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妖精姫は深夜に眠る  作者: 波久音子
4.Who are you?
39/45

5

「……え?」


 ……なに、これ。


 ガラスのケースに鎮座した銀の盃。血のように赤い宝玉が一つあしらわれていて、鈍く光を反射している。


 光芒の盃だ。

 どこからどう見ても。


 ……見た目、だけは。


「…………違う」


 小さく漏れ出た自分の声に、慌てて口を閉じる。

 

 妖精王と契約を結んでいる私にはわかる。

 この盃からは、彼の力を感じられない。

 数日前に点検をしたときは、たしかに感じられたのに、だ。

 

 力が失われた?

 違う……たとえわずかなものだとしても、あの妖精王の力が一瞬で消えてしまうはずがない。


 じゃあ、これは……。


 最悪の考えが頭を過ぎる。


 と同時に、ざわ、と周囲の戸惑う声が耳に届き、意識を急いで浮上させた。

 何十対の目が私と、ケースの中身に注がれていた。


 いけない、変に思われている。なんとか切り抜けないと。


 そう思っても、思考が上手くまとまらず、声は音にならない。

 それほどにこの事態は衝撃的で、予想外で……非常に、まずい。


「……こ、こちらが……当学園所有の伝説の妖精道具――」


 声が震えないようにするのがやっとだった。


「光芒の、盃です……」


 今度は、「おお」と、どよめきが集まった人々の間からあがった。


 私に向いていた視線が一斉にケースの中へと注がれるのを肌で感じる。

 内心息を吐き、中央から下がろうと踵を返した。

 とりあえずこの場はなんとか……。



「――これは本物ですか?」


 背中から刺されたような衝撃だった。


 私の内心を見透かし、逃がさんとする声に振り返る。


「……あなたは」


 努めて冷静な声を絞り出すと、壮年の男はジャケットの懐からシルバーのチェーンを引っ張り出した。


 その先に繋がっているのは、光芒と天秤の紋章。


「王国機関……」

「宝物管理局のトール・ベレンツと申します。もっとも、今日は仕事でお邪魔したわけではなかったのですが……」


 招待客のリストを頭の中で思い出す。

 ……学園の出資者の一人に名前があったわね。


 まさか、機関の人間だったなんて。

 なにもかもが悪い方に働いている気がする。


 私の内心を他所に、トールはホール中の視線を一身に集め話し始めた。


「職業柄、様々な妖精道具を目にしてきました。その中には、かの方の作られた物もありました」


 ああ、もう……もったいつけないで、さっさと言ってほしい。


「……どうもこの盃は、それらとは違うようでして」


 どよめきがその場に満ちた。驚きや感動ではなく、困惑のそれだ。


「宝物庫を改めさせてもらいましょうか、妖精姫」


 その言葉と共に、華やかなパーティーの時間は終わりを告げた。




 トールの動きは迅速だった。

 すぐに機関に応援を要請すると、パーティーの参加者全員をホールに集め、出入り口を封鎖した。


 私はというと、トールそして、盃を運んできたノエルと共に宝物庫へとやってきた。


「宝物庫の鍵はどなたが?」

「普段は私が。今日は運搬役のノエルに預けていました。スペアは正門の守衛室です」

「後ほど守衛室は確かめましょう。ノエル嬢、鍵はいまどちらに?」


 ノエルは首元に下がっているチェーンを引っ張り出した。


「ここに」

「紛失はされていないようですね……扉を開けていただけますか?」

「……はい」


 ドアの前に進み出ると、ノエルは扉を開いた。

 ちりん、と涼やかなベルの音が響く。


「銀の門番、ですか……侵入者防止対策用の妖精道具」

「……さすが機関の方。良くご存じですね」

「定められた手順以外で部屋に立ち入った者を検知すると、大きな音を鳴らして知らせる、でしたか」


 トールの視線を受け、私もノエルも首を横に振った。


「パーティー中に鈴の音は鳴っていない。つまり、この扉の鍵は正規の手順を踏んで開かれたと」

「……」


 この流れ……。

 ノエルをちらりと横目で見る。不安そうに瞳が揺れている。


 さすがの彼女も気がついたみたいだ。


「守衛室の鍵を使用した線はゼロではありませんが……それ以外に正規の手順で開錠が可能だったのは――ユーリ嬢にノエル嬢。あなた方だけです」

「……っ……」


 言い返せる言葉が無い。


 私はやっていない。それは事実だ。そして、ノエルも。

 でも、それを証明できる根拠が圧倒的に足りてない……!


「会場にいた参加者によると、あなた方二人はともに会場を離れている時間があった。ノエル嬢は女生徒に呼ばれて……でしたが、その彼女とも途中で別れたようですね」

「……はい」


 ノエルは青ざめた顔のまま頷いた。

 その反応に目を細め、トールは次に私を見る。


「ですがユーリ嬢。私はあなたが犯人とは考えていません」

「……なぜ?」

「盃の幕が外れた時の反応。あれが演技だとしたら、あなたは名女優だ」


 あの時の言葉、やっぱり聞こえてたのか……。

 自分の迂闊さに舌打ちをしたくなる。


 私は信じている。

 ノエルが盗み? そんなはずがない!


 今の状況でもっとも犯人となり得る可能性が高いのは彼女だ。

 たとえ彼女がやっていなくても、アリバイがない。


 ……少しでも捜査の矛先をそらそうと思っていたのに、失敗した。

 

 私の内心を他所に、トールは淡々と彼女を追い詰めていった。


「ノエル嬢。あなたが、光芒の盃をすり替えたのですか?」


 ノエルが目を伏せる。


「ええ。私が、やりました」

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