7.5
◇
「はぁ……」
夕食を終え、慣れ親しんだ部屋に戻ると、知らずのうちにため息が漏れた。
ノエルの姿はない。
カードゲームに誘われ、他の友人と談話室に行ってしまった。あの調子だと戻るのは消灯間際だろう。
いつもは二人で使っている共用のテーブルにぐだっと突っ伏す。
一人になれたのはかえって好都合かもしれなかった。
『なにか私に隠してる?』
瞼を閉じて思い浮かべたのは、あの時のノエルの硬い声だった。
彼女は素直で分かりやすい。故に、疑われているということもすぐにわかってしまった。
自分で隠し事しておいて、疑われたら落ち込むって……私も大概、身勝手ね。
「どうしたものかしら」
『だから言ったであろう。……全て伝えるのも一つの手だと』
思考に割って入る第三者の声にがばりと身を起こす。
「……脅かさないでください。我が王」
『いや、すまぬ。お主とは長い付き合いになるが……そんな姿は久しく見ていないと思って、ついな』
妖精王は相変わらず趣味が悪くていらっしゃる……。
「前にも言いましたけど、私はあの子に真実を伝える気はありません……あの子には幸せに生きてもらいたい」
『知は人間に与えられた権利。娘自身が知を望んでもか』
「ええ」
すぐさま答えると、妖精王はくつくつ、と喉の奥で笑った。
『お主は相変わらずだな。初めて出会った時もそうだった……我の問いに間髪入れず頷いた。あの時はとんでもない子供が現われてしまった、と思ったものよ』
「……よく覚えていますね、そんな昔のこと」
『それほど印象深いということだ』
「あの時は必死でしたから……」
妖精王と出会ったのは、セント・リースの大火事の翌日。焼け跡となった街の一角だった。
あの日、『僕』は屋敷にいた。唯一の遊び友達だったノエルも家族で出かけてしまって、暇だったことを覚えている。
ノエルは両親と出かけるのを毎日数えては楽しみにしていた。
百貨店でプレゼントを買ってもらって、美味しいご飯を食べるんだ。
そんなプランも聞かせてくれた。
――だから、「巻き込まれた」と判断するのも容易だった。
大火事の報せを聞いた僕は、一人で屋敷を飛び出していた。子供一人が行ったところで、何ができるわけでもないのに。
そんなことも思い至らないくらいには頭が真っ白になっていた。
あらゆるものが燃え落ち、黒い炭が乱雑に転がる状況の中、彼女の亡骸を見つけられたのは幸運だったのだろう。
全身の皮膚は焼けただれていた。かろうじて顔に面影が残っていた。彼女の両親の姿は近くに無かった。
この目で見るまではどこかで信じていた、彼女の生存。
希望が打ち砕かれた瞬間、叫んでいた。
「誰か……ノエルを助けて。誰でもいい……! 神様、妖精王様……!」
誰にも叶えられない無謀な望み。それでも叫ばずにいられなかった。
唯一の友達――大切な女の子だったんだ。
『そしてお主の声に応え、我が姿を現した、と』
「ええ。あなた様は私に、リライト――ノエルの命の刻限を書き換える力を与えてくれた」
『引き換えにお主は人間の理を外れ、妖精に近しい存在に成り代わった』
強い力を一気に引き受けた僕は、人間ではなくなったらしい。
かといって完全に妖精に成り代わったわけでもない。
どっちつかずの中途半端な存在――それが今のユーリ・ネメシアだ。
性別が定まらないのも、性の概念の無い妖精に近づいた影響なのだろう。
『我はこれでもお主を気に入っているのだぞ。娘の命のため、死ぬまで我の手足となって働く――こんな要求をためらうことなく呑んだ人間はお主以外には居なかったからな』
と、妖精王は笑った。
力を授かるには、理を外れるだけでなく、妖精王への対価も必要だった。
僕が理を外れたところで、妖精王への利は何も無いのだった。
でも、当時の僕はそのことに驚くことはなかった。
タダで命を助けてもらおうだなんて、ムシの良い話があるはずもない。
自分の差し出せるものなら、なんでも渡す。そんな覚悟だった。
そんな僕の度胸をかの王は気に入ったらしい。
以降、王の観察者の称号を得た僕は、妖精王の代わりに人間界と妖精界の調停を担うこととなったのだった。
『それで、優秀な我の目はこの事件をどう捉えている?』
「……学園生の中に闇の妖精使いがいるのは間違いありません。夜のクラブハウスにまで侵入でき、生徒に接触しているのですから」
ただ、彼の目的は掴めないことが多い。
学園を騒がせようとする愉快犯なのか……それとも、もっと別の――。
『……いずれにせよ、これから彼の物の動きは活発になっていくだろう。早々の解決を目指すことだな、ユーリ・ネメシアよ』
考え込んだ私にそう告げると、妖精王は姿を消した。




