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妖精姫は深夜に眠る  作者: 波久音子
4.Who are you?
37/45

3


 連続五人とダンスを終え、少し休憩を……と思ったのはいいのだが。


「いない……」


 先ほどまでノエルが居た場所には空き皿が残されているのみだった。

 今日は宝物庫の鍵も持っているというのに、どこに行ったのだろう。


「あの、ここで食事をしていた女子生徒って……」


 その辺にいた給仕を捕まえて尋ねてみる。


「五分ほど前に出ていかれましたよ。ドレスの生徒さんと一緒に……慌てた様子で」


 あっさり答えが出てきた。

 慌てた様子……ってことは、なにかトラブルでもあったのか。


「……探しにいってみようかしら」


 少しぐらいなら平気だろう。ちょうど夜風にもあたりたかったところだし。

 一人で理由をつけて納得したところで、さっそく講堂の外に出る。


 講堂のすぐ目の前は中庭だ。


 私と同じようにホールを抜け出してきた生徒たちがベンチや柱の陰で休んでいるのがちらほらと見えた。


 彼らの邪魔をしないように、私も適当な建物の影に体を落ち着ける。

 パッと見た感じ、ノエルの姿はなさそうだった。


「ふぅ……」


 知らずのうちに息を吐いていた。

 ワルツの音色が遠く聞こえてくる。今頃生徒たちはパートナーと共に楽しい時間を過ごしているのだろう。


「そういえばノエルは結局踊らないのかしら」


 ロビンの件以外に、申し込みを受けたという話は聞かない。

 今日もずっと壁際で食事にいそしんでいた気がする……。


「自分が仕組んだこととはいえ、なんだか申し訳ないわ……」

『踊ったら踊ったで、お主は不機嫌になるのだろう』

「っ……!?」


 厳かな声にぎょっとして辺りを見回す。薄ぼんやりとした光の玉が浮遊していた。


「妖精王……どうして。誰かに見られたら……!」

『何を言っておる。妖精と繋がりを持つ者はこの場にお主だけであろう。……それに、人間の童たちは、逢瀬に忙しいようだしな』


 言われて、視線をずらせば目に飛び込んできたのは、人目もはばからず抱き合う男子生徒と女子生徒の姿だった。


 中庭はどうやら恋人たちの聖地となってしまったらしい。寄り添い語らう影がそこかしこにあった。


「……」


 なんというか、まあ……。


『学園を統べる者として、この状況をどう見る?』

「……今日くらいは何も言わないですよ」


 私だって鬼ではないのだ。この特別な夜に風紀の取り締まりだなんて、無粋なことをするつもりはない。


 とはいえ、まじまじと見ていられるほど私も人間ができていない。そっと彼らから視線をはずした。自然、壁にむかって話す形になる。


「こんなところ誰かに見られたら、絶対変だと思われる……」

『だから、誰も気にしておらんと言っているであろう』

「まあそうでしょうけどね……」


 先ほどよりも小声で私が息を吐くと、妖精王は、そういえば、とふと思い出すように言った。


『お主は例の娘とあのようになりたいとは思わんのか? そこらの童どものように』

「ええ、それは、まあ、もちろ…………」


 言いかけて、はっと口を噤む。

 しまった、つい本音が。


「……何言わせてるんですか」

『いや、すまぬ。お主が面白くてつい、な』


 一体どのあたりが面白かったというのか。問いただしたい気持ちをぐっと抑える。


 相手は妖精王……下手に突けばこちらのボロが出る。


『娘を不憫と思うのなら、踊りの一つでも誘ってやれば良いのではないのか?』

「……私が?」。

『ああ。別に難儀なことでもないだろう』

「え……だって、今女ですし…………」


 その発想は無かった。

 本気で戸惑った私が、しどろもどろな返事をするのを見て、妖精王は呆れ気味に息を吐く。


『人間とは面倒だな。性など、個体を形作る要素の一つでしかない。お主が何を気にしているのかは知らぬが……踊りたいと願うのであれば、ただ一言伝えれば良い』

「……妖精から見たら、そんなものですよね」


 その要素の一つが、人間にとっては非常に重要だというのに。


『あの娘、踊れぬというわけではないのだろう?』

「当然踊れますよ。……この体になる前はあの子を社交のパートナーにする予定だったので」


 ノエルもそのつもりで、小さい頃からダンスのレッスンだけは欠かしていなかった。


 マナーや刺繍に、音楽……淑女らしいレッスンは嫌っていたのに、だ。

 体を動かすのが彼女の性に合っているのだろう。


『お主の面倒な心を慮って、大人しくしているのだろうが……存外退屈しているかもしれんぞ?』

「う……」


 それを言われると返す言葉もない。私がロビンからの誘いを断らせたようなものだし。


「……会場の外でなら、いいかな……」


 思わず口に出してつぶやくと、くく、と低く妖精王は笑った。


『まあ、せいぜいこの夜を楽しむが良い。我も遠くより、この光を楽しませてもらおう』


 そして、すっと気配が消えた。

 言葉の通り、遠くから学園の様子を見守るつもりだろうか。


「……何しに来たのかしら」


 こんな雑談をするため……? いやいや、まさか。


「いつまでたっても、あの人の考えは分からないわね」


 ああ……そろそろ会場に戻らないと。

 ふぅ、と息を吐き、一度大きく伸びをすると――


「ユーリ……こんなところで何を?」


 声をかけられ、振り向けば、先ほどまで噂していた彼女がこちらに近づいてくるところだった。

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