7
◆
翌日。ユーリは改めて、ロビンを生徒会室に呼び出した。
「では、聞かせてもらいましょうか。例の髪飾りをどこで手に入れたのか……思い出せる範囲で」
ユーリの視線を受け、ロビンは口を開いた。
それは、事件の前日。
その日、ロビンはクラブハウスの戸締り当番だった。
時刻はいつもの通り二十二時。明灯球片手に暗くなった廊下を進む。
すると、まだ灯りのついている部室があったのだ。
「寮の門限もありますから、帰宅するように声をかけました」
「何部だったの? 大会の時期だから、どこかの運動部だったのかしら」
「いえ……それが、園芸部だと」
「園芸部?」
そんなのあったっけ。
ユーリなら分かるだろう、と視線を向けると、そういえば、とユーリは手を叩いた。
「一応あった気がする。書類を生徒会室で見かけたわ。でも、部長の顔は知らないわね……」
どんな人だったの? とユーリが尋ねると、ロビンは困ったように眉根を寄せた。
「中には女子生徒がいたんですけど……ローブみたいなものを頭から被っていて、顔が見えなかったんです」
「あら。恥ずかしがり屋だったのかしら」
「いや、やましいところがあるからに決まってるでしょ」
「分かってるわよ! ちょっとしたジョーク」
頬を膨らませたユーリは放っておくとして。
「それで、どうしたの?」
「面白い物があるから見ていかないか、と誘われたんです」
女子生徒はなかば強引にロビンを部室に引っ張りこむと、例の髪飾りを見せた。
『園芸部で育てた花を使って試作した』
『よかったらパーティーの贈り物に一つ持って行かないか』
「一度は断りました。……誰も誘うつもりはなかったし」
ちらり、とロビンの視線がこちらを向く。そういえば、昨日もそう言っていた。
「でも、彼女は押し付けるようにして髪飾りを僕に握らせると、部屋を出ていってしまいました」
仕方なく、ロビンは部屋の灯りを消して施錠をし、園芸部を後にしたという。
「その夜、なんとなく髪飾りを眺めていたら、声が聞こえました。『ノエル・ローゼンに渡せ』、と……呪文のように何度も、何度も。見透かされたようで、最初は気味が悪かった」
だが、繰り返し、言い聞かせるように言葉はロビンに語り掛け続けた。
渡さなければならない。この髪飾りを、ノエル・ローゼンに。――そう、ロビンは洗脳されたのだ。
「だからあんなに急に……」
「はい。本当に、驚かせてすみません……」
ロビンが頭を下げる。いや、本当にそれはもういいんだけども……。
一通り話をすると、ロビンは部屋を出ていった。
残されたユーリは、腕を組んでため息をついた。
「せめて顔が分かれば……と思ったんだけど、そう甘くはないみたいね」
「フローラ、だっけ。そっちもあまり情報は無かったんでしょ?」
「ええ。エリアル、ネロと一緒ね……気がついたら、力を使っていた」
ロビンより先に、ユーリは妖精側にも事情聴取を済ませていた。
その話曰く、花の妖精・フローラは学園の花壇に元々棲みついていたという。
しかし、ある日誰かが花壇を踏み荒らし、そのまま放置してしまった。
「だからフローラは、自分の力で人間を襲った……のかな」
「フローラ自身はそこまでの意思は無かったはずよ。重要なのは、彼女にそう仕向けた誰かが居るってこと」
……ん?
「誰か……って、どういうこと?」
妖精を操る人がいるの?
思いがけないワードに、思わずユーリの方を見る。
彼女は、何とも表現しがたい――具体的に言うと、「ヤバっ」と言いたげな表情を浮かべていた。
「ユーリ?」
「……しまった、つい」
めずらしく『彼女』の口から本来の口調が出た。これはかなり動揺しているな……!
「何を知ってるの、ユーリ」
「……なんのことかしら」
「誤魔化せると思ってる?」
もう一度畳みかけると、ユーリはぐぅ、と唸った。私の目をなめるんじゃない。
「……闇の妖精使い」
闇の……なに?
「妖精の負の感情を増幅させ、引き出した陰の性質の力を悪用する人間のことをそう呼ぶらしいわ」
とある筋から聞いたのよ、とユーリは付け足した。
「とある筋って……」
「ま、ちょっとね」
それきりユーリは何も言わない。これ以上言う気はない、ってことか。
「……私は闇の妖精使いを捕えるわ」
「なんで。危険だよ」
「うちの生徒も巻き込まれているのよ。生徒会長として放ってはおけないわ」
「……もしかして、クラブハウスの時も、キャンドルの時もそうだって言うの?」
ユーリがうなずく。
背筋がぞっとした。まさかこんな身近に危険が存在がいるだなんて。
「……でも、ユーリがやる必要はない。機関に報告して、対処してもらうとかできないの」
いくらユーリがすごい能力の持ち主――妖精姫だからといって、なんでもできるわけじゃない。
「ユーリのことは私が守る。でも……悔しいけど、私の力が及ばないことだってある。私は妖精が見えないから。……あんたが傷ついたり、居なくなるのなんて、嫌だよ」
こういう時、ユーリみたいにすらすらと言葉が出てこない自分がふがいない。
たくさん言いたいことがあるのに……伝えられないなんて。
でも、察しのいいユーリは全部お見通しのようだった。
「……ありがと、ノエル」
細い腕が私の体を包み込む。
柔らかな銀髪が首筋をくすぐった。
「私――僕もね、君を失いたくないよ。もう二度と、あんな思いはしたくない」
「ユーリ……? 口調が……」
「今だけ。誰も聞いていないから」
いつもよりも低い気がする声がささやいた。彼女がまるで知らない人みたいで、頭が混乱しそうだ……。
「だから闇の妖精使いは捕える、絶対。君がこの先も笑っていられるように……あらゆる危険を排除しないとね」
物語の主人公のようなセリフ。抱きしめられているせいで、表情は見えなかった。
穏やかな生活のために、脅威は排除する。……彼はなんて優しいのだろうか。
――嘘。
……いや、嘘とは少し違うか。
私は知っている。ユーリ・ネメシアという人間を。
彼が、彼女が芝居がかったセリフを言うとき。それは決まって、「誤魔化したい」ときだ。
「……ねえ、ユーリ。なにか私に隠してる?」
そんな私の追及に、彼は一瞬息をのんだ。
そして、
「しぃ……」
と私の耳元で囁いた。
私は知っているはずだった。ユーリ・ネメシアという人間を。
でもそれは勘違いだったみたい。
私が彼のことを本当に知れる日は来るのだろうか。




