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頭が真っ白なまま、寮の自室に戻った。
横から話しかけてくれるいつもの姿が無い。
ノエルは別室に捕えられていた。
最後の望みであった守衛室の鍵についても、持ち出しは確認できず……機関は彼女が盃を盗んだ犯人だと断定した。
今頃取り調べを受けているのだろう。
……私はこれっぽっちも信じていない。
あのノエルが犯人だなんて!
明朝には彼女は機関の詰所に移送されるだろう。
そうなってしまえば、妖精姫の私とはいえ手は出せない。
それまでになんとか、彼女の無実を証明しないと。
『何やら妙なことになったな』
一人きりの部屋に、第三者の声が割り込む。振り向くと、いつの間にか背後に妖精王がいた。
『妖精姫のお手並み拝見といったところか』
「面白がらないでくださいよ」
思わず睨んでしまったが、妖精王は気にする風もない。
その余裕のある態度が今は少し癇に障る。
『やはりお主はあの娘が盃を持ち出したとは思っていないのだな』
「当然です。あの子のことは昔から見てきた……だから分かります。彼女のような強くて、まっすぐな人に盗みなんてできるわけがない」
ノエルと出会ったのは六歳のころだった。
妖精が見えるというだけで特別視されていた『僕』は、生来の引っ込み思案な性格も相まって、独りぼっちで過ごすことが多かった。
時々、友達になりたいと近づいてくる子供もいたが、だいたいはネメシア家の家名にあやかろうと、親に差し向けられただけ。
嫌気がさしていた。そんな人間に囲まれていることに。
自分を利用しようという大人の打算にもうんざりだった。
そうして引っ込み事案に、ひねくれ者のオプションが加わった僕を、両親もさすがに見かねたのだろう。
ネメシア家に仕える使用人夫妻。その幼い娘を付き人として僕にあてがったのだ。
またか。
そんな気持ちは、すぐに吹き飛ばされた。
冷めた目をした僕に、彼女は開口一番言ったのだ。
『あなた、つまんなそうな人ね!』
『そんな顔してると、誰も友達になりたがらないわよ!』
……そんなこと言われたのは初めてだし、これから友達になろうっていうのに、意味が分からない。
ただ、彼女は他の子とは違う。――僕に媚びを売るとか、そんなことは考えていない。
妖精使いでも、ネメシア家の跡取りでもない。
ただ一人の「ユーリ・ネメシア」と向き合ってくれる人だ。
……そう確信した。
不正も悪事も嫌いな人だった。
今まで何度も、僕を陥れようとする人たちが目の前に現れたけど、彼女はその度に持ち前の運動能力でコテンパンにしてしまった。
ギフトを手にした僕が、ちょっとした無茶や無謀をしても、本気で怒って、心配してくれる……そんな優しい人だった。
この体がおかしくなっても、変わらず接してくれた――。
『それを直接本人に聞かせてやれば、喜ぶだろうにな』
妖精王が笑いながら言った。
本当にそうならいいんだけどね……。
「言ったって、『本気で言ってる?』って真顔で返されるのがオチですよ」
ああいう人は、自分がどれだけすごいか自覚が無いものだ。
付け足すと、
『……違いない』
と妖精王が苦笑した。
そして、
『手を』
そう促される。
疑問を抱きつつも、言われた通りに手を差し出す。
すると、手のひらの上に小さな光球が浮かんで――吸い込まれるように消えた。
じんわりと指の先へと温かいものが伝わっていく。
「妖精王の、祝福……?」
祝福とは、通常求めなければ得られないものだ。
「なんでこのタイミングで」
ダメもとで尋ねてみたら、存外妖精王はあっさりと真意を明かしてくれた。
『お主とあの娘を巻き込んでしまった詫びだ』
「詫び……」
『あれは一応我の力を分け与えた器だ。もはやかつての威光は失われてるとはいえ……この事態は予想外だったものでな』
……意外だ。まさか管理不足を詫びられるとは。
大火事の日以来じゃないか?
思わずまじまじと見ていると、
『なんだ、要らぬのであれば返してもらうぞ』
やや不機嫌そうな声で妖精王が言った。
「いやいや……ありがたくいただきます。ちょうどこれから、無茶しようと思っていたところなので」
『すでにお主の力だ。好きに使え……人の生をさらに短くしない程度にな』
妖精王はそう言い残すと、来た時のように静かに姿を消した。




