『光芒の盃に、乙女の生き血を満たして妖精王に捧げれば、妖精王が願いを聞き届けてくれる』

 ユーリも言っていた。本当かどうかわからないって。


「まさか本気で……信じているの……?」


 つい口に出してから、自分の悪手に気づいた。


「っ……!」


 ナイフを握る手に一層の力が込められた。

 研ぎ澄まされた刃のような鋭い視線が、ローブの下から私を貫いていた。


 まずい。彼女の中の何かを、私は呼び起こしてしまったようだ。


「信じてるわけ……ないでしょう!」


 上ずった声で叫ぶ彼女は、痛々しく……悲しい。

 頬のすぐ横に刃が突き立てられる。


 何度も、何度も……攻撃の精度が上がってきている。


「馬鹿だって思ってるんでしょう! 自分でもわかってますよ……っ!」


 右頬にぴり、と痛みが走った。生温かいものがどろりと、肌を撫でていく。

 私も、そろそろ避けるのは限界だ。


「でも縋るしかないんです! これしか、もう……!」


 また、刃が迫りくる。

 私はそれが振り下ろされる瞬間を見極め――……


「ストップ!」


 突然の大声に彼女がひるんだ。


 その隙を逃さず、唯一拘束がされていない足を、腹筋の力を駆使して振り……上げるっ!


「!?」


 拍子にひねったのか、鈍い痛みが足首に広がった。

 しかし、ナイフは狙い通り後方へと弾き飛ばされた。カラン、と乾いた音が反響する。


 急に飛び出してきた足を避けようと、彼女はたたらを踏んで後ろへ下がった。

 その反動だろう。目深にかぶっていたローブが外れた。


 見覚えのある顔だ。


 学園で出会ったときに見せてくれる笑顔。

 ユーリに見惚れてるときのぼんやり顔。私たちの後輩――普通の女の子の顔。


「ソニア……!?」

「先輩……」


 困惑したように瞳が揺れる。刃のような鋭さはすっかり鳴りを潜めていた。

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