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「……え?」
……なに、これ。
ガラスのケースに鎮座した銀の盃。血のように赤い宝玉が一つあしらわれていて、鈍く光を反射している。
光芒の盃だ。
どこからどう見ても。
……見た目、だけは。
「…………違う」
小さく漏れ出た自分の声に、慌てて口を閉じる。
妖精王と契約を結んでいる私にはわかる。
この盃からは、彼の力を感じられない。
数日前に点検をしたときは、たしかに感じられたのに、だ。
力が失われた?
違う……たとえわずかなものだとしても、あの妖精王の力が一瞬で消えてしまうはずがない。
じゃあ、これは……。
最悪の考えが頭を過ぎる。
と同時に、ざわ、と周囲の戸惑う声が耳に届き、意識を急いで浮上させた。
何十対の目が私と、ケースの中身に注がれていた。
いけない、変に思われている。なんとか切り抜けないと。
そう思っても、思考が上手くまとまらず、声は音にならない。
それほどにこの事態は衝撃的で、予想外で……非常に、まずい。
「……こ、こちらが……当学園所有の伝説の妖精道具――」
声が震えないようにするのがやっとだった。
「光芒の、盃です……」
今度は、「おお」と、どよめきが集まった人々の間からあがった。
私に向いていた視線が一斉にケースの中へと注がれるのを肌で感じる。
内心息を吐き、中央から下がろうと踵を返した。
とりあえずこの場はなんとか……。
「――これは本物ですか?」
背中から刺されたような衝撃だった。
私の内心を見透かし、逃がさんとする声に振り返る。
「……あなたは」
努めて冷静な声を絞り出すと、壮年の男はジャケットの懐からシルバーのチェーンを引っ張り出した。
その先に繋がっているのは、光芒と天秤の紋章。
「王国機関……」
「宝物管理局のトール・ベレンツと申します。もっとも、今日は仕事でお邪魔したわけではなかったのですが……」
招待客のリストを頭の中で思い出す。
……学園の出資者の一人に名前があったわね。
まさか、機関の人間だったなんて。
なにもかもが悪い方に働いている気がする。
私の内心を他所に、トールはホール中の視線を一身に集め話し始めた。
「職業柄、様々な妖精道具を目にしてきました。その中には、かの方の作られた物もありました」
ああ、もう……もったいつけないで、さっさと言ってほしい。
「……どうもこの盃は、それらとは違うようでして」
どよめきがその場に満ちた。驚きや感動ではなく、困惑のそれだ。
「宝物庫を改めさせてもらいましょうか、妖精姫」
その言葉と共に、華やかなパーティーの時間は終わりを告げた。
トールの動きは迅速だった。
すぐに機関に応援を要請すると、パーティーの参加者全員をホールに集め、出入り口を封鎖した。
私はというと、トールそして、盃を運んできたノエルと共に宝物庫へとやってきた。
「宝物庫の鍵はどなたが?」
「普段は私が。今日は運搬役のノエルに預けていました。スペアは正門の守衛室です」
「後ほど守衛室は確かめましょう。ノエル嬢、鍵はいまどちらに?」
ノエルは首元に下がっているチェーンを引っ張り出した。
「ここに」
「紛失はされていないようですね……扉を開けていただけますか?」
「……はい」
ドアの前に進み出ると、ノエルは扉を開いた。
ちりん、と涼やかなベルの音が響く。
「銀の門番、ですか……侵入者防止対策用の妖精道具」
「……さすが機関の方。良くご存じですね」
「定められた手順以外で部屋に立ち入った者を検知すると、大きな音を鳴らして知らせる、でしたか」
トールの視線を受け、私もノエルも首を横に振った。
「パーティー中に鈴の音は鳴っていない。つまり、この扉の鍵は正規の手順を踏んで開かれたと」
「……」
この流れ……。
ノエルをちらりと横目で見る。不安そうに瞳が揺れている。
さすがの彼女も気がついたみたいだ。
「守衛室の鍵を使用した線はゼロではありませんが……それ以外に正規の手順で開錠が可能だったのは――ユーリ嬢にノエル嬢。あなた方だけです」
「……っ……」
言い返せる言葉が無い。
私はやっていない。それは事実だ。そして、ノエルも。
でも、それを証明できる根拠が圧倒的に足りてない……!
「会場にいた参加者によると、あなた方二人はともに会場を離れている時間があった。ノエル嬢は女生徒に呼ばれて……でしたが、その彼女とも途中で別れたようですね」
「……はい」
ノエルは青ざめた顔のまま頷いた。
その反応に目を細め、トールは次に私を見る。
「ですがユーリ嬢。私はあなたが犯人とは考えていません」
「……なぜ?」
「盃の幕が外れた時の反応。あれが演技だとしたら、あなたは名女優だ」
あの時の言葉、やっぱり聞こえてたのか……。
自分の迂闊さに舌打ちをしたくなる。
私は信じている。
ノエルが盗み? そんなはずがない!
今の状況でもっとも犯人となり得る可能性が高いのは彼女だ。
たとえ彼女がやっていなくても、アリバイがない。
……少しでも捜査の矛先をそらそうと思っていたのに、失敗した。
私の内心を他所に、トールは淡々と彼女を追い詰めていった。
「ノエル嬢。あなたが、光芒の盃をすり替えたのですか?」
ノエルが目を伏せる。
「ええ。私が、やりました」




